八坂刀売神は、諏訪大社に祀られ、農耕や水の恵み、夫婦の縁と結びついて信仰される女神です。建御名方神の妻として知られ、下諏訪温泉には、この女神が運んだ湯から温泉が生まれたという伝説も残っています。古い記録に見える姿から、ご利益、諏訪の風景に息づく物語まで紹介します。
八坂刀売神は何の神様?諏訪の女神の正体と由来
八坂刀売神は、建御名方神とともに諏訪の土地と暮らしを守る女神です。長野県の諏訪大社を中心に信仰され、妃神としての姿に加え、農耕や温泉にかかわる土地の神として親しまれてきました。
夫の建御名方神は『古事記』の国譲りに登場します。八坂刀売神の名は『古事記』『日本書紀』には見えず、夫婦の物語は諏訪の伝承として受け継がれています。
八坂刀売神の名が残る古い記録の一つが、平安時代の『続日本後紀』です。承和9年(842)10月2日条には、従五位下という神の位を授けられたことが記されています。その後も位は上がり、仁寿元年(851)には建御名方神とともに従三位を授けられています。
神として祀られるようになった詳しい経緯は、今もはっきり分かっていません。研究者の伊坂青司は、安曇氏が伝えた稲作文化と結びつけ、豊作を祈る祭りを担った巫女が神格化されたと考えています。これは起源をめぐる一つの説で、実在した特定の女性が明らかになっているわけではありません。現在は、田畑の実りや家族の幸せを願う神として信仰されています。
八坂刀売神の別名・八坂刀売命との関係
八坂刀売命は「やさかとめのみこと」と読み、八坂刀売神と同じ女神を指します。「神」と「命」は神名に添えられる呼び方の違いで、「賣」は「売」の旧字体です。札幌諏訪神社のように「八坂刀売之命」と表記する神社もあります。
| 区分 | 名称・異表記 |
|---|---|
| 「神」を添える表記 | 八坂刀売神、八坂刀賣神 |
| 「命」を添える表記 | 八坂刀売命、八坂刀賣命、八坂刀売之命 |
妻科神社では、名前の「八坂」を、ますます栄えるという「弥栄」に結びつけています。また、信濃に多い坂や峠を安全に越えられるよう、旅人を導く女神という意味も重ねられています。
瀬織津姫と同一神である説もありますが、はっきりしていません。瀬織津姫は『延喜式』の大祓詞に登場し、川の流れによって罪や穢れを海へ運ぶ神です。八坂刀売神にも水にかかわる信仰がありますが、『続日本後紀』の神階記事や大祓詞には、二柱を同じ神とする記述はがないためです。
八坂刀売神の御神格・ご利益・ご神徳
八坂刀売神は、諏訪の神々とともに田畑の実りを祈られ、夫婦の縁や子の誕生を見守る女神としても信仰されています。農耕を司る神への祈りと、夫婦神や子神の伝承が、豊作や縁結び、安産などのご利益につながっています。
八坂刀売神の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 諏訪の守護神、農耕の神、水・温泉にかかわる女神、夫婦の縁を守る神 |
諏訪大社の下社では、春になると神が山から里へ下り、農耕を司るという信仰が伝えられています。春宮と秋宮を季節に応じて移る祭りも、田畑を耕し、実りを迎える暮らしと結びついています。
下諏訪では、「綿の湯」をもたらした女神としても伝えられています。下社秋宮の境内には、天然温泉が流れる手水舎「御神湯」があります。
八坂刀売神のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 縁結び、夫婦円満、子授け・安産、五穀豊穣 |
| ご神徳 | 夫婦や家族の縁を守ること、子の誕生を見守ること、水や農耕の恵みをもたらすこと |
札幌諏訪神社では、建御名方神と八坂刀売神が夫婦であることを、縁結び・夫婦円満の信仰に結びつけています。また、二十二柱の御子神をもうけたという伝えから、子授け・安産の神としても敬われています。
五穀豊穣は、諏訪の神々が雨や風、水を司るという信仰を背景とする願いです。下社春宮では、毎年1月14日夜から15日未明にかけて筒粥神事が行われます。米と小豆、44本の葦の筒を大釜で煮て、筒の中の粥の状態から、農作物43種と世の中の豊凶を占う神事です。
八坂刀売神の家系図・関係する神々
八坂刀売神の夫は建御名方神です。子神については各地に伝承があり、妻科神社に伝わる系譜では、妻科姫命と彦神別命が二柱の子として語られています。
| 関係 | 神名・説明 |
|---|---|
| 夫 | 建御名方神。諏訪大社をはじめ、各地の諏訪神社でともに祀られます。 |
| 子(妻科神社に伝わる系譜) | 妻科姫命、彦神別命。妻科姫命は妻科神社で古く祀られた神、彦神別命は長野市城山の水内大社に祀られる神として伝えられています。 |
子神の名前や数は、地域の伝承によって異なります。札幌諏訪神社の二十二柱という伝えもその一つです。八坂刀売神の父母や誕生の物語は、『古事記』『日本書紀』には記されていません。
諏訪湖には、夫婦神の関係を湖の風景に重ねた「御神渡り」の伝承があります。全面結氷した湖の氷がせり上がって筋をつくる現象を、上社の建御名方神が下社の八坂刀売神に会いに行った跡と伝えるものです。御神渡りの判定と拝観の神事は、諏訪市の八釼神社が担っています。
八坂刀売神の神話・伝承
下諏訪に伝わる「綿の湯」は、八坂刀売神が運んだ湯玉から温泉が湧いたという物語です。下諏訪町の『歴史的風致維持向上計画』には、女神が上社から下社へ移る際、日頃使っていた湯を夫に分けてもらったという伝承が載っています。
手のひらの温もりを、新しい住まいへ
以下は、伝承で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。
湯に指を浸すと、いつもの温かさが返ってきた。八坂刀売神は、濡れた指先を見つめたまま、しばらく動かなかった。明日からも同じようにこの湯を使えると思っていた日々が、急に遠く感じられる。
上社を離れ、下社へ住まいを移すことになっていた。持っていくものを確かめていると、建御名方神がそばへ来た。「欲しいものがあれば、遠慮せず持っていくといい」
八坂刀売神は顔を上げ、それからもう一度、湯へ目を戻した。毎日、化粧をするときに触れてきた湯だ。「それなら、この温泉のお湯を分けてほしい」
綿を湯に浸すと、白いかたまりがたっぷりと温もりを含んだ。八坂刀売神は両手を添え、そっと持ち上げる。何を選べばよいのか迷っていた胸が、手の中の小さな重みで落ち着いていった。
下社に着いた八坂刀売神は、社の前にしゃがみ、持ってきた湯玉を置いた。手を離した、そのときだった。綿を置いた場所から湯がにじみ、土を濡らしながら、次々と湧き出してくる。
「ここでも、湧いてくれたんだ」
思わず伸ばした指先に、上社で親しんだ温かさが触れた。八坂刀売神は肩の力を抜き、湧き続ける湯を見つめた。小さな綿に包んで運んだ温もりが、新しい住まいの足元に、泉となって広がっていた。
⇒【下諏訪町】『歴史的風致維持向上計画』の綿の湯伝説はこちら(PDF・本文14頁)
この湯は「綿の湯」と呼ばれ、下諏訪の温泉の始まりと伝えられています。神の湯に心の汚れた者が入ると湯口が濁るという「湯口の清濁」も、下社の七不思議の一つです。綿の湯の源泉は、中山道と甲州街道の合流点にあります。
八坂刀売神ゆかりの神社・祀られている神社
八坂刀売神は、諏訪大社や各地の諏訪神社などで祀られています。信濃の古い神社から、移住者が故郷の神を迎えた北海道の神社まで、土地を守る祈りや家族の願いとともに信仰が伝わりました。
名前が似ている京都の八坂神社は、素戔嗚尊・櫛稲田姫命の夫婦神と、八柱御子神などを本殿に祀る神社です。八坂刀売神を祀る代表的な神社には、次の三社があります。
諏訪大社|長野県諏訪市・茅野市・下諏訪町
諏訪大社は、諏訪湖の南側に上社本宮・前宮、北側に下社春宮・秋宮がある神社です。八坂刀売神は茅野市にある上社前宮の祭神であり、下社春宮・秋宮にも建御名方神、八重事代主神とともに祀られています。
下社では2月1日に秋宮から春宮へ、8月1日に春宮から秋宮へ、神が宿るとされる御霊代(みたましろ)を移します。8月のお舟祭では、神幸行列に続いて、老夫婦の人形を乗せた青柴の舟を氏子が曳きます。春宮は杉を御神木とし、本殿を設けていません。
妻科神社|長野県長野市
善光寺の南西に鎮座する妻科神社は、八坂刀売命を主祭神とし、健御名方命をあわせて祀る神社です。創建年代は明らかではありませんが、貞観2年(860)には「妻科地神」に神の位を授けた記録があります。
善光寺を守る神々の一社としても信仰され、江戸時代には湯福神社・武井神社と並ぶ鎮守でした。豊作を願う春の祈年祭や、収穫に感謝する秋の新穀感謝祭に加え、風を鎮める祭りも受け継がれています。10月の秋祭りでは、宵宮の「杜花火」が境内を彩ります。
札幌諏訪神社|北海道札幌市東区
札幌諏訪神社は、建御名方之命と八坂刀売之命を祀る神社です。明治15年(1882)、信濃から移住した上島正が故郷の諏訪大社から分霊を迎え、自宅の敷地に小さな祠を建てたことに始まります。
上島は明治10年(1877)にこの地で開墾を始め、勧請の際には三十余名が信濃から移り住みました。土地の安寧を祈って迎えた神は、札幌の鉄道北側の地域を守る神として崇敬されています。現在は子宝・安産の祈願や神前結婚式に加え、子どもの成長を祝う初宮詣・七五三なども行われています。
八坂刀売神が祀られている主な神社
上の三社のほかにも、次の神社で八坂刀売神・八坂刀売命が祀られています。
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 土谷諏訪神社 | 長野県北安曇郡小谷村 |
| 生出神社 | 山梨県都留市 |
| 鎮西大社 諏訪神社 | 長崎県長崎市 |
| 南方神社 | 鹿児島県枕崎市 |
