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玉祖命(たまのおやのみこと)は何の神様?玉作りの神話とご利益・祀られている神社 | 神様図鑑

玉祖命タマノオヤは、勾玉などの玉を作る人々の祖神です。天岩戸の神話で祭りに使う玉を作り、現在も宝石や眼鏡に関わる仕事の守り神として信仰されています。

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目次

玉祖命タマノオヤは何の神様?

玉祖命タマノオヤは、玉作りを司り、その仕事を受け継ぐ人々の祖先として仰がれてきた神です。名前の「玉祖タマノオヤ」も、玉を作る集団の祖先という意味に受け取られています。

古代の玉には、曲がった形の勾玉や筒形の管玉などがあり、身を飾るほか、神を祀る儀式にも用いられました。『古事記』で玉祖命タマノオヤが作ったのは、天照大御神アマテラスを天の石屋から招き出すための玉です。多くの玉をひもでつないだ飾りが、神々の用意する祭具の一つとなりました。

玉作部(たまつくりべ)は、こうした玉の生産を担った職能集団です。その人々をまとめて朝廷に仕えたと考えられる氏族が玉祖連で、玉祖命タマノオヤを祖神としました。『古事記』の天孫降臨でも、玉祖命タマノオヤは邇邇芸命ニニギに付き従う五柱の神「五伴緒」に数えられています。

現在も、宝石や眼鏡などを扱う人々から、仕事を守る神として信仰されています。

玉祖命タマノオヤの別名

玉祖命タマノオヤは「たまのおやのみこと」と読み、「たまのやのみこと」とする読み方もあります。櫛明玉命クシアカルタマや天明玉命アメノアカルタマは、玉作りの祖神として玉祖命タマノオヤと同一視され、別名として挙げられる神です。古い文献や神社の伝承には、次のような名称が見られます。

文献・系統名称
『古事記』玉祖命タマノオヤ
『日本書紀』の諸伝豊玉トヨタマ、天明玉アメノアカルタマ、玉屋命タマノヤ、櫛明玉神クシアカルタマ
『古語拾遺』櫛明玉命クシアカルタマ、櫛明玉神クシアカルタマ
周防の玉祖神社に関する伝承天明玉命アメノアカルタマ、櫛明玉命クシアカルタマ、羽明玉命ハカルタマ

『古語拾遺』の櫛明玉命クシアカルタマは、出雲の玉作りの祖とされ、天岩戸の祭りに用いる玉を作る役を担います。『古事記』が玉祖命タマノオヤを玉祖連の祖神とするのに対し、『古語拾遺』は櫛明玉命クシアカルタマを出雲の玉作りや、祭祀を担う忌部の人々に結び付けて語っています。

『日本書紀』では、天岩戸の一書に豊玉トヨタマや天明玉アメノアカルタマ、天孫降臨の一書に玉屋命タマノヤや櫛明玉神クシアカルタマの名が見えます。「一書」は、本筋とあわせて収められた別の伝えです。同じ玉作りの祖神として対応づけられていますが、名称や氏族との結び付きは伝承ごとに異なります。

玉祖命タマノオヤの御神格・ご利益・ご神徳

玉祖命タマノオヤは、玉の製作と、それに携わる人々を守る神として敬われています。ご利益では宝石や眼鏡などの仕事への守護がよく知られ、玉を通じた祈りの場も各地に残っています。

玉祖命タマノオヤの御神格

項目内容
御神格玉作りの神、玉作りに携わる氏族の祖神、宝石・眼鏡などの守り神

玉は装身具であるとともに、神を祀るためにも用いられました。古代の遺跡からは、身に着ける玉に加え、祭祀に使われたと考えられる勾玉が見つかっています。玉祖命タマノオヤが神話で担うのも、玉を製作して祭具を整える仕事です。

出雲では玉の原石を産する花仙山の周辺で、弥生時代から平安時代にかけて玉が作られました。松江市の出雲玉作資料館には、遺跡から出土した作りかけの玉や砥石などが展示され、原石を加工して仕上げるまでの仕事を知ることができます。

玉祖命タマノオヤのご利益・ご神徳

項目内容
ご利益宝石・眼鏡・時計などの仕事の守護(防府の玉祖神社)、願い事の成就を祈る信仰(玉作湯神社の願い石)
ご神徳玉を作る技と営みを守る働き、神を祀る玉を生み出す働き

玉作りの祖神を敬う信仰は、玉や装飾品に関わる仕事の守護につながっています。防府の玉祖神社は、宝石に加え、眼鏡・時計の関係者からも崇敬を集めています。古い眼鏡を供養する祭りにも、道具と、それを扱う仕事への感謝が託されています。

また、櫛明玉命クシアカルタマを祀る玉作湯神社では、「願い石」に触れて願いの成就を祈る信仰が親しまれています。この祈願は、同社の境内にある石に結び付いたものです。

玉祖命タマノオヤの家系図・関係する神々

玉祖命タマノオヤの家族について、『古事記』は父母や配偶神、子の名を記していません。一方、『日本書紀』の天岩戸の一書では、玉祖命タマノオヤに相当する天明玉アメノアカルタマを伊奘諾尊イザナギの子と伝えています。

関係神名・説明
父(『日本書紀』第七段一書第三の天明玉アメノアカルタマの系譜)伊奘諾尊イザナギ。天明玉アメノアカルタマを「伊奘諾尊イザナギの児」とする伝えです。

この伝えでも、天明玉アメノアカルタマの母や配偶神の名前は示されていません。『古語拾遺』には櫛明玉命クシアカルタマの子孫が祈りに使う「御祈玉」を作り、出雲の人々が毎年玉を朝廷へ納めたとあります。同書は、その子孫一人ひとりの名前までは挙げていません。

玉祖命タマノオヤと行動をともにする神々には、祭りの仕事を分担する祖神たちがいます。『古事記』の五伴緒は、天児屋命アメノコヤネ、布刀玉命フトダマ、天宇受売命アメノウズメ、伊斯許理度売命イシコリドメ、玉祖命タマノオヤの五柱で、天孫降臨に付き従います。天岩戸の祭りでは、天児屋命アメノコヤネが祝詞を奏し、布刀玉命フトダマが玉・鏡・幣を付けた榊を持ち、天宇受売命アメノウズメが舞い、伊斯許理度売命イシコリドメが鏡を作ります。五柱は、それぞれの仕事を受け継ぐ氏族の祖神とされています。

玉祖命タマノオヤの神話・伝承

天照大御神アマテラスが天の石屋に籠もり、世界が暗闇に包まれたとき、玉祖命タマノオヤは神々の祭りに使う玉を作りました。ここでは『古事記』の天岩戸の物語を、玉を仕上げる神のそばから描きます。

暗闇の中でつなぐ玉

以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。

指の腹に触れる玉は、冷たかった。玉祖命タマノオヤが顔を上げても、いつもなら空を満たしている光がない。天照大御神アマテラスの閉じた石屋戸の向こうからは、返事さえ聞こえてこなかった。

天安河原には神々が集まり、声が重なっていた。誰かの不安が別の誰かの叫びを呼び、暗闇の中で、どの声がどこから聞こえるのかも分からない。玉祖命タマノオヤは手を握り、ほどき、指先の冷たさをこすった。

思金神オモイカネの考えのもと、神々が動きだした。長く鳴く鳥が集められ、鏡を作るための支度が進み、伊斯許理度売命イシコリドメには鏡作りが任された。玉祖命タマノオヤに求められたのは、祭りに捧げる、数多くの玉だった。

「一つずつ、仕上げよう」

自分の耳に届くほどの声で言うと、少しだけ呼吸が整った。玉祖命タマノオヤは一つの玉に触れ、形を確かめ、次の玉へ手を伸ばした。戸の向こうの神をどう説得するかは分からなくても、指先で仕上げるべきものは分かる。

玉を磨く手が止まりかけるたび、河原を満たす声が耳に戻った。このまま夜が終わらなかったら、その思いに胸が詰まる。それでも玉祖命タマノオヤは玉を取り落とさないよう持ち直し、一つずつ、長い連なりへとつないでいった。

ようやく両手で持ち上げた玉は、ずしりと重かった。天児屋命アメノコヤネと布刀玉命フトダマが占いを終えると、神々は根ごと掘り起こした榊の上の枝に、その連なりを掛けた。中の枝には鏡が、下の枝には白と青の幣が垂れ、布刀玉命フトダマがそれを手に取った。

自分の手を離れた玉を、玉祖命タマノオヤは見送った。もう指先で直せることはない。天児屋命アメノコヤネの祝詞が響き始めると、さっきまで頼りなく聞こえた周囲の物音が、一つの祭りの音へ変わっていった。

石屋戸の前で、天宇受売命アメノウズメが伏せた桶を踏み鳴らした。胸をあらわにし、裳の紐を押し下げて舞う姿に、神々が声を上げて笑う。その大きな笑い声の中で、戸が細く開いた。

「私が隠れているのに、なぜそんなに楽しそうなのだ」

天照大御神アマテラスの声に、玉祖命タマノオヤの肩が強張った。天宇受売命アメノウズメは、あなたよりも尊い神がおいでだからだと答え、その間に天児屋命アメノコヤネと布刀玉命フトダマが鏡を差し出した。天照大御神アマテラスは鏡を不思議そうに見つめ、少しずつ戸の外へ身を寄せた。

隠れていた天手力男神アメノタヂカラオが、その手を取った。ぐっと引かれた天照大御神アマテラスの後ろで、布刀玉命フトダマが縄を渡し、もう内へ戻らないよう告げる。高天原にも地上にも、光が広がった。

玉祖命タマノオヤはまぶしさに目を細めた。榊の枝では、つないだ玉が揺れていた。力を抜いた手のひらにも、明るさが戻っていた。

⇒【國學院大學】『古事記』天の石屋②・祭具を整える場面はこちら

⇒【國學院大學】『古事記』天の石屋③・光が戻る場面はこちら

玉祖命タマノオヤゆかりの神社・祀られている神社

玉祖命タマノオヤへの信仰は、玉作りの人々とゆかりの深い地域や、祭祀を担う神々を祀る神社に伝わっています。玉祖命タマノオヤの名で祀る社のほか、櫛明玉命クシアカルタマの名で玉作りの祖神を祀る社もあります。周防・河内・出雲の代表的な三社と、東京を含むそのほかの祭祀先を紹介します。

玉祖神社(山口県防府市)

防府市大崎に鎮座する、周防国一宮の玉祖神社です。祭神は玉祖命タマノオヤともう一柱で、もう一柱の神名は伝わっていません。社伝では玉祖命タマノオヤがこの地で亡くなったとされ、近くの玉岩窟が墓所と伝えられています。

歴史資料では、738年の周防国の正税帳に、神職を務めた玉作部五百背の名が見えます。玉作りの人々が祖神を祀った社と考えられており、1195年に重源が社殿を造り替えた際の目録も残ります。春の「玉の祭」では古い眼鏡への感謝を捧げて焚き上げを行い、秋には相撲に似た所作で行う「占手神事」が受け継がれています。

⇒【山口県観光連盟】玉祖神社の紹介はこちら

玉祖神社(大阪府八尾市)

八尾市神立の高安山麓に鎮座し、「高安明神」とも呼ばれる神社です。玉作りの祖神を櫛明玉命クシアカルタマの名で祀り、高安十一か村の氏神として信仰されてきました。社伝によると、710年に周防国の玉祖神社から分霊を迎えたのが始まりです。

境内には平安時代の木造男女神像や、豊臣秀頼が1604年に寄進したと伝わる石灯籠などの文化財が残ります。現在の本殿は江戸時代中ごろの建物と考えられ、鮮やかな彩色が残っています。毎年10月には境内で高安薪能が奉納され、地域の信仰と芸能が受け継がれています。

⇒【八尾市】玉祖神社の歴史紹介はこちら

玉作湯神社(島根県松江市)

玉造温泉にある玉作湯神社は、玉作りの神である櫛明玉命クシアカルタマを、大名持命オオナモチ・少彦名命スクナヒコナとともに祀る神社です。『出雲国風土記』には「玉作湯社」の名が記されており、玉作りの祖神と温泉を守る神々への信仰を伝えています。

境内で親しまれているのが、丸い「願い石」と、小さな「叶い石」を使った祈願です。参拝者は叶い石を御神水で清めてから願い石に触れさせ、心の中で願いを唱えます。願い事を書いた二枚の願い札のうち、一枚は社に納め、もう一枚を叶い石とともに袋へ入れて、自分のお守りにします。

⇒【島根県観光連盟】玉作湯神社の紹介はこちら

玉祖命タマノオヤが祀られている主な神社

東京では、羽村市羽東の稲荷神社が玉祖命タマノオヤを祀っています。現在の祭神は三柱で、その一柱が玉祖命タマノオヤです。1846年から3年をかけて造られた本殿は市指定文化財で、精巧な彫刻が残っています。

このほか、國懸神宮では玉祖命タマノオヤを相殿に祀り、安房神社では櫛明玉命クシアカルタマを相殿の忌部五部神の一柱として祀っています。

神社名住所
國懸神宮(日前宮)和歌山県和歌山市
安房神社千葉県館山市
稲荷神社(羽村市羽東)東京都羽村市
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