天児屋根命は、神に祈りを伝える祝詞と祭祀の神です。天岩戸の神話で祝詞を唱えた神として知られ、中臣氏・藤原氏の祖神としても祀られてきました。読み方や別名、家族の神々、岩戸開きの物語から、枚岡神社や春日大社に受け継がれる信仰まで紹介します。
天児屋根命は何の神様?
天児屋根命は、祝詞を奏上し、神々を祀る儀式を担う神です。祝詞とは、神に感謝や願いを申し上げる言葉のこと。古代の朝廷で祭祀に携わった中臣氏が、祖先として敬った神でもあります。
神話では、天照大御神が岩戸に隠れた際に祝詞を唱え、天上から地上へ降る邇邇芸命にも付き従います。『日本書紀』の天孫降臨の一書では、神事をつかさどる根本の神とされます。天照大御神の神鏡を守る役も伝えられ、宮廷の祭祀によって天皇を助ける神として敬われました。
天児屋根命の信仰は、中臣氏や、その一族から出た藤原氏の氏神信仰と結びついて広がりました。現在も春日系の神社などで祀られ、知恵や学問、夫婦の和合が願われています。
天児屋根命は男神として信仰され、春日大社や吉田神社では比売神を妻神とする夫婦神の関係が伝えられています。
天児屋根命の別名・読み方
天児屋根命の読み方は「あめのこやねのみこと」です。「あまのこやねのみこと」と読む辞書や神社の案内もあります。「根」の字がない『古事記』の天児屋命も「あめのこやねのみこと」と読まれますが、同書の「屋」を「や」と読む用例から、「あめのこやのみこと」と読む説もあります。
| 区分 | 別名・異表記 |
|---|---|
| 『古事記』『日本書紀』の表記 | 天児屋命、天兒屋命 |
| 祝詞や氏族の記録などに見える表記 | 天児屋根命、天兒屋根命、天之子八根命 |
| 敬称の異なる表記 | 天兒屋根大神 |
「兒」は「児」の旧字体です。「根」を含む天児屋根命の表記は中臣寿詞や『藤氏家伝』に、天之子八根命は春日祭の祝詞に見えます。吉田神社や大原野神社でも、天之子八根命の名で祀られています。
神名の「天」は、天上の世界との関わりを示す言葉と考えられています。「児屋」の由来には、祭祀を行う小屋に結びつける説や、美しく整えた言葉を意味する「言綾根」に結びつける説があります。祝詞や祭りとの関係から説明されることが多いものの、語源は一つに定まっていません。
天児屋根命の御神格・ご利益・ご神徳
天児屋根命は、祝詞や祭祀を担う神として敬われています。知恵や学問の守り、妻神とともに授ける良縁・夫婦和合など、祀る神社によってさまざまな願いが寄せられます。
天児屋根命の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 祝詞・祭祀の神、中臣氏・藤原氏の祖神、知恵・学問の神 |
祭祀の神としての働きには、神意を占うことも含まれます。『古事記』の岩戸開きでは、天児屋命は布刀玉命とともに、鹿の肩の骨を用いた占いに参加します。鏡や玉、布を付けた榊を捧げる場面もあり、祝詞とともに祭りを整える働きが描かれています。
鹿の肩の骨を焼いて神意を占う習慣は弥生時代中期までさかのぼり、鏡・玉・布を用いる組合せは5世紀の祭祀遺跡からうかがえる祭りの形と共通します。岩戸開きの神話には、古くから行われてきた祭りの道具や方法が織り込まれていると考えられています。
天児屋根命のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 学問の守り、良縁、夫婦和合、国家・国民の安泰を願う信仰 |
| ご神徳 | 学問の守護、妻神とともに縁を結び夫婦を守る働き、祭祀を通じた守護 |
吉田神社では、天之子八根命を思慮深い学問の神として祀っています。良縁・夫婦和合のご神徳は、妻神の比売神とともに縁を授ける夫婦神の信仰に結びついています。
春日大社では、天児屋根命を含む四柱の神々に、国家・国民の平和と繁栄を祈っています。
天児屋根命の家系図・関係する神々
天児屋根命の親神は『日本書紀』の天岩戸をめぐる一書に、妻神と子神は春日大社などで受け継がれる伝承に見えます。春日大社では、夫婦二神の本殿に加え、御子神を祀る若宮にも信仰が寄せられています。
| 関係 | 神名・説明 |
|---|---|
| 親神 | 興台産霊。『日本書紀』神代上・第七段の一書第三で、天児屋命をその子とする |
| 妻(配偶神) | 比売神。春日大社・吉田神社で伝えられる妻神 |
| 子 | 天押雲根命。春日大社で、天児屋根命と比売神の御子神として祀られる |
親神を伝える『日本書紀』のこの一書には、母神や兄弟姉妹の詳しい系譜は記されていません。
春日大社では、天押雲根命は1003年に姿を現し、水の恵みをもたらす神として敬われてきたと伝えられます。長雨や洪水による飢饉が続くなかで御子神の加護が願われ、1135年に現在の地に若宮の社殿が造営されました。翌年に始まった春日若宮おん祭では、五穀豊穣や人々の安楽が祈られます。
神話でともに働く布刀玉命は、忌部氏の祖神です。岩戸開きで天児屋命が祝詞を唱え、布刀玉命が供え物を捧げ持つ役割は、朝廷の祭りを担った両氏族の仕事と重なります。8世紀以後の祭祀を定めた神祇令でも、中臣氏は祝詞、忌部氏は神器や幣帛と呼ばれる供え物を担当しました。
天児屋根命の神話・伝承
天岩戸の神話では、天児屋根命が神々と力を合わせ、岩戸に隠れた天照大御神を迎え出します。祝詞を唱えることに加え、布刀玉命とともに鏡を差し出す役も担います。ここでは『古事記』の「天の石屋」の物語を紹介します。
闇の向こうへ、祈りの声を届ける
以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。
天児屋根命は、火に照らされた鹿の肩の骨を見つめていた。顔を上げても、空は暗いままだ。天照大御神が岩戸に隠れてから、天にも地にも朝が来ない。
須佐之男命の乱暴を恐れ、太陽の神は戸を閉ざしてしまった。あちこちで災いが起こり、集まった神々の声には焦りがにじむ。天児屋根命も、いつ終わるとも知れない闇を思うと、胸の奥が落ち着かなかった。
神々は思金神の考えに従い、鏡や玉を用意していた。天児屋根命は布刀玉命とともに、天の香山の雄鹿の肩の骨とははかの木を用いて占いを行う。目の前の骨を確かめ、支度を一つずつ進めるうちに、周囲のざわめきよりも、自分の担う務めがはっきりしてきた。
根ごと掘り起こした榊の上の枝には玉が、中ほどの枝には鏡が掛けられた。下の枝からは、白い幣と青い幣が垂れている。布刀玉命がそれを捧げ持つと、天児屋根命も岩戸に向き直った。
いよいよ、自分の番だ。閉じた戸の向こうへ声を届けようとしたとたん、喉が硬くなった。天児屋根命は息を深く吸い、ゆっくりと最初の言葉を送り出した。
祝詞の声が、岩戸へ向かって流れていく。一言ずつ息をつなぐうち、こわばっていた喉がほどけ、声が落ち着きを取り戻した。見えなくても、あの向こうにいらっしゃる。そのことを心に置き、天児屋根命は祈りを奏上した。
戸の脇には、天手力男神が身を潜めていた。その前で、天宇受売命が伏せた桶を踏み鳴らす。日影蔓の襷を掛け、髪に蔓を飾った姿が揺れるたび、手にした笹の葉も激しく鳴った。
天宇受売命は神がかりし、胸をあらわにし、裳の紐を女陰のところまで押し下げた。神々の間から笑いが湧き、一つの声に次の声が重なって、高天原を震わせるほどの大きな響きになった。天児屋根命は、その中で岩戸の一点を見つめていた。
岩が動いた。細く開いた隙間の奥から、天照大御神の声がする。「私が隠れて、外は暗いはずなのに。なぜ皆、笑っているのだ」
「あなたよりも尊い神がいらっしゃる。だから皆、喜んでいるのだ」天宇受売命が答える間に、天児屋根命と布刀玉命は鏡を差し出した。鏡を支える腕に力がこもり、天児屋根命は思わず息を止めた。
天照大御神が、戸の奥からのぞき込む。さらに、もう少し。鏡へ近づくその動きに合わせ、天児屋根命の視線も引き寄せられた。
身を乗り出した天照大御神の手を、脇に隠れていた天手力男神がつかんだ。そのまま岩戸の外へ引き出すと、布刀玉命がすかさず後ろに縄を引き渡す。「ここから内へは、もうお戻りになれません」
光が広がり、隣に立つ神の顔がはっきりと見えた。天児屋根命は、止めていた息を吐き、今度は胸いっぱいに吸い込んだ。見上げた空も、遥かな地上も、明るさを取り戻していた。
天孫降臨に付き従う五伴緒の一柱
『古事記』の天孫降臨では、天児屋命は布刀玉命、天宇受売命、伊斯許理度売命、玉祖命とともに、邇邇芸命に付き従います。この五柱は「五伴緒(いつとものお)」と呼ばれます。
「伴緒」は、さまざまな仕事に携わる集団を率いる長を意味します。祝詞、供え物、舞、鏡、玉に関わる神々は、朝廷の祭祀に仕えた氏族の祖神でもあり、岩戸開きに続いて地上へ向かう天孫を支えます。
天児屋根命ゆかりの神社・祀られている神社
天児屋根命は、大阪の枚岡神社や奈良の春日大社をはじめ、中臣氏・藤原氏にゆかりのある神社で祀られてきました。春日大社から神々を迎えた神社も各地にあり、京都から九州まで信仰が広がっています。
枚岡神社(大阪府東大阪市)
枚岡神社は、天児屋根命・比売御神など四柱を祀る河内国一之宮です。神武東征の際、生駒山の神津嶽に二神を祀ったことが起源と伝えられ、現在の社殿はその麓にあります。
天児屋根命と比売御神の二神が、768年に春日大社へ分霊された由緒から、「元春日」と呼ばれています。778年には、春日大社から武甕槌命と經津主命を迎え、四柱を祀る形になりました。859年には、天児屋根命に神階の最高位である正一位が贈られました。
年末には、注連縄を掛け替える「お笑い神事」が行われます。天岩戸が神々の笑いによって開かれた故事にちなみ、参拝者も声を合わせて笑い、新しい年の幸福を願います。宮司の笑い声に続いて参拝者も笑い、その後も大勢で笑い続ける神事です。
春日大社(奈良県奈良市)
春日大社では、四棟の御本殿のうち第三殿に天児屋根命を、第四殿に比売神を祀ります。768年に御本殿が整えられ、藤原氏の氏神として皇室や貴族の崇敬を集めてきました。
第一殿の武甕槌命、第二殿の経津主命とともに、四柱の神々へ国と人々の安泰を祈ります。3月13日の春日祭には、現在も天皇の使いである勅使が参向し、御祭文を奏上します。
現在は全国およそ3000社の春日神社の総本社として、広く信仰を集めています。
吉田神社(京都府京都市左京区)
吉田神社では、本宮第三殿に天之子八根命を祀ります。859年に藤原山蔭が都の鎮守神を迎えて創建し、鎮座する吉田山は古くから「神楽岡」と呼ばれてきました。中世には神職の吉田兼倶が吉田神道を大成させ、神道の教えを広める拠点となりました。
第三殿の天之子八根命と第四殿の比売神は、夫婦神として祀られています。創建に由来する4月18日の例祭では、春日南都楽所が倭舞を奉納します。神前には、特別に調理された供え物である御棚神饌も供えられます。
天児屋根命が祀られている主な神社
春日系の神社のほか、神名を社名にした児屋根神社でも祀られています。以下は、上で紹介した三社以外の主な神社です。
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 大原野神社 | 京都府京都市西京区 |
| 春日神社(春日市) | 福岡県春日市 |
| 春日神社(延岡市) | 宮崎県延岡市 |
| 児屋根神社 | 山梨県上野原市 |
