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国常立尊(くにのとこたちのみこと)は何の神様?天地の始まり・ご利益・祀られる神社 | 神様図鑑

国常立尊クニノトコタチは、天地の始まりに現れ、国土の根源を表す神様です。『日本書紀』の本文では最初に生まれる神として登場し、国を守り、命を育む神として信仰されてきました。

古い神話に残る姿から、艮の金神ウシトラノコンジンという呼び名、龍神との関係、現在祀られている神社まで紹介します。

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目次

国常立尊クニノトコタチは何の神様?

国常立尊クニノトコタチは、国土が生まれる根本に関わる神で、大地や国の守り神として敬われています。山や川が整い、人々が暮らし始めるよりも前の、世界の出発点に登場する神です。

『日本書紀』の本文では、天地が分かれた後、葦の芽に似たものから最初の神として現れます。一方、『古事記』では、天之御中主神アメノミナカヌシなど五柱の神に続き、国之常立神クニノトコタチの名で登場します。同書は、国之常立神クニノトコタチを最初とし、国生みを行う伊邪那岐命イザナギ・伊邪那美命イザナミまでの神々を「神世七代カミヨナナヨ」と呼んでいます。

『古事記』の国之常立神クニノトコタチは、男女一組で現れる神とは異なる「独神ヒトリガミ」で、身を隠したと記されています。神世七代カミヨナナヨは、初めの独神ヒトリガミ二柱を一柱ずつ、その後の男女神十柱を二柱ずつ一代に数えた呼び名です。国之常立神クニノトコタチの性別は同書には明記されていませんが、『日本書紀』の本文では男神とされています。

十五世紀後半に吉田兼倶が説いた吉田神道では、国常立尊クニノトコタチは天地の根源、万物の根本に関わる存在として重んじられました。現在も国土を守る神として祀られ、木曽御嶽の山岳信仰では命を育む神として敬われています。

国常立尊クニノトコタチの別名・呼び名

国常立尊クニノトコタチの読みは「くにのとこたちのみこと」です。神社や信仰では「くにとこたちのみこと」とも読まれ、古典によって次のような表記が使われます。

区分 別名・異表記
『古事記』 国之常立神クニノトコタチ
『日本書紀』 国常立尊クニノトコタチ、国底立尊クニソコタチ
その他の表記 国常立神クニトコタチ

『古事記』の国之常立神クニノトコタチは「くにのとこたちのかみ」、国底立尊クニソコタチは「くにそこたちのみこと」と読みます。国底立尊クニソコタチは、『日本書紀』が本文とともに収める別伝「一書」に見える名前です。

木曽御嶽の信仰で使われる「御嶽大神オンタケオオカミ」は、国常立尊クニノトコタチ・大己貴命オオナムチ・少彦名命スクナヒコナの三柱をまとめて敬う呼び名です。

「艮の金神ウシトラノコンジン」という呼び名は、とくに近代の宗教である大本の信仰で知られています。艮は北東の方角を指し、「うしとら」と読みます。大本は、明治25年(1892年)、京都の綾部で出口なおに国常立尊クニノトコタチが艮の金神ウシトラノコンジンとして宿ったことを、教えの始まりとしています。大本の教えでは、地上を治めた神が退隠し、世の中を立て直すために再び働くと説かれています。

国常立尊クニノトコタチを龍神や饒速日命ニギハヤヒと結びつける見方は、現代の作品にも取り入れられています。たとえば、画家・草場一壽が2022年に制作した陶彩画は国常立尊クニノトコタチを金龍として描き、作品名や制作の説明で饒速日命ニギハヤヒとの同一視を取り上げています。『古事記』『日本書紀』の国常立尊クニノトコタチの誕生記事に龍の姿は描かれず、饒速日命ニギハヤヒは神武天皇ジンムテンノウの東征に関わる別の神として登場します。

国常立尊クニノトコタチをルシファーと結びつける説もインターネット上にありますが、『古事記』『日本書紀』にその同一視を示す記述はありません。これらは現代の解釈として語られるものです。

国常立尊クニノトコタチの御神格・ご利益・ご神徳

国常立尊クニノトコタチは、大地の根源と、その上に生きる命を支える神として敬われています。国土の安泰を願う信仰のほか、祀る神社によって方除けや厄除け、除災招福などが祈られています。

国常立尊クニノトコタチの御神格

項目 内容
御神格 国土の根源神、国土を守る神、万物の生命を養う神

神名には、国土にいつまでもとどまる神という解釈があります。また、「常」を土台を意味する「床」、「立」を現れることと捉え、大地や、神々と国土が生まれる根源の場の出現を表す名前とする説もあります。

木曽御嶽の信仰では、国常立尊クニノトコタチの働きは「造化育成」と表されます。万物の命を絶えず養い、生み育てる神として敬われています。

国常立尊クニノトコタチのご利益・ご神徳

項目 内容
ご利益 国土安泰、方除け・厄除け、除災招福
ご神徳 国と大地を守ること、万物の命を養い育てること

国土安泰の信仰を伝える一社が、京都の城南宮です。都と国を守るために国常立尊クニノトコタチを祀ったと伝え、方位による災厄を避ける「方除け」の祈りも受け継いでいます。平安時代には、周囲に造られた城南離宮の御殿が、悪い方角を避けて移動する「方違え」の宿所に使われました。上皇や貴族が方位の災厄を避けるために祈願し、現在も引越しや工事、旅行の安全、厄除けを願う人が参拝します。

埼玉の秩父御嶽神社では、国常立尊クニノトコタチを含む三柱の御嶽大神オンタケオオカミに、災いを除き福を招く「除災招福」を祈ります。方除けや厄除け、除災招福は、こうした神社で他の祭神とともに受け継がれてきた信仰です。

国常立尊クニノトコタチの家系図・関係する神々

『日本書紀』に収められた別伝の一つでは、国常立尊クニノトコタチが天鏡尊アマノカガミを生んだと記されています。国常立尊クニノトコタチから、国生みの神である伊弉諾尊イザナギへとつながる系譜を伝える話です。

関係 神名・説明
子 天鏡尊アマノカガミ。『日本書紀』神代上・第二段の一書第二で、国常立尊クニノトコタチが生んだ神とされます。

この別伝では、天鏡尊アマノカガミが天万尊アメノヨロズを生み、天万尊アメノヨロズが沫蕩尊アワナギを生み、沫蕩尊アワナギが伊弉諾尊イザナギを生みます。伊弉諾尊イザナギはこの系譜で国常立尊クニノトコタチの子孫に当たり、直接の子は天鏡尊アマノカガミです。国常立尊クニノトコタチ自身の父母や配偶神の名は、この話には記されていません。

『古事記』では、国之常立神クニノトコタチに続いて豊雲野神トヨクモノが現れ、二柱はそれぞれ独神ヒトリガミとされています。二柱の親子・兄弟関係は記されていません。また、天と国に対応する名前を持つ天之常立神アメノトコタチは、先に現れる「別天神コトアマツカミ」五柱の一柱です。国之常立神クニノトコタチとの夫婦・兄弟関係は伝えていません。

国常立尊クニノトコタチの神話・伝承

『日本書紀』の冒頭には、天地が分かれた世界に、葦の芽のようなものから国常立尊クニノトコタチが現れる話が記されています。この話は、続いて国狭槌尊クニノサツチ、豊斟渟尊トヨクムヌが生まれるところまでを描いています。

まだ名のない世界に、最初の神が立つ

以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。

上も下も、まだなかった。何もかもが重なり合い、その境目は見えない。世界は、まだ割れていない卵のようだった。

その混沌に、かすかな動きが走る。澄んで軽いものが薄く広がり、上へ上へと離れていった。残された重いものは、そこにとどまり、ゆっくりと集まっていく。

天ができた。地が形をとるには、さらに時がかかった。土は水面の魚のように浮かび、ゆらゆらと漂っていた。

その天地の間で、小さなものが震えた。葦の芽にも似た、細いひとすじ。伸びようとするその先で、何もかもに溶け合っていた感覚が、初めて「自分」と「外」に分かれた。

――ここに、いる。

まだ声にする相手もいない。けれど、もう周囲の揺らぎと同じものではなかった。自分という存在が定まる驚きのなかで、国常立尊クニノトコタチは生まれた。

広がった天と、下にある地。その隔たりの大きさに向き合っていると、ほどなく、ほかにも気配が生じた。国狭槌尊クニノサツチが、次に豊斟渟尊トヨクムヌが現れる。

ひとりきりだった世界に、三柱の男神がそろった。国常立尊クニノトコタチは、そこに自分以外の存在があることを静かに感じていた。名のなかった天地に、神々の名が刻まれた。

国常立尊クニノトコタチゆかりの神社・祀られている地域

国常立尊クニノトコタチは、熊野・大峰や木曽御嶽の山岳信仰、都を守る信仰、星を敬う妙見信仰など、さまざまな形で祀られています。奈良や長野に加え、神奈川をはじめとする関東、熊本などの九州にも参拝できる神社があります。

玉置神社|奈良県十津川村

奈良県十津川村の玉置神社は、標高1,076メートルの玉置山の山頂近くに鎮座しています。本社には国常立尊クニノトコタチをはじめ、国生みの二神など合わせて五柱の神を祀っています。

熊野から吉野へ続く修験の道にあり、山中で修行する人々が立ち寄る行場として栄えました。神と仏をともに敬った時代には「玉置三所権現」や「熊野三山の奥院」と呼ばれ、神仏分離を経て現在の玉置神社となりました。境内には巨木が残り、10月24日の例祭などを通して山の祭祀が続いています。

⇒ 玉置神社のご利益・属性・見どころを詳しく見る

御嶽神社・王滝口|長野県王滝村

長野県王滝村の御嶽神社は、木曽御嶽山を仰ぐ山岳信仰の神社です。国常立尊クニノトコタチ・大己貴命オオナムチ・少彦名命スクナヒコナを祀り、登山道の各所にも社や祠、行者や信者を祀る霊神場があります。

寛政4年(1792年)には、普寛行者が王滝口の登山道を開きました。信者の集まりである「講」が作られ、山へ登って祈る信仰は江戸を中心に関東へ広がっていきました。新滝や清滝では水行が続き、御嶽山を祈りと修行の場とする伝統が受け継がれています。

頂上奥社は平成26年(2014年)の噴火で被害を受け、令和2年(2020年)に再建されました。山麓の里宮と山上の奥社を持ち、山全体に信仰の場が広がっています。

⇒ 御嶽神社のご利益・属性・見どころを詳しく見る

八代神社(妙見宮)|熊本県八代市

九州では、熊本県八代市の八代神社が、国常立尊クニノトコタチを「国之常立神クニノトコタチ」の名で祀っています。「妙見宮」「妙見さん」とも呼ばれ、天之御中主神アメノミナカヌシとともに、北極星や北斗七星を敬う妙見信仰に結びついてきました。

社伝では、妙見神ミョウケンシンが亀蛇に乗って海を渡り、八代に上陸したといいます。山上の上宮、その麓の中宮に続き、文治2年(1186年)に現在の八代神社に当たる下宮が建てられました。明治4年(1871年)に妙見宮から八代神社へと改称しています。

八代妙見祭に登場する「亀蛇」は、亀と蛇が合わさった想像上の動物で、「ガメ」の愛称で親しまれています。大きな首を振りながら駆ける姿は、妙見神ミョウケンシンの渡来伝説を伝える祭礼の見どころです。

⇒八代神社公式サイトはこちら

国常立尊クニノトコタチが祀られている主な神社

神奈川県では、横浜御嶽神社と横浜熊野神社で祀られています。横浜御嶽神社は木曽御嶽から分霊を迎え、水行場や遥拝所を設け、神奈川や東京の人々の祈願の場となりました。埼玉の秩父御嶽神社、茨城の御岩神社も国常立尊クニノトコタチを祀る関東の神社です。

神社名 住所
横浜御嶽神社 神奈川県横浜市栄区
横浜熊野神社(鶴見市場) 神奈川県横浜市鶴見区
秩父御嶽神社 埼玉県飯能市
御岩神社 茨城県日立市
城南宮 京都府京都市伏見区

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