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天穂日命(あめのほひのみこと)は何の神様?出雲の祖神と国譲り・ご利益・神社 | 神様図鑑

天穂日命アメノホヒは、出雲の神祭りを受け継ぐ出雲国造の祖神として知られる神様です。天照大御神アマテラスの子として生まれ、国譲りの使者となり、大国主神オオクニヌシの祭祀と深く結びつきました。出雲大社との関係やご利益、六甲山に残る磐座まで、その神話と信仰を紹介します。

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目次

天穂日命アメノホヒは何の神様?

天穂日命アメノホヒは、大国主神オオクニヌシを祀る役目を担い、出雲国造の祖神として敬われてきた男神です。出雲国造(いずもこくそう)は、古代の出雲で統治や祭祀を担った家です。その神祭りの伝統は、出雲大社の宮司家などへ受け継がれています。

神話では、天照大御神アマテラスと須佐之男命スサノオが心の正しさを確かめる「誓約(うけい)」を行った際に生まれた五柱の男神の一柱です。天照大御神アマテラスの第二子とされ、天上の神々から地上へ遣わされる使者にも選ばれました。

使者としての姿は、伝承によって異なります。『古事記』では大国主神オオクニヌシに取り入って報告をしなかった神、『出雲国造神賀詞(いずもこくそうかんよごと)』では地上を視察し、国の平定に働いた神として語られます。

出雲国造が朝廷で述べた『出雲国造神賀詞』は、祖神の働きを語り、天皇の治世や長寿を祝う言葉です。朝廷で読み上げたことは716年の記録にも見え、天穂日命アメノホヒの神話は、神を祀る家の由来を伝える儀礼にも受け継がれました。現在は出雲の祖神信仰に加え、各地の神社で縁結びや暮らし・産業の繁栄を祈られています。

天穂日命アメノホヒの別名

天穂日命アメノホヒは「あめのほひのみこと」と読みます。『古事記』と『日本書紀』では文字の表し方が異なり、祝詞にも別の表記が残っています。

区分別名・異表記
『古事記』天之菩卑能命アメノホヒ、天菩比命アメノホヒ、天菩比神アメノホヒ
『日本書紀』天穂日命アメノホヒ
『出雲国造神賀詞』天穂比命アメノホヒ

名前の「ほ」は稲穂、「ひ」は神霊の「霊」や太陽の「日」を表すとする説があります。このため、稲の実りや太陽に関わる神としても解釈されています。

天穂日命アメノホヒの御神格・ご利益・ご神徳

天穂日命アメノホヒは一族の祖神として敬われ、各地の神社では縁結びや暮らし・仕事の繁栄も祈られています。ご利益の伝え方には地域差があり、ここでは芦屋神社と星原神社に伝わる信仰を紹介します。

天穂日命アメノホヒの御神格

項目内容
御神格出雲国造の祖神、大国主神オオクニヌシの祭祀を担う神、稲穂や太陽に関わる神とする解釈

祖神とは、一族が自分たちの祖先として祀る神のことです。天穂日命アメノホヒの場合、大国主神オオクニヌシに仕える役目が、代々神祭りを行う出雲国造の由来と結びついています。『日本書紀』の別伝では、高皇産霊尊タカミムスビが、大国主神オオクニヌシの別名である大己貴神オオナムチを祀る役に天穂日命アメノホヒを指名しています。

また、『日本書紀』には土師連の祖神としても名が挙がります。土師氏は土器や埴輪の製作、葬送の仕事と関わった氏族で、天穂日命アメノホヒを祖先に仰ぐ人々には、こうした技術や祭祀を担う集団もいました。

天穂日命アメノホヒのご利益・ご神徳

項目内容
ご利益縁結び、産業繁栄、諸難抜除〈芦屋神社〉、家内繁栄、商家繁栄〈星原神社〉
ご神徳人と人の縁を結び、暮らしや仕事の繁栄を支え、さまざまな困難を取り除く守護

芦屋神社は、天穂日命アメノホヒが国譲りの交渉を結び、大国主神オオクニヌシを祀る祭主となったという由緒とともに、これらのご神徳を伝えています。「諸難抜除」は、さまざまな難儀を取り除くことを意味します。

島根県雲南市の星原神社は、天穂日命アメノホヒを主祭神とし、家内繁栄・商家繁栄のご神徳を伝えています。

天穂日命アメノホヒの家系図・関係する神々

『古事記』では、天穂日命アメノホヒは天照大御神アマテラスの子です。誓約で生まれた五男神がともに天照大御神アマテラスの子とされるため、ほかの四柱は兄弟神にあたります。

関係神名・説明
母神天照大御神アマテラス。誓約で生まれた五男神を自分の子としました。
兄天之忍穂耳命アメノオシホミミ。五男神のうち最初に生まれた神です。
弟天津日子根命アマツヒコネ、活津日子根命イクツヒコネ、熊野久須毘命クマノクスビ。ともに天照大御神アマテラスの子とされる三柱です。
子〈『古事記』〉建比良鳥命タケヒラトリ。出雲国造など七つの氏族の祖神とされます。
子〈出雲大社の伝承〉稲背脛命イナセハギ。出雲大社の境外社・大穴持伊那西波岐神社に祀られています。

誓約では、須佐之男命スサノオが天照大御神アマテラスの右のみづらに巻かれた珠を受け取り、かんで息を吹き出すと、その霧から天穂日命アメノホヒが生まれました。みづらは、髪を左右に分けて結った髪形です。生み出す行為をしたのは須佐之男命スサノオですが、もとになった珠が天照大御神アマテラスの持ち物だったため、天照大御神アマテラスの子とされます。

子の建比良鳥命タケヒラトリを通して、出雲・武蔵などの国造へつながる系譜が『古事記』に記されています。一方、『日本書紀』の誓約の本文は、天穂日命アメノホヒ自身を出雲臣・土師連などの祖とします。これらの氏族は、天穂日命アメノホヒや建比良鳥命タケヒラトリを一族の遠い祖先として仰いでいました。

出雲大社の伝承で子とされる稲背脛命イナセハギは、国譲りの際、大国主神オオクニヌシの命を受けて事代主神コトシロヌシのもとへ使いに立った神です。使者として向かった先は、出雲の美保関と伝えられます。

瀬織津姫セオリツヒメとの関係では、六甲山の磐座を調査した平津豊の報告が、『ホツマツタヱ』の解釈にもとづく養育説を紹介しています。天穂日命アメノホヒが瀬織津姫セオリツヒメに育てられたという、磐座をめぐる現代の説明です。『古事記』では母神は天照大御神アマテラスとされ、妻の名は記されていません。

天穂日命アメノホヒの神話・伝承

『古事記』には、地上の国を平定する最初の使者となった天穂日命アメノホヒが、大国主神オオクニヌシに取り入り、三年たっても天上へ報告しなかった話があります。

帰らない使者、三年の沈黙

以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。

川の音が、神々の沈黙を埋めていた。天の安の河のほとりに集まった者たちは、互いの顔を見ながら口を閉じている。天之忍穂耳命アメノオシホミミが戻り、天の浮橋から見た地上の騒がしさを告げたばかりだった。

「誰を遣わすのがよいだろう」

天照大御神アマテラスと高御産巣日神タカミムスヒの問いに、思金神オモイカネはすぐには答えなかった。地上には荒ぶる神々がいる。神々の間を渡る風に衣の裾が鳴り、返事を待つ時間が引き延ばされた。

思金神オモイカネと神々の相談がまとまり、一つの名が告げられた。天穂日命アメノホヒ。その名を聞いた彼は顔を上げ、いくつもの視線を正面から受け止めた。

自分が、行くのか。胸の奥に走った緊張を押さえ、天穂日命アメノホヒは息を整えた。集まった神々を振り返り、彼は地上へ向かった。

地上へ降りた天穂日命アメノホヒは、大国主神オオクニヌシのもとにいた。相手の顔色をうかがい、そのそばに控える。天上の使者は、大国主神オオクニヌシに取り入るようになっていた。

日は傾き、暗くなれば、また朝が来た。天穂日命アメノホヒは大国主神オオクニヌシのもとにとどまり、高天原へ戻らない。待ち受ける神々へ、報告が届くこともなかった。

待つ側にとって、初めの沈黙は、まだ望みを残していた。もう少しすれば知らせが来る。けれど、同じ空を見上げるうちに、その思いは重く、言葉にしづらいものへ変わっていった。

一年が過ぎ、二年が過ぎた。三年たっても、使者からの報告はなかった。神々が彼の名を呼んだあの河原には、返事の代わりに、変わらぬ水の音だけが残っていた。

⇒【國學院大學】『古事記』葦原中国平定①はこちら

『出雲国造神賀詞』は、天穂日命アメノホヒが地上を見て回り、その様子を天上へ報告したと語ります。さらに、子の天夷鳥命アメヒナトリに布都怒志命フツヌシを添えて派遣し、荒ぶる神々を平らげ、大国主神オオクニヌシを鎮めたとしています。使者の働きを伝えるこの祝詞では、天穂日命アメノホヒは使命を果たした祖神として語り継がれています。

天穂日命アメノホヒゆかりの神社・祀られている神社

天穂日命アメノホヒは、出雲国造ゆかりの社をはじめ、関東や近畿などでも祀られています。出雲では祖神の祭祀、鷲宮では土師氏をめぐる伝承、芦屋では六甲山への信仰と結びついています。

出雲大社の氏社(北)〈島根県出雲市〉

出雲大社で天穂日命アメノホヒを祀るのは、境内の「氏社(北)」です。出雲大社本殿の御祭神は大国主大神オオクニヌシで、氏社(北)には、その祭祀に仕える出雲国造家の祖神が鎮まっています。

出雲大社の由緒は、国譲りの後、天照大御神アマテラスが天穂日命アメノホヒに大国主大神オオクニヌシへの奉仕を命じたと伝えます。祖神を祀る氏社では、平成の大遷宮に伴う修造を経て、2014年5月7日に本殿遷座祭が行われました。隣の氏社(南)は、出雲国造の系譜で十七代目にあたる宮向宿禰ミヤムキノスクネを祀ります。

出雲国造の流れを伝える家には千家家と北島家があり、天穂日命アメノホヒは両家が仰ぐ祖神です。北島家の北島國造館にも天穂日命社が置かれています。

⇒出雲大社公式サイトはこちら

鷲宮神社〈埼玉県久喜市〉

鷲宮神社の本殿には天穂日命アメノホヒと、その子の武夷鳥命タケヒナトリが祀られ、本殿に並ぶ神崎社には大己貴命オオナムチが祀られています。太田荘の総鎮守として信仰を集め、「お酉様の本社」としても知られる神社です。

土器づくりに携わった土師部の人々が創建し、「土師宮」が「鷲宮」に変わったという伝承があります。祭祀には、国の重要無形民俗文化財である鷲宮催馬楽神楽が受け継がれています。1726年までに大宮司の大内國久が十二座へ再編した形が現在の神楽につながり、面を着けた舞人の舞や、複数の舞人が対称の位置で舞う動きが特徴です。

⇒ 鷲宮神社のご利益・属性・見どころを詳しく見る

芦屋神社と六甲山の磐座〈兵庫県芦屋市〉

芦屋神社は、天穂日命アメノホヒをはじめとする神々を本殿に祀る、芦屋の総鎮守です。明治時代には芦屋村内の神社が合祀されました。境内には横穴式石室をもつ古墳も残っています。

ゆかりの霊跡が、六甲山上にある「天穂日命アメノホヒの磐座」です。神戸市灘区六甲山町にあるこの岩は、天穂日命アメノホヒが天から降りた場所と伝えられています。芦屋神社の由緒では、六甲山を聖地として仰いだ人々が、山を遠くから拝む里宮を芦屋の地に建てたと考えられています。

社殿のある芦屋神社と、山上の磐座は別の場所にあります。芦屋神社では、春季大祭や秋の例祭・だんじりまつりなどを通じて、地域の祭祀が続いています。

⇒芦屋神社公式サイトはこちら

天穂日命アメノホヒが祀られている主な神社

神社名住所
星原神社島根県雲南市
天日名鳥命神社鳥取県鳥取市
天穂日命社〈北島國造館境内〉島根県出雲市

天日名鳥命神社には、もとは別々に祀られていた天日名鳥命アメノヒナトリ・天穂日命アメノホヒ・天日鷲命アメノヒワシを、一社に合わせて祀った由緒があります。北島國造館の天穂日命社は「御三社」の中央にあり、2月17日を祭日としています。

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