豊玉姫命は、海の神の娘として生まれ、安産や縁結び、海の安全を願って祀られる女神です。山幸彦との結婚、出産のときに現した龍やワニの姿、妹の玉依姫命との関係など、神話から各地の信仰まで紹介します。
豊玉姫命は何の神様?
豊玉姫命は、海の世界に住む女神で、海神の娘、山幸彦の妻、神武天皇の祖母にあたります。『古事記』や『日本書紀』では、海の宮を訪れた地上の神と結ばれ、天皇の系譜につながる子を産む存在として登場します。
夫の山幸彦は、天照大御神の子孫である火遠理命のことです。海の神の娘との婚姻によって、その子孫には海神の血筋も加わりました。天から降りた神の系譜と、地上や海の神々の系譜が結びつく神話の一場面です。
人の姿と海の生き物の姿を併せもち、海と地上の二つの世界に関わる女神でもあります。海の国への道を閉ざして去る神話は、海と陸を自由に行き来できなくなった由来を語っています。
現在は、出産の神話にちなむ安産祈願や、山と海の神が結ばれたことにちなむ良縁祈願で親しまれています。漁業や航海に関わる信仰、温泉地の美肌信仰など、土地の暮らしに結びついた祀られ方もあります。
豊玉姫命と龍神・ワニの姿
豊玉姫命は、『日本書紀』神代下・第十段の本文で、出産の際に龍の姿になる海の女神として描かれています。『古事記』では「八尋和邇」の姿となり、『日本書紀』に併記された別伝では、一書第一に「八尋大熊鰐」、一書第三に「八尋大鰐」と記されています。
この「和邇」は、サメを指すという解釈が有力です。「八尋」は非常に大きいことを表す言葉で、神話では産屋の中を這う異形の姿として描かれます。
龍という表現には、中国で皇帝の権威を示した龍のイメージを重ね、豊玉姫命の子孫である天皇の力を表したとみる説もあります。海の女神が龍や巨大な海の生き物として描かれる点は共通し、その具体的な姿は物語の伝え方によって変わります。
豊玉姫命の別名
豊玉姫命は「とよたまひめのみこと」と読みます。古典では「とよたまびめ」とも読まれ、「姫」「比売」「毘売」などの表記があります。
| 区分 | 別名・異表記 |
|---|---|
| 『古事記』の表記 | 豊玉毘売、豊玉毘売命 |
| 『日本書紀』の表記 | 豊玉姫 |
| 神社などで用いる表記 | 豊玉姫命、豊玉姫大神、豊玉姫神、豊玉比売命、豊玉比賣命 |
名前の「豊」は豊かさや美しさをたたえる言葉とされます。「玉」は海の宝である真珠を表すという説と、神霊や魂に結びつける説があり、神霊を迎える巫女の性格をもつ名とも考えられています。
豊玉姫命と瀬織津姫を同一視する説もあります。瀬織津姫は大祓詞に登場し、川の瀬から罪を海へ流す祓いの神です。水に関わる点は共通しますが、豊玉姫命の結婚や出産を語る『古事記』『日本書紀』には、瀬織津姫をその別名とする記述はありません。
豊玉姫命の御神格・ご利益・ご神徳
豊玉姫命は、海の神としての性格と、出産や結婚に関わる守護によって信仰されています。安産・縁結び・海上安全がよく知られ、嬉野では美肌を願う信仰も受け継がれています。
豊玉姫命の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 海の女神、安産の守護神、縁結びの神 |
海神の娘である豊玉姫命は、海上安全を守る神としても祀られています。西野神社が案内する神徳には海上安全があり、指宿の龍宮神社でも海の守り神として信仰されています。船での移動や漁をする人々にとって、海の恵みと安全は暮らしに欠かせない願いです。
出産の神話には、鵜の羽で屋根を葺く産屋が登場します。屋根が仕上がるより先に子が生まれたことから、安産を守る神として敬われてきました。札幌の西野神社でも、この出来事を安産信仰の由来として伝えています。
豊玉姫命のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 安産、良縁・縁結び、海上安全、大漁〈知覧の豊玉姫神社の信仰〉、美肌〈嬉野の信仰〉 |
| ご神徳 | 子の誕生を守る、人の縁を結ぶ、海の暮らしを守る |
縁結びの願いは、海の世界の豊玉姫命と、山で暮らしていた山幸彦との出会いにちなみます。暮らす場所の違う二柱が結婚した神話を背景に、西野神社では良縁祈願を行っています。知覧の豊玉姫神社で願われる大漁には、ともに祀られる父神の豊玉彦命への信仰が関わり、海を治める父神は漁業に従事する人々からも敬われています。
美肌のご利益は、佐賀県嬉野市の豊玉姫神社で特に親しまれています。美しい肌の女神である豊玉姫大神への祈りが、「美肌の湯」として知られる嬉野温泉の湯治文化と結びついています。
豊玉姫命の家系図・関係する神々
豊玉姫命の父は海神、夫は火遠理命、子は鵜草葺不合命です。妹の玉依姫命は、その子を育てた後に妻となり、神武天皇を産みます。豊玉姫命は神武天皇の父方の祖母、玉依姫命は母にあたります。
| 関係 | 神名・説明 |
|---|---|
| 父 | 綿津見神。海を治める神で、知覧の豊玉姫神社では豊玉彦命の名でも祀られます |
| 夫〈配偶神〉 | 火遠理命。山幸彦とも呼ばれ、海の宮で豊玉姫命と結婚します |
| 子 | 鵜草葺不合命。地上の海辺で生まれ、神武天皇の父となります |
| 妹 | 玉依姫命。姉に代わって鵜草葺不合命を養育し、後にその妻となります |
| 孫 | 神武天皇。鵜草葺不合命と玉依姫命の子です |
『古事記』の海神の国訪問と出産の段には、豊玉姫命の母の名前は記されていません。
玉依姫命が姉の子を育てるのは、豊玉姫命が海へ帰った後のことです。姉は妹に養育と夫への歌を託しました。鵜草葺不合命と玉依姫命の間には後に四柱の子が生まれ、その末子が神武天皇とされます。
なお、「玉依姫」という名の神は各地の伝承に登場します。ここでいう玉依姫命は、海神の娘で、豊玉姫命の妹として語られる神です。
豊玉姫命の神話・伝承
豊玉姫命は、出産する姿を見ないよう夫に頼みます。しかし約束が破られ、子を残して海へ帰ることになりました。以下では、『古事記』に描かれる出産と別離、離れた夫婦が歌を交わす場面をたどります。
見ないで、と告げた海の姫
以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。
潮風が、葺きかけの鵜の羽を揺らしていた。豊玉姫命は腹を押さえ、産屋の入り口で足を止めた。次の痛みが来ると膝に力が入らず、もう屋根の完成を待てそうになかった。
海の宮で火遠理命と出会い、夫婦になってから、二柱は三年をともにした。夫が地上へ帰った後、身籠っていた豊玉姫命も、産む日が近づいて海を出た。天つ神の血をひくこの子は、地上で産もうと決めたのだ。
「一つだけ、お願いがあるの」
豊玉姫命は痛みの間を縫い、夫の顔を見た。「私たちは、お産のときには故郷での姿に戻る。だから、中を見ないで」。言い終えると息を整え、まだ風の通る産屋の奥へ入っていった。
火遠理命は外に残された。故郷での姿とは、何のことだろう。妻の言葉が頭を離れず、しばらくためらった末、産屋の中へそっと目を向けた。
そこに、いつも見ていた姫の姿はなかった。暗がりいっぱいに、巨大な八尋和邇が身をうねらせている。這う身体が動くたびに影が揺れ、火遠理命は息を詰めたまま後ずさりし、ついにはその場から逃げ退いた。
豊玉姫命には、見られたことが分かった。言葉にして託した願いが、たった一度の視線で破られた。痛みに耐える身体の奥へ、夫に知られてしまった恥ずかしさが重く沈んだ。
やがて子が生まれた。鵜の羽で屋根を葺き終える前に生まれた御子は、鵜草葺不合命と呼ばれることになる。豊玉姫命は地上にその子を残し、夫へ別れを告げた。
「海の道を通って、ここへ帰ってくるつもりだった。でも、あの姿を見られてしまった。もう、同じようにはいられない」
海へ向かう足が止まりかけた。振り返れば、子を残した産屋がまだ見える。それでも豊玉姫命は海の国と地上をつなぐ海坂を塞ぎ、夫のいる岸から遠ざかっていった。
故郷へ戻っても、思いは静まらなかった。あのときの視線を思い出せば胸が痛むのに、夫の顔まで忘れることはできない。地上の子も気にかかり、豊玉姫命は妹の玉依姫命に養育を託すことにした。
妹を送り出すとき、豊玉姫命は歌も預けた。赤い玉がどれほど美しくても、白い玉のようなあなたの姿こそ尊い。口にすれば崩れそうな思いが、歌になると少しずつ言葉になった。
火遠理命からも、歌が返ってきた。ともに寝た愛しい妻を、いつまでも忘れない。豊玉姫命は返ってきた歌を胸に、遠い地上へ思いを向けた。二柱のあいだには、なお深い海があった。
豊玉姫命ゆかりの神社・全国で祀られている神社
豊玉姫命は、九州をはじめ、北海道や関東、京都などでも祀られています。安産や縁結びに加え、海の安全、美肌など、地域ごとに親しまれる祈りに特徴があります。「豊玉姫神社」という社名以外の神社にも、その信仰が受け継がれています。
豊玉姫神社〈鹿児島県南九州市〉
知覧にある豊玉姫神社は、豊玉姫命を主祭神とし、夫の彦火々出見命、父の豊玉彦命、妹の玉依姫命をともに祀っています。安産や航海安全、大漁への信仰で知られています。
この地には、姉妹が治めるはずだった土地が入れ替わり、豊玉姫命が知覧を治めることになったという独自の伝説があります。もとは姉が川辺、妹が知覧を治める予定でしたが、水田の豊かな川辺を望んだ妹が、玄米の朝食を急いで済ませて先に出発します。白米を炊いていた姉は後から知覧へ向かい、その治世を慕った地元の人々が社を建てたと伝えます。慶長15年〈1610年〉には、領主から現在地の寄進を受けて遷座したとされています。
六月灯で奉納される「水車からくり」も、この神社の特徴です。用水路の流れを動力にして人形を動かし、芝居を演じます。江戸時代後期にはすでに行われ、戦時中の中断を経て昭和54年〈1979年〉に復活した芸能です。
豊玉姫神社〈佐賀県嬉野市〉
嬉野温泉の豊玉姫神社では、祭神を豊玉姫大神といい、美しい肌の女神として敬われています。温泉街の中にあり、美肌を願う参拝先として親しまれてきました。
境内のなまず社に祀られる白い「なまず様」は、豊玉姫大神の使いとされています。湯治に訪れる人々が肌の悩みからの回復を願い、現在も美肌を祈る人が訪れます。白なまずに触れて願いを託す信仰が、嬉野ならではの参拝の形です。
西野神社〈北海道札幌市〉
札幌市西区の西野神社は、豊玉姫命を主祭神とし、鵜草葺不合命、譽田別命を祀っています。明治18年〈1885年〉、本州から入植した5戸の人々が開拓の守護神を祀った小さな祠を起こりとします。明治32年〈1899年〉には右股・左股・広島の各集落の祠を合わせ、西野全域の神社となりました。
現在は安産や縁結びの祈願で知られ、不定期に良縁祈願祭も行われています。境内には、縁の成就を願って撫でる「エンジュ―縁就―の木」や「結びのハート石」があります。安産祈願では、妊娠5か月目の戌の日に訪れる習わしが案内されています。
豊玉姫命が祀られている主な神社
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 豊玉姫神社 | 千葉県香取市 |
| 水度神社 | 京都府城陽市 |
| 和多都美神社 | 長崎県対馬市 |
| 龍宮神社 | 鹿児島県指宿市 |
香取の豊玉姫神社では、豊玉姫尊の名で祀られています。20年ごとの式年銚子大神幸祭では、東大社・雷神社とともに神輿が銚子の海浜へ向かい、海に関わる神々への祈りを受け継いでいます。
指宿の長崎鼻にある龍宮神社では、豊玉姫を「乙姫様」として祀っています。浦島太郎の竜宮伝説も伝わる土地で、海の守護と縁結びを願う信仰があります。
