天五田根命は、父神とともに土地を開き、水を利用する暮らしの基礎を築いたと伝えられる神です。香川県の田村神社では讃岐の開拓に関わる神として祀られ、天村雲命の名でも知られています。父子の伝承と家族のつながり、豊穣を願う信仰、各地の神社を紹介します。
天五田根命は何の神様?
天五田根命は、讃岐の開拓と水利に力を尽くした神です。田村神社の伝承では、父の天隠山命と紀伊国から讃岐へ渡り、山や川をもとに国や郡の境界を定め、土地を開く基礎を整えたとされています。
水利とは、田畑や暮らしに必要な水を確保し、利用することです。雨の少ない讃岐では、川の水や地下から湧く水が農業を支えてきました。天五田根命は、土地と水を整えて人々の生活を支える神として、父神とともに敬われています。
新潟県の彌彦神社には、天五田根命が父とともに越の国の平定と開拓に尽くしたという別の伝承があります。讃岐と越で、それぞれの土地を開いた父子として信仰されてきた神です。古代の尾張氏などが祖先を伝える系譜にも、その名が現れます。
天五田根命の別名
天五田根命は「あめのいたねのみこと」と読みます。彌彦神社では「あめのいつたねのみこと」と読まれており、同じ表記でも地域によって読み方が異なります。
| 区分 | 別名・異表記 |
|---|---|
| 田村神社の祭神表記 | 天村雲命 |
| 『先代旧事本紀』の呼称 | 天村雲命、天五多底 |
『先代旧事本紀』の「天孫本紀」に登場する天村雲命は、天香語山命の子です。田村神社も天五田根命を天村雲命と同じ神として祀っています。
田村神社で用いられる田村大神は、天五田根命を含む五柱の神々をまとめて呼ぶ名前です。
天五田根命の御神格・ご利益・ご神徳
天五田根命は、開拓と水利を通して農業や人々の暮らしを支える神として敬われています。田村神社では、この神を含む五柱へ五穀豊穣や産業の繁栄を祈ります。
天五田根命の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 開拓の神、水利に関わる神 |
田村神社周辺には、香東川から地下へしみ込んだ水が流れています。人々は湧き水を得る場所や川の流れをせき止める設備を整え、生活用水や田畑の灌漑に利用してきました。父子が開拓と水利の基を築いたという伝承は、農耕に欠かせない水を大切にする土地の信仰と結びついています。
天五田根命のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 五穀豊穣、商工業の繁栄など。田村神社の五柱に寄せられる祈願 |
| ご神徳 | 開拓と水利の基礎を整え、人々が土地で暮らす営みを支える働き |
田村神社では、かつて領内で水害や干ばつが起きると、領主の奉行が祈願に訪れたと伝えられています。水が豊かに得られ、田畑が実ることは、地域の暮らしを守る願いでもありました。現在の春の祭りでも五穀豊穣と商工業の繁栄が祈られ、天五田根命は五柱の神々とともに崇敬されています。
天五田根命の家系図・関係する神々
田村神社で天五田根命の父とされる天隠山命は、高倉下命の別名を持つ神です。『先代旧事本紀』「天孫本紀」では、高倉下命を天香語山命とも呼び、その子・天村雲命の家族を次のように伝えています。
| 関係 | 神名・説明 |
|---|---|
| 父 | 天香語山命。高倉下命の名でも記される神 |
| 母 | 穂屋姫命。天香語山命との間に天村雲命をもうけます |
| 妻 | 阿俾良依姫 |
| 子 | 天忍人命、天忍男命、忍日女命。阿俾良依姫との間の二男一女 |
| 子 | 角屋姫。別名は葛木出石姫。天忍人命の異母妹として記されています |
角屋姫は、阿俾良依姫との間に生まれた二男一女とは母を異にし、その母の名は「天孫本紀」のこの箇所に記されていません。天忍人命と天忍男命の子孫についても記述が続き、尾張氏や津守氏などへつながる系譜が語られます。
彌彦神社では父神を天香山命、または伊夜日子大神と呼びます。その子から六代にわたる子孫を「六王子」として祀り、天五田根命を最初の代に位置づけています。
天五田根命の神話・伝承
田村神社には、天五田根命が父の天隠山命と紀伊国から讃岐へ渡り、土地と水の利用の基礎を整えたという伝承があります。山河を見きわめながら新しい土地へ向き合う、父子の物語です。
山と川の向こうへ
以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。
潮の匂いが、まだ衣に残っていた。紀伊から讃岐へ渡った天五田根命は、遠くに重なる山々を見つめる。一つの山の向こうにまた山があり、この土地の広さを思うと、知らず肩に力が入った。
隣に立つ父の天隠山命が、山の裾を流れる川へ目を移した。「まず、あの流れを見てゆこう」と声を掛けられ、天五田根命はうなずいた。父の歩みに続くと、少しだけ肩の力が抜けた。
近づくほどに水の音が大きくなり、足元の土が柔らかくなる。川を目で追い、山の尾根を見上げると、ひと続きに見えた土地にも切れ目があった。天五田根命は父と山河を確かめ、国や郡の境を定めていった。
けれど、境が決まれば仕事が終わるわけではない。ここで人が暮らしてゆくために、水をどう役立てるか。天五田根命は川辺にかがみ、流れへ手を浸した。
指先を抜けてゆく水は冷たい。その水を見つめていた天五田根命が顔を上げると、父は少し先で待っていた。「この水を、暮らしにつなげたい」と告げると、父は静かにうなずいた。天五田根命は大きく息を吐き、自分から岸を上がった。
父子は讃岐の開拓と水利の基を整えていった。山も川も、海を渡ってきたときと同じ場所にある。天五田根命は足元の土を踏みしめ、父と次に向かう土地を見つめていた。
天五田根命ゆかりの神社・祀られている神社
天五田根命の名は、讃岐の水の信仰と越の開拓伝承に残っています。また、天村雲命として父神や子孫の神々と一緒に祀る神社もあります。それぞれの土地で、開拓・農耕・祖神への信仰が受け継がれています。
田村神社(香川県高松市)
讃岐国一宮の田村神社は、天五田根命を本社に祀る神社です。ほかの祭神は倭迹迹日百襲姫命、五十狭芹彦命、猿田彦大神、天隠山命で、五柱を田村大神と呼びます。
社伝では709年に社殿が建てられたとされ、奥殿の床下にある淵を御神体としています。5月7・8日の春季例大祭では、拝殿に蚊帳を掛ける「御蚊帳垂神事」が行われます。農作物に害を与える虫を封じる意味があるとされ、秋の「御蚊帳撤神事」では蚊帳を外して実りに感謝します。
武呉神社(新潟県弥彦村・彌彦神社摂社)
武呉神社は彌彦神社の境内にあり、天五田根命を祀っています。「武呉」は「たけくれ」と読み、六王子の最初にあたる神を祀る摂社です。
同社の伝承では、天五田根命は父が熊野にいたときに生まれ、越の国の平定と開拓にともに力を尽くしました。社殿とは別に、彌彦神社本殿の西北にある武呉山、別名三笠山の頂に御神廟があります。六王子の摂社にはそれぞれ社殿と御神廟があり、子孫の神々を祀る信仰が受け継がれています。
水主神社(京都府城陽市)
水主神社は「みずしじんじゃ」と読み、木津川の東岸に鎮座します。天村雲命は、本社に祀られる十柱のうちの一柱です。神社では天香語山命の子と伝え、天忍男命をはじめとする同じ系譜の神々も祀っています。
この土地に住んだ水主氏の祖神を祀ったことに始まるとされ、古くから雨乞の信仰を集めてきました。現在の本殿は1798年の再建です。秋の例大祭は10月の第1日曜日、新しい穀物の収穫を感謝する新嘗祭は11月中旬の日曜日に行われます。
天五田根命が祀られている主な神社
高松市の成合神社にも、天五田根命が祀られています。天隠山命、猿田彦命とともに祭神となっています。
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 成合神社 | 香川県高松市 |
