多岐都比売命は、海上の安全を守る宗像三女神の一柱です。宗像大社の中津宮や江島神社の辺津宮などに祀られ、航海や交通の安全を願う信仰を集めています。よく似た名の女神との違い、誓約で生まれた神話、ご利益と主な神社を紹介します。
多岐都比売命は何の神様?
多岐都比売命は、海を行き交う船や人々の道中を守る女神です。多紀理毘売命、市寸島比売命とともに宗像三女神に数えられ、三柱で海上交通の守護を担います。
神話では、天照大御神と須佐之男命が行う「誓約」という儀式で誕生します。須佐之男命が高天原を奪いに来たのではないかという疑いを晴らすための儀式です。『古事記』は、三女神を宗像の豪族である胸形君たちが祀る神々として紹介しています。
宗像は、九州から朝鮮半島へ向かう海路に位置しています。航海技術を持つ古代の宗像氏は海外との交流に携わり、沖ノ島で祭祀を行いました。7世紀後半までには、大島の御嶽山や本土の下高宮でも沖ノ島と共通する祭祀が営まれ、海で結ばれた三つの場所で神を祀る信仰が育ちました。
現在の宗像大社では、多岐都比売命を大島の中津宮に祀っています。三女神は「道主貴」とも呼ばれ、船の航路から日々の交通まで、道の安全を守る神として敬われています。
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多岐都比売命の別名・宗像三女神との関係
多岐都比売命は「たぎつひめのみこと」と読みます。「たきつひめのみこと」という読みも用いられ、古典の表記や神社での呼び名には次のような違いがあります。
| 区分 | 別名・異表記 |
|---|---|
| 『古事記』の表記と字体の違い | 多岐都比売命、多岐都比賣命、田寸津比売命、田寸津比賣命 |
| 『日本書紀』の表記 | 湍津姫、湍津姫命 |
| 神社などで用いられる表記 | 湍津姫神、多岐津姫命、多岐津毘売命、多岐津毘賣命 |
「多岐津姫命」も同じ女神を指す名前です。「湍」は水の流れが速い瀬を表す字で、神名の由来を海の早瀬や激しい潮流に求める説があります。
似た名前の多紀理比売命は、多紀理毘売命とも書かれる別の女神です。田心姫神の名でも祀られ、現在の宗像大社では沖津宮の祭神に当たります。多岐都比売命、市寸島比売命と合わせた三柱の総称が「宗像三女神」です。
「宗像大神」や「道主貴」も、三女神をまとめて呼ぶときに使われます。『日本書紀』の神代上・第六段の第三の一書には、三女神が海北の道中にいて、道主貴と呼ばれると記されています。
多岐都比売命の御神格・ご利益・ご神徳
多岐都比売命への祈りの中心は、海上安全と交通安全です。宗像三女神としての信仰を土台に、漁業や農業の恵み、地域の水難除けなどにも結びついています。
多岐都比売命の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 海上交通の守護神、道の守護神、水に関わる女神 |
三女神が道を守る役割は、『日本書紀』の神代上・第六段の第一の一書にも描かれています。三女神は筑紫の道中に降り、天照大神の子孫である天孫を助け、天孫から祭りを受けるよう命じられます。
中津宮では、沖ノ島へ渡る人々が船旅の無事を祈りました。黒田藩士で学者の青柳種信は、1794年に沖ノ島の見張り番へ向かう際、中津宮で航海の安全を祈ったと『瀛津島防人日記』に記しています。追い風がない日や波の高い日には出発できず、大島で航海に適した風と波を待ってから船出しました。
水の神としての信仰は、川沿いの暮らしにも見られます。埼玉県川口市の前川神社は、多岐都比売命を含む三女神を祀る神社です。由緒では、古代の入間川の自然堤防上に水難を防ぐために祀られ、低地に暮らす人々を洪水から守ってきたといいます。
多岐都比売命のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 海上安全、交通安全、豊漁、五穀豊穣、水難除け・厄災除け(前川神社の信仰) |
| ご神徳 | 海や道を行き交う人々を守る、漁業や農耕の暮らしを支える、水の災いを防ぐ |
海上安全は、船で旅をする人や漁に出る人の無事を願う祈りです。宗像三女神への信仰は日々の交通安全にも広がり、宗像大社や阿智神社では、海でも陸でも道中の安全が祈られています。
豊漁と五穀豊穣は、大島の暮らしに根ざした願いです。中津宮では春の大祭に漁民や農民らが集まって豊かな収穫を願い、秋の大祭では漁と農作物の実りに感謝します。
前川神社では、洪水をせき止める神の働きが、厄災や障害を「塞ぐ」というご神徳に結びついています。三女神を「塞神」と称え、水難除けに加えて厄災除けや心願成就を祈ります。
多岐都比売命の家系図・関係する神々
『古事記』では、多岐都比売命は須佐之男命の子です。多紀理毘売命と市寸島比売命も同じ父を持つ女神で、三柱は姉妹に当たります。
| 関係 | 神名・説明 |
|---|---|
| 父(親神) | 須佐之男命。誓約で用いた剣の持ち主であり、三女神の親と定められます。 |
| 姉妹 | 多紀理毘売命、市寸島比売命。『古事記』で、ともに須佐之男命の子とされる女神です。 |
三女神を生むのは、須佐之男命の剣を受け取った天照大御神です。剣をかみ砕き、吐き出した息の霧から三柱が現れます。天照大御神は、生まれるもとになった剣が須佐之男命の持ち物であることから、三女神を弟の子と定めます。
宗像大社では、三女神を天照大神の御子神として祀っています。『日本書紀』には本文のほかに「一書」と呼ばれる別伝があり、誕生の描かれ方も一つではありません。本文では天照大神が須佐之男命の剣から三女神を生み、剣の持ち主の子としますが、第一・第三の一書では天照大神自身の剣から生まれます。第二の一書は、天照大神が須佐之男命と交換した玉から三女神を生む話です。
『古事記』には、多岐都比売命の配偶神や子についての記述はありません。大国主神の妻として登場するのは、姉妹の多紀理毘売命です。
多岐都比売命の神話・伝承
多岐都比売命が生まれるのは、天照大御神が弟の心を疑い、須佐之男命が潔白を示そうとした誓約の場面です。『古事記』では、剣から現れた三女神が、宗像で祀られる神として語られます。
剣の霧から現れた三女神
以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。
天照大御神の指が、弓を強く握っていた。山も川も鳴り響き、土まで震えるほどの勢いで弟が近づいてくる。高天原を奪うつもりなのか。その疑いを振り払えないまま、彼女は矢を背負って待ち構えた。
「何のために、ここへ来た」
須佐之男命は、姉の武装した姿の前で足を止めた。母の国へ行きたいと泣き続け、父に追われたことを話し、姉に事情を伝えに来ただけだと言葉を重ねる。それでも弓を握る手は緩まず、言い終えたあとに沈黙が残った。
「その心が清いと、どうすれば分かる」
須佐之男命は姉の目を見返し、子を生む誓約を持ちかけた。二柱は天安河を間にして向き合い、天照大御神は弟の腰にある十拳剣を求めた。渡された剣の重さを受け止めると、冷たい刃へ静かに目を落とした。
天照大御神が剣を三つに折ると、鋭い音が水辺に響いた。その破片を天之真名井の水ですすぎ、口へ運んでかみ砕く。やがて顎の動きが止まり、吐き出された息が白い霧となって、二柱の間に広がった。
霧の中に、最初の女神が立っていた。多紀理毘売命に続き、市寸島比売命が姿を現す。その向こうで輪郭を結んだ三柱目の女神が、多岐都比売命だった。
多岐都比売命は、指先をゆっくりと開いた。頬に風が触れ、足もとには川の音がする。何もかもが初めてで、そばに立つ二柱の女神へ目を向けたが、川の両岸から注がれる厳しい視線に気づくと、思わず指を握り込んだ。
今度は須佐之男命が、天照大御神の髪や腕を飾る玉を受け取った。玉の触れ合う澄んだ音が水辺に響き、すすがれた玉は、剣と同じようにかみ砕かれる。吐き出された息の霧から、五柱の男神が生まれた。
天照大御神は、現れた神々を見渡した。五柱の男神が生まれた玉は自分のもの、三柱の女神が生まれた剣は弟のものだ。張りつめた場に、彼女の声が通った。「五柱の男神は私の子。三柱の女神は、あなたの子だ」
多岐都比売命は、その言葉を聞いて須佐之男命を見た。この神が、自分の父なのだ。握っていた指をほどき、薄れていく霧の向こうに、その顔をもう一度見つめた。
三女神は、宗像の地に鎮まった。多紀理毘売命は沖津宮、市寸島比売命は中津宮、多岐都比売命は辺津宮へ。海を隔てたそれぞれの宮で、胸形君たちの祈りを受ける神となった。
『古事記』で多岐都比売命が鎮まるのは辺津宮です。現在の宗像大社では、多岐都比売命に当たる湍津姫神を中津宮に、市寸島比売命に当たる市杵島姫神を辺津宮に祀っています。
多岐都比売命ゆかりの神社・祀られている神社
多岐都比売命は、宗像を中心に、瀬戸内海沿岸や江の島などでも祀られています。三女神を別々の宮に祀る神社も、一つの社殿に合わせて祀る神社もあり、それぞれの土地に海上安全や水の神への信仰が受け継がれています。
宗像大社 中津宮|福岡県宗像市
大島に鎮座する宗像大社の中津宮は、湍津姫神を祭神とする神社です。沖ノ島の沖津宮、本土の辺津宮と合わせて宗像大社を成しています。
中津宮の起源には、大島の御嶽山山頂で営まれた古代祭祀があります。現在は山麓に本殿があり、山頂の御嶽神社には湍津姫神の荒魂が祀られています。荒魂は、神の猛々しく、積極的に働きかける力を表す呼び名です。
10月1日の「みあれ祭」では、沖津宮と中津宮の神を辺津宮へ迎える海上神幸が行われます。これに先立つ神迎えの神事では、大島の人々が沖ノ島へ向かい、沖津宮の神霊を中津宮に迎えます。みあれ祭の日には、神を乗せた御座船に各浦の船が供をして、本土へ渡ります。
江島神社 辺津宮|神奈川県藤沢市
江の島にある江島神社では、辺津宮に田寸津比賣命が祀られています。奥津宮には多紀理毘売命、中津宮には市寸島比売命が鎮座し、三宮を合わせて江島神社と呼びます。
辺津宮は、1206年に鎌倉幕府の将軍・源実朝が創建したと伝えられます。かつては「下之宮」と呼ばれ、現在も島の入口に近い位置にあります。宗像大社での中津宮と、江島神社での辺津宮では、同じ女神を祀る宮の名が異なります。
江の島の三女神は、海運・漁業・交通を守る神として信仰されてきました。弁財天信仰との結びつきによって、財宝や技芸上達を願う信仰も広まり、現在も「江島弁天」の名で親しまれています。
嚴島神社|広島県廿日市市
宮島の嚴島神社は、湍津姫命、田心姫命、市杵島姫命を御本社に祀る神社です。三女神は海上の守護神であるとともに、皇室の安泰や国家の守護を担う神として敬われてきました。
社伝では、島を治めた佐伯鞍職が神の導きを受け、潮の満ち引きする場所に593年に社殿を建てたと伝えます。1168年には平清盛が寝殿造の様式を取り入れて修造しました。潮の満ち引きに合わせて、海上に浮かぶような社殿の姿が現れます。
旧暦6月17日の管絃祭は、神々を慰めるための神事です。神を乗せた御座船で音楽を奏でながら海を渡り、宮島と対岸の神社を巡ります。
多岐都比売命が祀られている主な神社
代表的な三社のほか、次の神社でも祀られています。三女神を祀る阿智神社や前川神社、五男三女神を祀る上神社など、祭神の組み合わせにも各地の特徴があります。
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 阿智神社 | 岡山県倉敷市 |
| 前川神社 | 埼玉県川口市 |
| 石清水八幡宮 | 京都府八幡市 |
| 上神社 | 島根県雲南市 |
石清水八幡宮では、多岐津毘賣命を含む三女神を「比咩大神」として祀っています。阿智神社は、かつて海に面し、その後は物資輸送の集散地となった倉敷の鎮守で、交通や交易を守る三女神への信仰を伝えています。
