國懸大神は、日矛鏡という神鏡を御神体とし、太陽の恵みをもたらす神として信仰されています。和歌山の國懸神宮に祀られ、日前大神とともに紀伊の人々の暮らしを見守ってきました。二柱の関係と鏡の由来、良縁や家内安全のご利益、紀伊と播磨に残る信仰を紹介します。
國懸大神は何の神様?
國懸大神は、太陽の恵みをもたらし、命の成長と日々の暮らしを支える神として信仰されています。和歌山市の國懸神宮では、日矛鏡(ひぼこのかがみ)を御神体として祀っています。御神体とは、神が宿るものとして祀られる鏡や剣などを指します。
日前宮の由緒では、この鏡の起源を天照大御神の岩戸隠れに結びつけています。天照大御神を岩戸の外へ迎えるために造られた鏡が、紀伊へもたらされたと伝えられます。紀伊では、天道根命を祖とする紀氏が代々、二つの神鏡を祀る祭祀を受け継いできました。
國懸大神は、古代の朝廷からも国の安泰を祈られる存在でした。『日本書紀』には686年、紀伊国の国懸神へ供え物を奉った記録があります。『新抄格勅符抄』が伝える806年の記録では、祭祀を支えるための神封が60戸割り当てられていました。神封は、その家々が納める税などを神社の維持に充てるしくみです。両神宮は『延喜式』でも、朝廷が特に重んじる名神大社に位置づけられました。
現在も、日前神宮とともに紀伊国一宮として敬われ、暮らしや家族の幸せを願う人々が参拝しています。
國懸大神の別名と日前大神との関係
國懸大神は「くにかかすのおおかみ」と読みます。「国懸大神」は新字体の表記で、「國懸神」「国懸神」とも記されます。「国懸」の名には、国を輝かせ、神の力が広く行き渡るという意味があるともいわれます。
國懸大神と並んで祀られる日前大神は「ひのくまのおおかみ」と読み、同じ境内にある日前神宮の祭神です。現在の二つの神宮では、神名と御神体が次のように対応しています。
| 神宮・祭神 | 御神体 |
|---|---|
| 國懸神宮の國懸大神 | 日矛鏡(ひぼこのかがみ) |
| 日前神宮の日前大神 | 日像鏡(ひがたのかがみ) |
この二つの神宮を合わせて「日前宮(にちぜんぐう)」と呼びます。日前宮の信仰では、國懸大神と日前大神は、ともに天照大御神の別名とされています。それぞれの神宮で異なる神鏡を御神体としながら、ともに太陽の恵みを仰いでいます。
國懸大神の御神格・ご利益・ご神徳
國懸大神は、太陽の恵みをもたらし、人々の生活を支える神として敬われています。日前宮では良縁・結婚・家内安全が主なご利益として伝えられ、農業や国の平穏を願う祈りも受け継がれています。
國懸大神の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 神鏡を通して祀られる太陽の神、紀伊の暮らしと農業を守る神 |
日前宮の信仰には、和歌山平野を潤す水との結びつきもあります。平安時代の史料には「名草上下溝口神」「溝口大名神」と記され、宮井用水の取水口を守る水利の神として仰がれたといわれます。祭祀を担った紀伊国造家は、名草郡を治める役人である郡司も兼ねていました。
田に水を届けることは、稲の実りと人々の食を支える仕事でした。太陽の恵みを仰ぐ信仰とともに、農業に欠かせない用水を守る祈りも、この土地で受け継がれてきました。
國懸大神のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 良縁、結婚、家内安全、五穀豊穣、国家安泰 |
| ご神徳 | 太陽の恵みで命を育み、人の縁を結び、日々の暮らしを守る働き |
良縁や結婚のご利益は、日前宮が伝える、命の成長と人々の縁を支える太陽のご神徳に結びついています。神楽殿では神前結婚式も行われ、新しい家庭を築く節目の祈りが受け継がれています。家内安全も、生活の基礎を守ってもらう願いの一つです。
国の平穏を求める祈りは、古い記録にも残ります。850年には朝廷から紀貞守が日前・國懸両神宮へ派遣され、神への捧げ物とともに、朝廷を守り天下を平安にしてほしいとの願いが届けられました。現在の例大祭でも、人々の平和、国家安泰、五穀豊穣が祈られています。
國懸大神の家系図・関係する神々
日前宮の由緒には、國懸大神の父母・配偶神・子の名や、日前大神との親族関係は記されていません。由緒は、鏡造りに関わる神々と、その祭祀を受け継いだ一族について伝えています。
祭祀の始まりに関わるのが天道根命です。社伝では初代の紀伊国造に任じられ、二つの神鏡を紀伊に祀ったとされます。紀氏の祖神であり、現在も日前宮の摂社に祀られています。
鏡造りの伝承では、石凝姥命が天香山から採った銅を使い、天照大御神の御鏡を鋳造したとされます。石凝姥命は、現在、日前神宮で主祭神と同じ社殿に祀られています。
國懸神宮で同じ社殿に祀られているのは、玉祖命・明立天御影命・鈿女命の三柱です。このように主祭神とほかの神を同じ社殿に祀ることを「相殿」といい、三柱は國懸大神とともに祭祀を受けています。
國懸大神の神話・伝承
日前宮の由緒では、國懸大神の御神体となる鏡は、岩戸隠れの際の鏡造りに始まり、天道根命によって紀伊に祀られたと伝えられます。天道根命が紀伊国造となり、毛見の地へ二つの神鏡を迎える物語です。
二つの鏡を紀伊に迎える
以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。
潮の匂いが鼻の奥を抜けた。天道根命は足を止め、目の前に用意された神鏡を見つめた。紀伊の名草郡、毛見の地で、これから二つの鏡を祀るのだ。
手を伸ばすと、指先に自然と力が入った。鏡に傷をつけまいとするだけではない。託されたものの重さを思えば、いつものようには動けなかった。
この鏡の始まりには、天照大御神が岩窟へ身を隠した闇がある。神々は光を取り戻そうと心を合わせ、御鏡を鋳造した。その神鏡は、天孫が地上へ降りるときにも、ともに運ばれた。
その二つの鏡が、今は自分の前にある。神武天皇の東征の後、紀伊国造に任じられた天道根命は、国を預かり、神を祀る務めを負っていた。その役目を思うたび、胸の奥が重くなった。
天道根命は息を整えた。鏡を慎重に支え、祀る場所へゆっくりと進んだ。風が袖を揺らし、衣の擦れる音がやけに大きく聞こえた。
「この地に、お鎮まりください」
祈りとともに、二つの神鏡を毛見の地へ祀った。頭を下げたまま目を閉じると、こわばっていた肩がゆっくりと下がった。神を迎える務めを果たしたのだと思うと、ようやく深く息ができた。
顔を上げても、海からの風は変わらず吹いていた。これからは、この地で神を仰いで生きていく。天道根命は神鏡の前で、もう一度深く頭を下げた。
國懸大神ゆかりの神社・祀られている神社
國懸大神の信仰は、紀伊国造が祭祀を継いだ和歌山を中心に伝わっています。神鏡を祀る國懸神宮と、その旧鎮座地とされる濱宮のほか、紀伊から神を迎えた伝承を持つ播磨の神社にも祀られています。
國懸神宮(和歌山県和歌山市)
和歌山市秋月に鎮座し、國懸大神を主祭神とする神宮です。日前神宮と同じ境内にあり、参道を進むと東側に國懸神宮、西側に日前神宮が並びます。
9月26日の例大祭は二宮それぞれで行われ、日前神宮に続いて國懸神宮の祭典が営まれます。米・酒・餅や海山の幸を、供え物を載せる台「三方」11台に盛り、一台ずつ運んで供えます。濱ノ宮から現在地へ遷ったことを祝う御鎮座祭もあり、遷座の伝承が毎年の祭りとして受け継がれています。
濱宮(和歌山県和歌山市)
和歌山市毛見の海岸近くにあり、日前・國懸両神宮の旧鎮座地と伝わる神社です。第一殿には天照皇大神、第二殿には天懸大神と国懸大神を祀っています。
天懸大神は、この神社の由緒で日前大神にあたる神とされます。また、天照大神が伊勢へ鎮まるまでに祀られた「奈久佐浜宮」の伝承地でもあり、「元伊勢」として親しまれています。日前・國懸両神宮の神々と、伊勢の天照信仰をともに伝える社です。
泊神社(兵庫県加古川市)
加古川市加古川町木村に鎮座し、天照皇大神を主祭神、国懸大神と少彦名命を配祀神とする神社です。社伝には、秦河勝が紀伊から神を迎え、社殿を建てたと伝えられています。例祭日は10月18日です。
江戸時代には、宮本武蔵の養子である宮本伊織が1653年に社殿を再建しました。伊織はこの神社の氏子で、小倉へ移った後も故郷の社を支えました。伊織とその弟が奉納した三十六歌仙図絵馬のほか、本殿の背面には伊織の名を刻んだ高さ約3メートルの石灯籠が伝わります。
國懸大神が祀られている主な神社
熊野参詣の道筋にある内原王子神社にも、国懸大神が日前大神とともに合祀されています。秋祭りでは五穀豊穣を願い、四つの地域が交代で鬼獅子の舞を奉納します。当番の地域が担うことから、「当屋獅子」と呼ばれています。
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 内原王子神社 | 和歌山県日高郡日高町 |
