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【神様紹介1】応神天皇とは?八幡神として祀られる第15代天皇

応神天皇(オウジンテンノウ)は、第15代天皇とされる古代の大王であり、のちに「八幡さま」として全国で信仰されるようになった存在です。

古事記や日本書紀の伝承では、オウジンの時代は大陸や朝鮮半島との交流、渡来人の来朝、新しい技術や学問の導入と結びついて語られます。神としては国家鎮護、武運、厄除開運、出世開運、安産・育児守護など、広いご利益をもつ八幡神として祀られてきました。

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目次

応神天皇の別名

誉田別命(ホンダワケノミコト)、誉田別尊(ホンダワケノミコト)、誉田別大神(ホンダワケノオオカミ)、誉田別神(ホンダワケノカミ/ホムタワケノカミ)、品陀和気命(ホムダワケノミコト)、八幡神(ハチマンシン/ヤハタノカミ)、八幡大神(ハチマンオオカミ)、八幡大明神(ハチマンダイミョウジン)、八幡大菩薩(ハチマンダイボサツ)

天皇としては「応神天皇」、神社の御祭神名としては「誉田別命」や「誉田別尊」などの名で祀られます。八幡信仰の中では、オウジンの神霊が八幡大神として信仰され、神仏習合の時代には八幡大菩薩とも呼ばれました。

応神天皇はなんの神様?

オウジンは、一般的には「八幡さま」として知られる神様です。

とくに武家からの信仰が厚く、源氏は八幡神を氏神として深く崇敬しました。そのため、八幡さまには「戦いに勝つ」「道を切り開く」「家を守る」といった力強い印象があります。

また、武運の神様以外の顔を持ち、大陸や朝鮮半島から多くの人や技術が入ってきた時代の大王として語られます。鍛冶、乗馬、文字、学問、縫製など、文教や産業を守る神としても信仰されてきました。

応神天皇は実在したのか

応神天皇は、実在した可能性が高い天皇として語られることが多い人物ですが、『古事記』や『日本書紀』に書かれた内容を、そのまま全部史実として受け取るのは難しいです。

応神天皇の時代は、ヤマト王権が力を広げ、大陸や朝鮮半島との交流も深まっていく時期と重なります。そのため、応神天皇の伝承などは「5世紀ごろに実在した有力な大王の史実」がもとになったと考えられています。

一方で、神功皇后の胎内にいたまま新羅遠征と結びつく誕生伝承などは、後から整えられた物語として考えられています。

応神天皇は実際に何をした?

応神天皇が実際に何をしたかは、史料だけでははっきり断定できません。

ただし、応神天皇の時代とされる4世紀後半から5世紀ごろは、ヤマト王権が力を強め、朝鮮半島との交流を通じて鉄器・馬・文字・技術などが広がっていく重要な時期でした。

そのため応神天皇は、古代国家の土台が大きく動いた時代の大王として語られています。

応神天皇の神話・伝承 | 胎中天皇とも呼ばれる元になった話

ここでは、応神天皇(オウジンテンノウ)が生まれる前から国の大事と結びついていた、誕生の伝承を紹介します。

この物語の中心にいるのは、母である神功皇后(ジングウコウゴウ)です。神功皇后は、応神天皇を身ごもったまま、海の向こうへ兵を進めたと伝えられます。

そのとき、応神天皇はもう生まれてもおかしくない時期にありました。しかし、母が国の大事を終えるまで、胎内にとどまり続けたとされます。

そのため応神天皇は、「胎中天皇」とも呼ばれる特別な存在として語られているのです。

胎中天皇と八幡神降誕の物語

「今はまだ、生まれてはなりません」

母の神功皇后は、そっと自分の腹に手を添えました。

その身には、今すぐにでも生まれそうな御子がいました。のちに応神天皇(オウジンテンノウ)となる誉田別命(ホンダワケノミコト)です。

夫である仲哀天皇(チュウアイテンノウ)は、神のお告げを疑い、その神よって命を奪われました。天皇を失った兵たちは不安に沈み、国の行く末は大きく揺れています。

しかし、神功皇后には立ち止まる時間がありません。

「西の海の向こうにある国…」神が示したのは、海の向こうの国。

そこへ向かうことが神のお告げでした。

普通ならもう産屋に入っていてもおかしくない状況でした。それでも神功皇后は船に乗る決断をします。

出発の前、神功皇后は自分の腹に手を添えました。腹の奥では、今にも生まれようとする御子の気配があります。

「苦しいでしょう。けれど、どうか今だけは……母の中にとどまってください。ごめんね。」

願いというより、祈りでした。母としては、あまりにも苦しい言葉です。生まれようとしている子に、まだ生まれてはならないと告げているのですから。

波は船腹を打ち、風は帆を鳴らします。海が荒れるたび、神功皇后の体にも重い痛みが走りました。

しかし、御子は生まれませんでした。

母の願いを聞き届けたかのように。
自分が生まれるべき時を知っているかのように。

御子は、母の胎内にとどまり続けたのです。

~~~~~

そして、海を越えた遠征は終わりました。筑紫へ戻った直後、神功皇后の体に強い痛みが走ります。

「……よく、ここまで待ってくれましたね」

そこは蚊田の邑。のちに宇美と呼ばれる場所です。

神功皇后は、そばにあった一本の槐の木に手を伸ばしました。指に力を込め、倒れそうになる体を支えます。

兵たちは急いで動きました。

「皇后をお守りしろ!」

母と御子を守るように、八本の幡が立てられます。白い旗が風を受け、産屋を囲むように揺れました。

神功皇后は腹へ手を添えました。

「もう良いですよ。よく我慢しましたね。生まれておいで」

長くこらえていた痛みの中で、母は静かに微笑みます。

その声に応えるように、御子は産声を上げました。

こうして生まれた皇子が、誉田別命(ホンダワケノミコト)です。

~~~~~~~~

産屋を囲んでいた、八本の幡。
この「八つの幡」の記憶は、のちに「八幡」という名と結びついたとも伝えられます。

母の祈りを受け、国の危機を越えて生まれた存在。
その不思議な誕生の伝承が、後の世に八幡神として信仰される神へと押し上げていくのです。

神功皇后が寄り掛かった木は現在に残ってはいませんが、「宇美宮の槐」として、その種を絶やさず宇美八幡宮で伝えられているとされています。

仲哀天皇の物語「神のお告げを疑い命を落としたものは」こちら

応神天皇の御神格・ご利益・ご神徳

応神天皇の御神格・ご利益・ご神徳についてご紹介します。

御神格について

八幡神、国家鎮護の神、武運の神、弓矢の神、勝負の神、文化・文教の神、殖産興業の神、厄除開運の神、安産・育児守護の神

八幡神は武家から厚く信仰されたため、武運や勝負の神という印象が強くあります。しかし、応神天皇の時代は、大陸文化の導入や渡来人の来朝などの歴史から、文教や産業の発展を守る神としても祀られています。

また、母であるジングウがオウジンを産んだ伝承から、安産や育児の信仰にもつながっている神様です。

ご利益・ご神徳について

国家鎮護、厄除開運、必勝祈願、武運長久、勝負運、出世開運、家運隆昌、学業成就、文教守護、殖産興業、安産、育児守護

応神天皇のご利益は、八幡信仰の広がりとともに多くの分野へ広がりました。戦いの勝利や武運を願う人だけでなく、家の繁栄、仕事の発展、学業、子どもの健やかな成長を願う人々からも信仰されています。

宇美八幡宮は、応神天皇降誕の聖地と伝えられる神社です。安産・育児の信仰がとくに篤く、子安の宮として多くの参拝者に親しまれています。

⇒【神社属性:水】宇美八幡宮の公式サイトはこちら

応神天皇の家系図 | 子供は仁徳天皇

応神天皇は第15代天皇とされます。父は仲哀天皇(チュウアイテンノウ)、母は神功皇后(ジングウコウゴウ)で、子の大鷦鷯尊(オオサザキ)がのちの第16代仁徳天皇です。

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関係名称
親神母:神功皇后(ジングウコウゴウ)、父:仲哀天皇(チュウアイテンノウ)
仲姫命(ナカツヒメノミコト) ※ほかにも妃の伝承あり
大鷦鷯尊(オオサザキノミコト/仁徳天皇)、菟道稚郎子命(ウジノワキイラツコノミコト)、大山守命(オオヤマモリノミコト)、根鳥皇子(ネトリノミコ)、荒田皇女(アラタノヒメミコ)など
兄弟伝承上の異母兄として、麛坂皇子(カゴサカノミコ)、忍熊皇子(オシクマノミコ)など

記紀では、応神天皇が弟の菟道稚郎子(ウジノワキイラツコ)を後継に選んだことで始まる皇位継承譚の物語もあります。

応神天皇ゆかりの神社・祀られている神社

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神社名住所
宇佐神宮大分県宇佐市南宇佐
石清水八幡宮京都府八幡市八幡高坊30
誉田八幡宮大阪府羽曳野市誉田
宇美八幡宮福岡県糟屋郡宇美町宇美1丁目1番1号
鶴岡八幡宮神奈川県鎌倉市雪ノ下

応神天皇は、八幡神として全国の八幡宮・八幡神社に広く祀られています。神社ごとの雰囲気や属性も見ながら参拝先を選びたい方は、神社属性一覧も参考になります。

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宇佐神宮(神社属性:地)

宇佐神宮(ウサジングウ)は、大分県宇佐市に鎮座する八幡信仰の総本宮です。八幡大神、比売大神(ヒメオオカミ)、ジングウを祀り、八幡さまの信仰を語るうえで欠かせない神社です。

応神天皇は、ここで八幡大神として信仰されます。全国に広がる八幡宮の中心的な存在であり、オウジンと八幡信仰のつながりを知るうえで、最も重要な神社の一つです。

【神社属性:地】宇佐神宮についてはこちら

石清水八幡宮(神社属性:地)

石清水八幡宮(イワシミズハチマングウ)は、京都府八幡市に鎮座する代表的な八幡宮です。中御前に応神天皇、西御前にヒメオオカミ、東御前にジングウを祀ります。

平安時代以降、国家鎮護の神として朝廷から厚く崇敬され、のちには源氏からも深く信仰されました。武運、必勝、弓矢、厄除開運の神としての八幡信仰を伝える重要な神社です。

【神社属性:地】石清水八幡宮公式サイトはこちら

誉田八幡宮

誉田八幡宮(コンダハチマングウ)は、大阪府羽曳野市に鎮座する神社です。オウジンを主祭神とし、応神天皇陵の近くで古くから御陵祭祀と関わってきたと伝えられます。

「誉田別尊」という名ともつながる場所であり、応神天皇ゆかりの神社として非常に重要な神社です。

【公式】誉田八幡宮 |安産・厄除け守護神│応神天皇宗廟はこちら

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