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一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)は何の神様?言葉の力とご利益・神話・全国の神社 | 神様図鑑

一言主大神ヒトコトヌシは、よいことも悪いことも一言で告げる、言葉の力を持つ神です。葛城山で雄略天皇ユウリャクテンノウと出会う神話で知られ、現在は一言の願いを聞き届ける神として親しまれています。名前の読み方や神話、ご利益とともに、全国で祀られている神社を紹介します。

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目次

一言主大神ヒトコトヌシはどんな神様?

一言主大神ヒトコトヌシは、大和の葛城山に現れ、物事の吉凶を一言で告げる神です。神の意思を言葉で示す「託宣」の神として知られ、その名にも、ひと言で言い定める力が表れています。

『古事記』では、雄略天皇ユウリャクテンノウの一行と同じ姿の集団を率いて現れます。相手の正体を知った天皇は畏れ、自らの武器と臣下の衣服を捧げました。

葛城では朝廷の祭祀を受け、貞観元年(859年)には使者が供え物を奉り、風雨の祈願を行った記録があります。山岳修行の開祖とされる役行者エンノギョウジャが、神々に橋を造らせようとする説話にも登場します。現在は「一言さんイチゴンサン」の名で親しまれ、人々が暮らしの願いを託す神として各地で祀られています。

一言主大神ヒトコトヌシの別名・読み方

一言主大神ヒトコトヌシの読み方は「ひとことぬしのおおかみ」です。「一言」を「ひとこと」と読みますが、奈良の葛城一言主神社で親しまれる「一言さんイチゴンサン」は「いちごんさん」と読みます。

区分名称・表記
『古事記』の表記一言主大神ヒトコトヌシ、一言主之大神ヒトコトヌシ、葛城之一言主之大神カツラギノヒトコトヌシ
他の古典の表記一事主神ヒトコトヌシ(『日本書紀』)、葛木一言主神カツラギノヒトコトヌシ(『先代旧事本紀』)、一語主大神ヒトコトヌシ(『日本霊異記』)
神社で用いられる表記一言主大神ヒトコトヌシ、一言主神ヒトコトヌシ、一言主命ヒトコトヌシ

「一事主神ヒトコトヌシ」も「ひとことぬしのかみ」と読みます。「言」と「事」の字が使い分けられていますが、いずれも葛城山で雄略天皇ユウリャクテンノウと出会う神の名です。

茨城県常総市の一言主神社には、八重事代主神ヤエコトシロヌシと同じ神とする伝えもあります。八重事代主神ヤエコトシロヌシは、国譲りを承諾すると、その言葉どおりに身を隠したとされる神です。この伝承から、同社では言ったことを実行する「言行一致」の神としても信仰されています。

一言主大神ヒトコトヌシの御神格・ご利益・ご神徳

一言主大神ヒトコトヌシは、力ある言葉で告げ、願いに応える神として敬われています。祈願の内容は心願成就を中心に、家庭や仕事、健康など幅広く、神社ごとに受け継がれた祈りの形があります。

一言主大神ヒトコトヌシの御神格

項目内容
御神格吉凶を告げる託宣の神、言葉の力を司る神、葛城山の神

『古事記』では、自らを「言離」の神と名乗ります。この言葉は、よいことも悪いことも言い定め、神の意思を告げる働きを表すと解釈されています。口にした言葉が現実になるという「言霊」の信仰とも結びつけられる神です。

一言主大神ヒトコトヌシのご利益・ご神徳

項目内容
ご利益心願成就、家内安全、厄除け、商売繁盛、良縁成就、病気平癒などの祈願
ご神徳一言の願いを聞き届ける働き、災いから人々を守る働き、和合協調へ導く働き

現在の祈願には、一言で伝える短い願いを聞き届けるという信仰と、一つの願いをかなえるという信仰があります。葛城一言主神社は前者で知られ、春日大社境内の一言主神社では、一つの願いを託す絵馬や、願いがかなったお礼の鳥居が奉納されています。

常総市の一言主神社に伝わる縁起では、神が一度の参拝や一言の祈願もおろそかにせず、人々を災いから救うと告げています。現在も同社では、心願成就や身体健全、学業成就などの祈祷が行われています。葛城一言主神社でも、縁むすびや厄除け、家内安全など、生活に関わる願いが寄せられます。

高知市の土佐神社では、一言で物事を解決し、人々の和合協調を助ける神として敬われています。

一言主大神ヒトコトヌシの家系図・関係する神々

『古事記』の雄略天皇ユウリャクテンノウの段には、一言主大神ヒトコトヌシの父母や妻子の系譜は記されていません。一方、『先代旧事本紀』の「地祇本紀」には、素戔烏尊スサノオの子神として名が記されています。次の表は、この別伝に見える家族関係です。

関係神名・説明
父素戔烏尊スサノオ。『先代旧事本紀』で一言主大神ヒトコトヌシの親神とされます。
兄弟姉妹五十猛命イソタケル、大屋姫神オオヤヒメ、抓津姫神ツマツヒメ、大己貴神オオナムチ、須勢理姫神スセリヒメ、大年神オオトシ、稲倉魂神ウカノミタマなど。同書では、一言主大神ヒトコトヌシとともに素戔烏尊スサノオの子神の系譜に並びます。

同書は、五十猛命イソタケル・大屋姫神オオヤヒメ・抓津姫神ツマツヒメを紀伊に鎮まる神々、一言主大神ヒトコトヌシを大和国葛上郡に鎮まる神として記しています。一言主大神ヒトコトヌシの母や配偶神、子については、この箇所に記されていません。

常総市の一言主神社に伝わる八重事代主神ヤエコトシロヌシとの同一神説では、大国主神オオクニヌシの長子とされます。これは、素戔烏尊スサノオの子とする『先代旧事本紀』とは別に伝わる系譜です。雄略天皇ユウリャクテンノウや役行者エンノギョウジャとは、神話や説話を通じて関わります。

一言主大神ヒトコトヌシの神話・伝承

『古事記』には、雄略天皇ユウリャクテンノウが葛城山で自分の一行とそっくりの集団に出会う物語があります。天皇は怒って弓矢を構えますが、相手が一言主大神ヒトコトヌシだと知ると、武器を捧げて拝みます。

向かいの峰に立つ、もう一つの行列

以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。

臣下たちの青摺(あおずり)の衣についた紅い紐が、山風に揺れていた。葛城山を登る雄略天皇ユウリャクテンノウは、ふと向かいの峰に目を留める。木々の間を、こちらと並ぶように別の行列が進んでいた。

先頭から後ろまで目で追っても、人数に違いがない。衣の様子まで、こちらの一行にそっくりだった。天皇は足を止めた。この大和で、自分のほかに、誰があれほどの者を従えているというのか。

「わたしをおいて、ほかに王はいない。あそこを進むのは何者だ」

使いを通じて問いかけると、向こうからも、まったく同じ問いが返った。天皇の眉がつり上がる。こちらが名を問うているのに、あの者は、自分こそ王だと言うつもりなのか。

天皇は矢を取り、弓につがえた。後ろで臣下たちが一斉に身構えると、向かいの行列でも弓が上がる。山の斜面を挟んで矢先が向き合い、さっきまで聞き流していた衣擦れの音が、いやに近く響いた。

「名を告げよ。互いの名を知ってから、矢を放とう」

弦にかけた指へ、力がこもる。相手は退かなかった。天皇をまっすぐ見返し、静かに口を開いた。

「先に問われたのはわたしだ。ならば、わたしから名乗ろう。よいことも悪いことも一言で言い放つ、葛城の一言主大神ヒトコトヌシだ」

天皇の指が止まった。一言主大神ヒトコトヌシ。その名を胸の内で繰り返したとたん、怒りで熱くなっていた身体が冷えた。

王をまねた者だと思っていた相手は、この山の大神だった。自分は今、その神へ矢を向けている。天皇は弓を下ろしたが、乾いた喉からは、すぐに言葉が出てこなかった。

「恐れ多いことをした。わが大神よ、お姿を現されているとは気づかなかった」

頭を垂れ、自らの刀と弓矢を差し出す。臣下たちにも衣服を脱いで捧げるよう命じると、武器のそばへ紅い紐のついた衣が重なった。天皇は頭を低くしたまま、神の返事を待った。

一言主大神ヒトコトヌシが手を打った。澄んだ音が山道に響き、神は捧げ物を受け取った。それを見届けて、天皇はようやく詰めていた息を吐いた。

天皇が帰途につくと、大神の一行が山の峰を満たした。大神はその列を率い、長谷の山の入り口まで天皇を見送った。山へ向けてもう一度頭を垂れ、天皇は帰り道を進んだ。

⇒【葛城一言主神社】『古事記』雄略天皇ユウリャクテンノウと一言主大神ヒトコトヌシの伝承(訓読)はこちら

『日本書紀』では、天皇に顔立ちや姿がよく似た人物が現れ、一事主神ヒトコトヌシと名乗ります。神と天皇は一緒に狩りをし、獲物へ矢を射ることを互いに譲り合ったと伝えられます。

役行者エンノギョウジャと橋をめぐる後代の説話

平安時代初めの『日本霊異記』では、役行者エンノギョウジャが神々に葛城山と吉野の金峯山の間へ橋を架けるよう命じます。これを不満に思った一言主大神ヒトコトヌシは人に憑き、役行者エンノギョウジャが天皇を倒そうとしていると偽って告げます。そのため、役行者エンノギョウジャは流罪にされました。説話の終わりには、一言主大神ヒトコトヌシが役行者エンノギョウジャの呪法で縛られ、その束縛がまだ解けていないと語られます。

後の『三宝絵』などには、一言主大神ヒトコトヌシが顔の醜さを恥じ、夜だけ橋造りをしたという話もあります。『日本霊異記』には顔の醜さへの言及がなく、文献ごとに筋が異なります。夜にしか造れず完成しない橋の話は、逢瀬や途絶えがちな恋を詠む和歌にも取り入れられました。

一言主大神ヒトコトヌシゆかりの神社・全国で祀られている神社

一言主大神ヒトコトヌシは、葛城山周辺の神社をはじめ、関東や北陸、四国などでも祀られています。一言主神社という名前の社に加え、別の社名を持つ神社や境内社にも信仰が残っています。総本社とされる葛城の社、東国の来臨伝承を持つ社、土佐の海辺に鎮まる社を紹介します。

葛城一言主神社|奈良県御所市

奈良県御所市森脇にあり、一言主大神ヒトコトヌシと幼武尊ワカタケル、すなわち雄略天皇ユウリャクテンノウを祀ります。神が姿を現したと伝わる「神降」の地に鎮座し、全国の一言主神ヒトコトヌシを祀る神社の総本社とされています。各地には、この神社への参拝を目的とした「講」という信仰の集まりもあります。

9月15日の御神火祭では、願いを記した祈祷串を神前の火にくべて祈ります。社伝では、文明14年(1482年)に神主や山伏らを集めて行った火焚祈祷祭に由来するとされます。冬至の一陽来復祭では灯明を献じて招福を願い、南天を用いた一陽来復守りにも、災いを福へ転じたいという祈りが込められています。

⇒葛城一言主神社公式サイトはこちら

一言主神社|茨城県常総市

茨城県常総市大塚戸町にあり、一言主大神ヒトコトヌシを祀ります。大同4年(809年)の冬、雪の中から生えた筍が三つに枝分かれし、それをしるしに神が現れたという由緒を持ちます。三つまたの竹にちなむ「三竹山」の名でも知られています。

境内には今も三岐の竹が植えられ、霊竹殿には各地の崇敬者から奉納された竹が納められています。毎月13日の月次祭は、竹が現れたと伝わる日を縁日とするものです。秋の例大祭に合わせた奉祝祭では、人形と花火を組み合わせた「からくり綱火」が奉納され、地域に伝わる信仰と芸能が受け継がれています。

⇒一言主神社公式サイトはこちら

鳴無神社|高知県須崎市

高知県須崎市の浦ノ内湾の奥にあり、一言主命ヒトコトヌシを祀る神社です。土佐神社の元宮と伝えられ、海へ向かって延びる参道と海を正面にした社殿から、「土佐の宮島」とも呼ばれています。

寛文3年(1663年)に再建された本殿・幣殿・拝殿の三棟は、国の重要文化財です。夏の志那禰祭では、神輿を載せた船団が湾に出ます。縁結びの祈願でも親しまれ、水に溶けるおみくじを海へ流す風習もあります。

⇒ 鳴無神社のご利益・属性・見どころを詳しく見る

一言主大神ヒトコトヌシが祀られている全国の主な神社

ほかにも、次のような神社で祀られています。春日大社の一言主神社は境内社です。金剛山上の葛木神社では、役行者エンノギョウジャの忌日にあたる7月7日に例祭が行われ、一願成就が祈られます。

神社名住所
泉岡一言神社福井県三方上中郡若狭町
一言主神社(春日大社境内)奈良県奈良市
葛木神社奈良県御所市
一言主神社(橋本市)和歌山県橋本市
土佐神社高知県高知市

泉岡一言神社には、神が社殿を望まなかったという由緒があり、祠を設けずに祀られています。ここには、人に話さず一つの願いをする信仰が残っています。また、橋本市の一言主神社では、朝から参拝を終えるまで言葉を発しない「無言参り」が伝わります。

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