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福禄寿(ふくろくじゅ)は何の神様?ご利益・寿老人との見分け方・ゆかりの神社 | 神様図鑑

福禄寿フクロクジュは、幸福・豊かさ・長寿を授けるとされる七福神の一柱です。長い頭と白いひげが特徴で、その姿や「福・禄・寿」という名前には、中国から伝わった信仰が息づいています。寿老人ジュロウジンとの見分け方や名前の意味をたどると、現在の神社・寺院で受け継がれるご利益にもつながります。

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目次

福禄寿フクロクジュは何の神様?

福禄寿フクロクジュは、幸福、暮らしの豊かさ、長寿という三つの願いを受け止める福の神です。中国の道教や星への信仰を背景に、日本では七福神の一柱として親しまれてきました。

名前の「福」は幸福、「禄」は暮らしを支える財や地位、「寿」は長寿を表します。中国では、これらの願いを三体一組の神像で表す形も広まりました。日本の七福神では、三つの徳を備えた一柱の福禄寿フクロクジュとして敬われています。

背が低く、頭が縦に長い老人の姿で表されます。白いひげを蓄え、巻物を結び付けた杖を持ち、鶴を連れた姿がよく描かれます。

由来には、南極老人星の化身とする伝承や、中国の北宋時代に現れた道士とする伝承があります。南極老人星は、現在カノープスと呼ばれる星です。

日本へは主に禅宗の広まりに伴う水墨画の題材として伝わり、室町時代以後、七福神の一柱に数えられるようになりました。ほかの福の神とともに祀られ、正月の七福神めぐりや宝船の絵でも親しまれています。

福禄寿フクロクジュの別名と寿老人ジュロウジンとの見分け方

福禄寿フクロクジュは「ふくろくじゅ」と読み、敬う呼び方に福禄寿尊フクロクジュソンがあります。神への敬意を表す「尊」を添えた名称です。

寿老人ジュロウジンも中国に由来する長寿の神で、南極老人星の化身とされます。そのため福禄寿フクロクジュと同じ神とみなされることがありますが、一般的な七福神では、それぞれが一柱ずつに数えられています。

見分けるとき、まず目につくのは頭の形です。福禄寿フクロクジュは、体に比べて頭が大きく、縦に長く伸びた姿が特徴です。寿老人ジュロウジンは、長いひげを蓄えた老人として表され、頭巾をかぶる姿や鹿を伴う姿もあります。

ただし、鶴や鹿、杖、巻物は両者に共通することがあります。メトロポリタン美術館が所蔵する江戸時代の「寿老人ジュロウジン図鐔」は、刀の鍔に杖・巻物・鶴を伴う寿老人ジュロウジンを表したものです。動物や持ち物だけで決めず、頭の形を目安に、像の名称や寺社の案内も合わせて確かめると見分けやすくなります。

福禄寿フクロクジュの御神格・ご利益・ご神徳

福禄寿フクロクジュは、健康で長く生きることと、日々の暮らしが豊かであることをともに願う神です。寺社では健康長寿や商売繁盛などを祈り、人望や福徳をもたらす働きも敬われています。

福禄寿フクロクジュの御神格

項目内容
御神格幸福・富貴・長寿の神、南極老人星の化身とされる福神

長寿との結び付きは、南極老人星への信仰に根ざしています。古代中国では「寿星」とも呼ばれ、一目見ると長生きできるという言い伝えがありました。

福禄寿フクロクジュのご利益・ご神徳

項目内容
ご利益健康長寿、幸福招来、生活・経済の安定、商売繁盛、除災
ご神徳幸福・高禄・長寿の三徳を授ける働き、人望・人徳・福徳・財徳の恵み

暮らしの豊かさに関わる「禄」は、今戸神社では生活・経済の安定と説明されています。京都の赤山禅院や調布の祇園寺では、延寿・健康に加えて商売繁盛や除災も祈られています。

また、福禄寿フクロクジュは七福神の中で「人望」を表す神ともされます。小網神社で敬われるのは、人徳・福徳・財徳の三徳です。財産や収入の豊かさとともに、人から信頼され、慕われる徳を願う信仰も受け継がれています。

福禄寿フクロクジュの家系図・関係する神々

福禄寿フクロクジュは、星の化身としての由来や七福神の一柱として語られる神で、親や配偶者、子をたどる家系は詳しく伝わっていません。ほかの神々とは、七福神の仲間として、あるいは同じ働きを持つ神として結び付いています。

七福神では、恵比寿エビス・大黒天ダイコクテン・毘沙門天ビシャモンテン・弁財天ベンザイテン・布袋尊ホテイ・寿老人ジュロウジンとともに福を授ける神として並びます。日本・インド・中国に由来する神仏を組み合わせた、日本独自の信仰です。

地域の信仰では、別の神と結び付くこともあります。赤山禅院では、本尊の赤山大明神セキザンダイミョウジンを、天では福禄寿神フクロクジュ、地では泰山府君タイザンフクンとする信仰が伝わっています。人々の命運を司る神として、それぞれの姿を結び付けた信仰です。

福禄寿フクロクジュの神話・伝承

東京の隅田川七福神には、向島百花園の福禄寿フクロクジュ像をきっかけに、文人たちが近隣の福の神をそろえたという由来話があります。像を愛蔵する園主・佐原鞠塢と、庭園に集まった人々をめぐる伝承です。

百花園から始まる七つの福

以下は、伝えられている由来話をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。会話や情景を補っており、原文の逐語訳ではありません。

「この福禄寿フクロクジュから、七福神めぐりを始められないだろうか」

声を上げた一人につられ、百花園に集まった文人たちが顔を寄せた。目の前には、園主の佐原鞠塢が大切にしている福禄寿フクロクジュ像がある。その長い頭を眺めていると、何か面白いことができそうで、誰からともなく笑みがこぼれた。

「多聞寺なら、毘沙門天ビシャモンテンだ」 「長命寺には弁財天ベンザイテンがいる」

三囲神社には恵比寿エビスと大国ダイコク、弘福寺には布袋ホテイもいる。誰かが名を挙げるたび、別の誰かがうなずき、指を折って数えた。寺や神社へ続く道が頭の中でつながっていくにつれ、声は弾み、身を乗り出す者まで出てきた。

ところが、あと一柱のところで手が止まった。寿老人ジュロウジンに当たる場所が、どうしても浮かばない。折り残した指を見つめながら、もう一度近くの寺社を思い返したが、誰も続きを言い出せなかった。

「白鬚明神シラヒゲミョウジンは、どうだろう」

その名に、伏せられていた顔が上がる。白い鬚を生やした老人の神に見立てれば、寿老人ジュロウジンとして迎えられる。一人がうなずくと、隣の者も笑い、止まっていた話が一斉に動き出した。

折り残していた指が閉じ、七つの福がそろった。先ほどまで困り切っていた顔に、近くの道を歩く楽しみが戻ってくる。話のきっかけになった福禄寿フクロクジュ像は、そのにぎやかな輪の中に、変わらぬ姿で置かれていた。

白鬚明神シラヒゲミョウジンを寿老人ジュロウジンに見立てる考えは、実際には百花園の開園前からあり、1784年刊の大田南畝『返々目出鯛春参』にも登場します。百花園が開かれたのは1804年で、この由来話の背景には、それ以前から続く江戸の福神信仰がありました。

⇒【すみだ郷土文化資料館】隅田川七福神の成立をめぐる解説はこちら

福禄寿フクロクジュゆかりの神社・寺院

福禄寿フクロクジュは神社と寺院の両方で祀られ、各地の七福神めぐりで参拝されています。東京には日本橋・浅草・東海道沿いなどの巡拝があり、京都では都七福神の一柱として信仰されています。東京の向島百花園のように、庭園内に福禄寿フクロクジュを祀る参拝先もあります。

小網神社|東京都中央区

日本橋小網町の小網神社は、福禄寿フクロクジュを三ノ宮として祀る神社です。かつて同じ境内にあった小網院萬福寿寺に安置されていた像を受け継ぎ、現在の福禄寿フクロクジュ像は鳥居をくぐった左側にあります。

日本橋七福神の参拝先で、福禄寿フクロクジュ像のほかに、同じ寺院から受け継いだ弁財天ベンザイテンも祀られています。1929年に造営された社殿・神楽殿は戦災を免れ、日本橋地区に唯一残る戦前の神社建築として、中央区の有形文化財に指定されています。

⇒ 小網神社のご利益・属性・見どころを詳しく見る

矢先稲荷神社|東京都台東区

松が谷にある矢先稲荷神社は、浅草名所七福神の福禄寿フクロクジュを祀っています。ここで見られる像は鶴を伴い、白い髪とひげを蓄えた穏やかな姿です。

神社の起源は、1642年に建立された浅草の三十三間堂を守る稲荷信仰にあります。弓を射る的の先に位置していたことが、社名の由来と伝わります。拝殿の天井には、日本の乗馬の歴史を描く100枚の絵が奉納されています。

⇒【台東区公式観光情報サイト】矢先稲荷神社の紹介はこちら

天祖諏訪神社|東京都品川区

南大井の天祖諏訪神社は、東海七福神の福禄寿フクロクジュを祀る神社です。古くは立会川を挟んで別々に祀られていた天祖神社と諏訪神社が、1965年に天祖神社の境内で合祀されました。

東海七福神の初詣は、1932年に品川が東京市へ編入されたことを記念して定められました。北品川から大森まで、旧東海道沿いの約4.5キロをめぐる巡拝で、この神社もその一社です。

境内には二体の福禄寿フクロクジュ像があり、そのうち普段は拝観できない一体が、東海七福神初詣の期間に神前へ祀られます。もう一体にも正月の期間中は特設の拝み処が設けられ、頭に触れて幸福・金運・健康を願う参拝が行われています。

⇒天祖諏訪神社公式サイトはこちら

福禄寿フクロクジュが祀られている主な神社

上の三社のほか、次の神社も七福神めぐりの参拝先になっています。

神社名住所
今戸神社東京都台東区
御霊神社神奈川県鎌倉市

今戸神社は浅草名所七福神の一社で、福禄寿フクロクジュを祭神に数えています。鎌倉の御霊神社は鎌倉七福神の福禄寿フクロクジュを祀り、例祭の面掛行列にも福禄寿フクロクジュの面が登場します。

寺院と庭園に受け継がれる信仰

京都市左京区の赤山禅院は、延暦寺の塔頭寺院で、都七福神の福禄寿フクロクジュを祀る寺です。888年に、天台宗の僧・円仁の遺命によって創建されたと伝わります。調布市の祇園寺も、調布七福神の福禄寿フクロクジュを祀る天台宗寺院です。

東京・墨田区の向島百花園では、園主の佐原鞠塢が信仰した福禄寿フクロクジュが、今も庭園内に祀られています。隅田川七福神めぐりは明治時代に一度途絶えた後、1898年に地域の人々が七福会を結成して巡拝の道を整えました。1908年には七福神の案内碑も建てられ、草花を楽しむ庭園に、正月の巡拝の歴史が受け継がれています。

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