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大物主神(おおものぬしのかみ)は何の神様?正体・大国主神との違い・ご利益・神社 | 神様図鑑

大物主神オオモノヌシは、奈良県の三輪山に鎮まる神です。国造りを助け、人々の暮らしを守る一方、神話では疫病を起こすほど強い力を持つ神としても描かれています。

現在は農業や商工業、医薬、酒造、交通、航海、縁結びなど、生活に関わる幅広い分野で信仰されています。

大物主神オオモノヌシには「大国主神オオクニヌシと同じ神?」「正体はニギハヤヒ?」「龍神なの?」「金比羅さんとどんな関係がある?」といった疑問も多くあります。

ここでは古典に描かれた大物主神オオモノヌシの姿から、現在まで続く信仰まで分かりやすく紹介します。

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目次

大物主神オオモノヌシは何の神様?

大物主神オオモノヌシは、三輪山に鎮まり、国造りと人々の暮らしを守る神です。病や災いを左右するほど強い力を持ち、その力を鎮めて人々を守る神としても信仰されてきました。

『古事記』では、少名毘古那神スクナヒコナが国造りの途中で去ったあと、大国主神オオクニヌシが一人で国を完成させられるのか悩みます。

そのとき、海を照らしながら一柱の神が現れました。

神は大国主神オオクニヌシに、自分を大和の青垣の東にある山へ祀れば、国造りは完成すると告げます。この「御諸山」に鎮まる神が、のちの物語に登場する大物主神オオモノヌシと同じ神とされています。御諸山は現在の三輪山です。

「大物主」という名前の「物」は、古くは人々が畏れた霊的な存在を表す言葉として使われました。「大」は偉大であること、「主」はそれを支配する存在を表し、大物主は「大いなる物を治める神」と解釈されています。

そんな大物主神オオモノヌシの強い力が書かれているのが、崇神天皇スジンテンノウの時代に起きた疫病の物語です。

国中で疫病が広がり、多くの人が亡くなる中、大物主神オオモノヌシは天皇の夢に現れます。そして自分の子孫である大田田根子オオタタネコに祭らせるよう告げました。

大田田根子オオタタネコが大物主神オオモノヌシを祀ると疫病は鎮まり、国にも平安が戻ります。

現在の大神神社でも、大物主大神オオモノヌシは国造りの神であるとともに、人間生活を守る神として祀られています。農業・工業・商業、方除け、病気、酒造、製薬、交通、航海、縁結びなど、大物主神オオモノヌシの信仰が生活のさまざまな分野へ広がっているのも特徴です。

大物主神オオモノヌシの読み方・別名

「大物主神」は「おおものぬしのかみ」と読みます。

大神神社では「大物主大神オオモノヌシ」の名で祀られています。古典にも、三輪山との関係を示すさまざまな名前が登場します。

区分 別名・表記
基本的な表記 大物主神オオモノヌシ、大物主大神オオモノヌシ
『古事記』 意富美和之大神オホミワノオオカミ、坐御諸山上神ミモロノヤマノウエニマスカミ
『日本書紀』 大三輪之神オオミワノカミ、大三輪神オオミワノカミ
『出雲国造神賀詞』 倭大物主櫛甕玉命ヤマトオオモノヌシクシミカタマ
信仰上の呼び方 三輪明神ミワミョウジン

「坐御諸山上神ミモロノヤマノウエニマスカミ」は、御諸山に鎮まる神という意味で、大物主神オオモノヌシと三輪山の深い結びつきがあることが分かります

「三輪明神ミワミョウジン」も、三輪山に鎮まる神への信仰から使われてきた呼び方です。

金比羅信仰では大物主神オオモノヌシが金刀比羅宮に祀られています。「金毘羅大権現」という名前は神仏習合の時代に使われた呼称で、後世の金比羅信仰の中で大物主神オオモノヌシと結びついています。

大物主神オオモノヌシの正体は?大国主神オオクニヌシ・ニギハヤヒ・龍神・金比羅との関係

大物主神オオモノヌシの「正体」は、古典によって描かれ方が異なります。

『古事記』では、大物主神オオモノヌシと大国主神オオクニヌシは別の神として語られています。一方、『日本書紀』などでは大国主神オオクニヌシは大物主神オオモノヌシの魂として語られています。

また蛇の姿を現す伝承もあり、後世には龍神とも結びつけられています。

大国主神オオクニヌシと大物主神オオモノヌシの違いは?

大国主神オオクニヌシと大物主神オオモノヌシは、古典によって関係が違います。

『古事記』では、大国主神オオクニヌシが国造りに悩んでいるとき、大物主神オオモノヌシにつながる御諸山の神が海の向こうから現れます。

神は大国主神オオクニヌシに自分を大和の山へ祀るよう求め、大国主神オオクニヌシはその言葉に従います。二柱は言葉を交わす別々の神として描かれています。

一方、『日本書紀』の一書では、大物主神オオモノヌシは大己貴神オオナムチの「幸魂・奇魂」として登場します。

幸魂は人に幸福をもたらす魂の働き、奇魂は不思議な力によって物事を成し遂げる魂の働きを表します。つまり、大物主神オオモノヌシを、大国主神オオクニヌシが持つ魂として描いています。

『出雲国造神賀詞』では、大穴持命オオナモチが自らの和魂を大和に鎮め、その神を「倭大物主櫛甕玉命ヤマトオオモノヌシクシミカタマ」と呼びます。『古語拾遺』にも大己貴神オオナムチと大物主神オオモノヌシを結びつける記述があります。

現在の大神神社でも、大物主大神オオモノヌシは大国主神オオクニヌシの別の御魂として三輪山へ鎮まった神とされています。

そのため、大国主神オオクニヌシと大物主神オオモノヌシの関係には、『古事記』で別の神として描く伝承と、大国主神オオクニヌシの魂・神格として結びつける伝承の両方があります。

大物主神オオモノヌシとニギハヤヒは同じ神?

大物主神オオモノヌシと饒速日命ニギハヤヒを同じ神とする説も一部で語られています。

饒速日命ニギハヤヒは、神武天皇ジンムテンノウが大和へ入る以前からこの地にいた天つ神として『古事記』『日本書紀』に登場します。物部氏の祖につながる神としても知られています。

『先代旧事本紀』では「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊ニギハヤヒ」という長い神名も使われています。この「櫛玉」と、大物主神オオモノヌシの「倭大物主櫛甕玉命ヤマトオオモノヌシクシミカタマ」などの名前を結びつけて考える説があります。

また、どちらも古代の大和と深い関係を持つことから、同じ神だったとする説もあります。

『古事記』『日本書紀』では、大物主神オオモノヌシと饒速日命ニギハヤヒはそれぞれ別の伝承に登場します。饒速日命ニギハヤヒは大和へ先に降り、のちに神武天皇ジンムテンノウ側へ帰順する神として描かれ、大物主神オオモノヌシは三輪山に鎮まり、国造りや疫病鎮静に関わる神として描かれています。

「大物主神オオモノヌシ=饒速日命ニギハヤヒ」は、後世に唱えられている同一神説の一つです。

大物主神オオモノヌシは龍神?蛇の姿で現れる三輪山の神

大物主神オオモノヌシは蛇と深い関係を持つ神です。

『日本書紀』には、大物主神オオモノヌシが倭迹迹日百襲姫命ヤマトトトヒモモソヒメの前で小さな蛇の姿を現す物語があります。

雄略天皇の時代を描いた『日本書紀』にも、大物主神オオモノヌシと大蛇を結びつける伝承があります。

現在の大神神社でも、蛇は大物主大神オオモノヌシの化身として信仰されています。境内にある「巳の神杉」には白蛇が棲むと伝えられ、蛇は「巳さん」と呼ばれています。

古典で具体的に描かれる姿は蛇で、三輪山の蛇神信仰と、後世の龍神信仰が結びついて語られるようになりました。

大物主神オオモノヌシと金比羅・こんぴらさんの関係

香川県の金刀比羅宮では、大物主神オオモノヌシが現在も御本宮に祀られています。

金刀比羅宮の由緒では、初め大物主神オオモノヌシを祀り、「琴平神社」と呼ばれていたと伝えられています。

その後、神と仏を結びつける神仏習合が広がり、「金毘羅大権現」と呼ばれるようになりました。1165年には崇徳天皇ストクテンノウが合祀され、現在の御本宮では大物主神オオモノヌシと崇徳天皇ストクテンノウが祀られています。

金刀比羅宮では、大物主神オオモノヌシは農業・殖産・医薬に加え、海上守護の神としても信仰されています。

江戸時代には「こんぴら参り」が全国に広まり、海運や船乗りに関わる人々からも厚い信仰を集めました。

三輪山の神として知られる大物主神オオモノヌシが、海上守護の「こんぴらさん」としても広く知られているのは、この金比羅信仰との結びつきによるものです。

大物主神オオモノヌシの御神格・ご利益・ご神徳

大物主神オオモノヌシは、国造りと人々の生活を守る神として信仰されています。

三輪では医薬や酒造、産業の守護と深く結びつき、金比羅信仰では海上守護の神としても信仰が広がりました。

大物主神オオモノヌシの御神格

御神格 三輪山の神、国造りの神、人間生活の守護神、医薬・治病の神、酒造の神、海上守護の神

大物主神オオモノヌシの中心となるのは、三輪山に鎮まる強い霊威を持つ神という性格です。

『古事記』では国造りに悩む大国主神オオクニヌシの前に現れ、自分を祀ることで国造りを完成へ導きます。

崇神天皇スジンテンノウの時代には疫病と深く関わり、大物主神オオモノヌシを祭ることで病が鎮まりました。この伝承から、病を鎮める神としても信仰されるようになります。

酒造との関係も古く、『日本書紀』には崇神天皇スジンテンノウの時代に高橋邑の活日イクヒが大物主神オオモノヌシへ捧げる神酒を造った話があります。

現在も大神神社では大物主大神オオモノヌシが酒造の神として信仰され、全国の酒造業者や蔵元から崇敬を集めています。

大物主神オオモノヌシのご利益

ご利益 病気平癒、厄除け、方除け、産業発展、酒造守護、製薬・医薬、交通安全、航海安全、縁結びなど

病気平癒には、崇神天皇スジンテンノウの時代に広がった疫病が大物主神オオモノヌシの祭祀によって鎮まった伝承があります。

厄除け・方除けも、大物主神オオモノヌシが人へ災いを及ぼすほどの「物」の力を治める神として信仰されてきたことと結びついています。

酒造守護には、三輪と酒の長い歴史があります。大物主神オオモノヌシへ神酒を捧げた高橋活日の伝承から酒造の神として信仰され、大神神社では現在も毎年11月に醸造安全祈願祭、通称「酒まつり」が行われています。

酒屋の軒先などで見かける杉玉も三輪との関係が深く、大物主神オオモノヌシの霊威が宿るとされた杉の枝を酒屋の印にしたことから広まったと伝えられています。

航海安全・海上守護は金刀比羅宮の信仰で特に知られています。

大物主神オオモノヌシのご利益が幅広いのは、国造りから病、産業、酒、交通、海まで、人々の生活そのものと結びついて信仰されてきたためです。

大物主神オオモノヌシのご神徳

ご神徳 国土を整える、人々の暮らしを守る、病や災厄を鎮める、産業を発展させる、酒造を守る、海上を守る

大物主神オオモノヌシには、人間の生活を整え、災いを鎮める働きがあると信仰されています。

国造りを助ける神話、疫病を鎮める伝承、酒造の神として続く三輪の信仰、海上守護の金比羅信仰などが、それぞれ現在のご神徳につながっています。

人々に大きな恵みを与える力と、国全体を揺るがすほどの強い霊威。その両方を持つことが、大物主神オオモノヌシの大きな特徴です。

大物主神オオモノヌシの家系図・妻・子孫

大物主神オオモノヌシについて、古典には父母を示す一般的な家系図はありません。

詳しく描かれているのは、人間の女性との神婚と、そこから生まれた子や子孫です。

神婚相手 活玉依毘売イクタマヨリビメ、勢夜陀多良比売セヤダタラヒメ、倭迹迹日百襲姫命ヤマトトトヒモモソヒメ
活玉依毘売イクタマヨリビメとの子 櫛御方命クシミカタ
櫛御方命クシミカタから続く系譜 櫛御方命クシミカタ → 飯肩巣見命イイカタスミ → 建甕槌命タケミカヅチ → 大田田根子オオタタネコ
勢夜陀多良比売セヤダタラヒメとの娘 伊須気余理比売イスケヨリヒメ
深く関係する神 大国主神オオクニヌシ

活玉依毘売イクタマヨリビメと大田田根子オオタタネコの系譜

『古事記』では、大物主神オオモノヌシが活玉依毘売イクタマヨリビメのもとへ夜ごと通います。

二柱の間には櫛御方命クシミカタが生まれました。

大物主神オオモノヌシ
↓
櫛御方命クシミカタ
↓
飯肩巣見命イイカタスミ
↓
建甕槌命タケミカヅチ
↓
大田田根子オオタタネコ

大田田根子オオタタネコは、大物主神オオモノヌシから数えて四世代目にあたる子孫です。

崇神天皇スジンテンノウの時代に疫病が広がった際、大物主神オオモノヌシはこの大田田根子オオタタネコに自分を祀らせるよう天皇へ告げました。

大田田根子オオタタネコが祭主に選ばれた背景には、大物主神オオモノヌシから直接つながるこの系譜があります。

勢夜陀多良比売セヤダタラヒメと伊須気余理比売イスケヨリヒメ

『古事記』には、大物主神オオモノヌシと勢夜陀多良比売セヤダタラヒメの少し変わった出会いも描かれています。

大物主神オオモノヌシは美しい勢夜陀多良比売セヤダタラヒメを気に入り、赤く塗った矢に姿を変えました。

勢夜陀多良比売セヤダタラヒメが用を足しているところへ、その矢が溝を流れてきて陰部を突きます。驚いた彼女が矢を持ち帰って床のそばに置くと、矢は美しい男の姿になりました。

その男が大物主神オオモノヌシでした。

大物主神オオモノヌシは勢夜陀多良比売セヤダタラヒメを娶り、二柱の間に伊須気余理比売イスケヨリヒメが生まれます。

伊須気余理比売イスケヨリヒメは、のちに神武天皇ジンムテンノウの皇后となりました。

大物主神オオモノヌシは三輪山の神として祀られるだけでなく、神武天皇ジンムテンノウの皇后の父神として、天皇家の始まりを語る神話にも登場しています。

倭迹迹日百襲姫命ヤマトトトヒモモソヒメとの神婚

『日本書紀』では、倭迹迹日百襲姫命ヤマトトトヒモモソヒメが大物主神オオモノヌシの妻として登場します。

大物主神オオモノヌシは夜にだけ姫のもとへ現れ、昼間には姿を見せませんでした。

この神婚は、大物主神オオモノヌシが蛇の姿を現す伝承と、箸墓の由来へつながっています。

大物主神オオモノヌシの神話・伝承

大物主神オオモノヌシをよく表しているのが、崇神天皇スジンテンノウの時代に起きた疫病と大田田根子オオタタネコの物語です。

人々が次々と倒れる中、大物主神オオモノヌシは天皇の夢に現れ、自分を祀る人物を名指しします。その人物の祖先をたどると、夜ごと一人の娘のもとへ通っていた謎の男と、三輪山へ続く一本の糸の物語へつながります。

疫病を鎮めた大物主神オオモノヌシと、三輪山へ続いた苧環の糸

以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。

人が死んでいた。

一人、また一人。

病は家から家へ広がり、昨日まで歩いていた者が床へ伏し、そのまま起き上がらなくなる。国を覆う疫病の前で、崇神天皇スジンテンノウにも打つ手がなかった。

神々を祀っても、死者は止まらない。天皇は神の答えを求め続けた。

その夜だった。

眠りの中に、一柱の神が現れた。三輪山に鎮まる大物主神オオモノヌシだ。

「この災いは、我が御心によるものだ」

逃げ場のない声が響く。

「意富多々泥古という者に、我を祀らせよ。そうすれば神の祟りは収まり、国は安らかになる」

天皇は目を覚ました。

意富多々泥古。聞き慣れない男の名だった。

ただちに使者が四方へ走った。やがて河内で、一人の男が見つかる。

意富多々泥古――のちに大田田根子オオタタネコと呼ばれる男だった。

だが、なぜこの男なのか。なぜ国中の誰でもなく、大物主神オオモノヌシは大田田根子オオタタネコを選んだのか。

その理由は、大田田根子オオタタネコが生まれるより何代も前の夜へさかのぼる。

陶津耳命スエツミミの娘、活玉依毘売イクタマヨリビメのもとへ、一人の男が通っていた。

男が現れるのは、いつも夜だった。顔立ちは美しい。

だが、名を知らない。家も知らない。どこから来て、夜が明ける前にどこへ帰るのかも分からない。

それでも二人は親しくなり、やがて活玉依毘売イクタマヨリビメの腹に子が宿った。

娘の変化に、父と母が気づいた。

「お前は身ごもっている。夫もいないのに、どうしたというのだ」

活玉依毘売イクタマヨリビメは答えるしかなかった。

「名前も、どこの人なのかも分かりません。ただ、とても美しい男の人が、毎晩ここへ来るのです」

両親は男の正体を確かめることにした。麻糸を針に通し、娘へ渡す。

「今夜、男が来たら、この針を衣の裾に刺しなさい」

夜になった。

男はいつものように現れた。活玉依毘売イクタマヨリビメは何も知らないふりをして迎える。

近づいてきた男の衣へ、そっと針を刺した。男は気づかなかった。

夜が明ける前に男が去る。

朝。

活玉依毘売イクタマヨリビメたちが糸を見ると、戸の外へ続いていた。

戸は閉じている。それなのに糸は鍵穴を抜けている。

苧環に残っていた糸は、わずか三巻きだった。

家族は糸を追った。家の外へ。道の先へ。さらに遠くへ。

細い糸は、山へ向かって伸びていた。

その先にあったのは三輪山だった。

そこで初めて、活玉依毘売イクタマヨリビメのもとへ夜ごと通っていた男の正体が分かった。

三輪山の神。

大物主神オオモノヌシだった。

活玉依毘売イクタマヨリビメが身ごもった子は櫛御方命クシミカタ。

櫛御方命クシミカタから飯肩巣見命イイカタスミ、建甕槌命タケミカヅチへと系譜が続き、その次に生まれたのが大田田根子オオタタネコだった。

だから大物主神オオモノヌシは、疫病に苦しむ天皇へ大田田根子オオタタネコの名を告げた。

自分の血筋を受け継ぐ者に、自分を祀らせるために。

大田田根子オオタタネコが祭主となり、大物主神オオモノヌシへの祭りが行われた。

そして疫病は鎮まった。

死に覆われていた国に、人々の暮らしが戻っていく。

大物主神オオモノヌシは、人間を苦しめるほど恐ろしい力を持つ。その力が鎮まれば、人々を救う力にもなる。

三輪山に鎮まる神への畏れと信仰は、こうして語り継がれていった。

⇒【古事記 -日本神話-】『古事記』崇神天皇・大物主神の伝承はこちら

蛇の姿を現した大物主神オオモノヌシと倭迹迹日百襲姫命ヤマトトトヒモモソヒメ

『日本書紀』には、大物主神オオモノヌシの蛇神としての姿がはっきり描かれた伝承があります。

大物主神オオモノヌシの妻となった倭迹迹日百襲姫命ヤマトトトヒモモソヒメは、夜にしか訪れない夫へ、昼の姿を見たいと頼みました。

大物主神オオモノヌシは翌朝、姫の櫛箱の中にいると告げ、「姿を見ても驚かないように」と約束させます。

姫が朝になって箱を開くと、そこにいたのは小さな蛇でした。

姫が驚いて声を上げると、大物主神オオモノヌシは人の姿となり、約束を破った姫を責めて三輪山へ帰ってしまいます。

姫は激しく後悔し、箸で陰部を突いて命を落としました。

この出来事から、姫の墓は「箸墓」と呼ばれるようになったと『日本書紀』は伝えています。

現在の大神神社でも、大物主大神オオモノヌシの化身とされる蛇は「巳さん」と呼ばれています。大物主神オオモノヌシと蛇の結びつきは、古典の物語から現在の三輪信仰まで続いています。

大物主神オオモノヌシゆかりの神社・祀られている神社

大物主神オオモノヌシの信仰の中心は、奈良県桜井市の三輪山です。

そこから国造り、疫病鎮静、医薬、酒造などの信仰が広がり、金比羅信仰では海上守護の神としても祀られるようになりました。

関東にも、大物主神オオモノヌシを祀る神社や三輪・金比羅信仰につながる神社があります。

大神神社

奈良県桜井市に鎮座する大神神社は、大物主大神オオモノヌシを主祭神として祀る神社です。

大物主大神オオモノヌシが三輪山に鎮まるため、大神神社には本殿がありません。拝殿の奥にある三ツ鳥居を通して、三輪山そのものを拝みます。

『古事記』『日本書紀』には、大物主神オオモノヌシが自ら三輪山に祀られることを求める伝承があります。現在の祭祀にも、神が山に鎮まるという信仰がそのまま残っています。

境内の「巳の神杉」には、大物主大神オオモノヌシの化身とされる白蛇が棲むと伝えられています。

酒造との関係も深く、全国の酒造業者や蔵元から信仰されています。毎年11月には醸造安全祈願祭「酒まつり」が行われ、酒造りの安全と発展が祈られます。

⇒ 大神神社のご利益・属性・見どころを詳しく見る

金刀比羅宮

香川県仲多度郡琴平町に鎮座する金刀比羅宮は、「こんぴらさん」として知られる神社です。

御本宮には大物主神オオモノヌシと崇徳天皇ストクテンノウが祀られています。

金刀比羅宮の由緒では、初め大物主神オオモノヌシを祀る琴平神社であったと伝えられています。その後、神仏習合によって金毘羅大権現と呼ばれるようになり、現在の金刀比羅宮へつながりました。

大物主神オオモノヌシは農業・殖産・医薬・海上守護などの神として信仰されています。

特に海上守護の「こんぴらさん」として全国的に知られ、海運や漁業、船乗りなど海に関わる人々から長く信仰されてきました。

⇒金刀比羅宮公式サイトはこちら

大杉神社

茨城県稲敷市に鎮座する大杉神社では、倭大物主櫛甕玉大神ヤマトオオモノヌシクシミカタマが主祭神として祀られています。

社伝では、767年に大和の三輪明神ミワミョウジンがこの地に現れ、流行していた疫病を鎮めたと伝えられています。

その伝承から疫病除けの神として信仰を集めました。

さらに霞ヶ浦や利根川水系の水運と結びつき、船の安全を願う信仰も広がっています。

三輪の大物主神オオモノヌシ信仰が関東でどのように受け継がれたのかを見ることができる神社です。

⇒ 大杉神社のご利益・属性・見どころを詳しく見る

関東で大物主神オオモノヌシが祀られている主な神社

関東には、大物主神オオモノヌシを直接祀る神社のほか、金比羅信仰を通して大物主神オオモノヌシを祀る神社もあります。

神社名 住所
金刀比羅宮 東京分社 東京都文京区
金刀比羅神社 茨城県石岡市
行田八幡神社 埼玉県行田市
稲毛神社境内 金刀比羅宮 神奈川県川崎市

金刀比羅宮東京分社では、大物主神オオモノヌシと倉稲魂神ウカノミタマが祀られています。

大物主神オオモノヌシの信仰は、三輪信仰として伝わったものと、金比羅信仰として各地へ広がったものがあり、関東でも複数の形で受け継がれています。

関東以外で大物主神オオモノヌシが祀られている主な神社

神社名 住所
金刀比羅宮 神戸分社 兵庫県神戸市
金刀比羅宮 出雲分社 島根県出雲市
金刀比羅宮 松山分社 愛媛県松山市

大物主神オオモノヌシは三輪山の神として古典に登場し、国造り、疫病鎮静、医薬、酒造など人々の生活に深く関わる神として信仰されてきました。

さらに金比羅信仰を通じて海上守護の神としても広まり、現在も各地で祀られています。

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