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玉依姫命(たまよりひめのみこと)は何の神様?神武天皇の母・父・ご利益・神社 | 神様図鑑

玉依姫命タマヨリヒメは、海神の娘であり、初代天皇とされる神武天皇ジンムテンノウの母として知られる女神です。

姉の豊玉毘売命トヨタマヒメから託された御子を育てた神話にちなみ、現在は縁結び・子授け・安産・子育ての神として信仰されています。

この記事では、玉依姫命タマヨリヒメの父や家族関係、神武天皇の母となるまでの神話、ご利益、全国のゆかりの神社について紹介します。

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目次

玉依姫命タマヨリヒメは何の神様?

玉依姫命タマヨリヒメは、海神・綿津見神ワタツミの娘で、命の誕生や子どもの成長を守る女神として信仰されています。

日本神話では、姉の豊玉毘売命トヨタマヒメが出産後に海神の国へ帰ってしまったため、地上に残された赤子・鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズの養育を任されました。

成長した鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズは玉依姫命タマヨリヒメを妃として迎え、二柱の間には四柱の皇子が誕生します。その末子が、のちに日本の初代天皇となる神武天皇ジンムテンノウです。

この神話にちなみ、現在も子授け・安産・子育てを願う人々から親しまれています。また、各地の神社では良縁を結ぶ神や、女性の心身を守る神としても祀られています。

玉依姫命タマヨリヒメの名前の意味

「玉依(タマヨリ)」は、一般に「魂」を意味する「タマ」と、「依り付く」を意味する「ヨリ」から、神霊が宿る女性という意味に解釈されています。

また、「玉」を海から寄せられる美しい珠や真珠と結びつけ、水の神秘的な力を表した名前とする説もあります。

「玉依」は日本の古い神話に複数登場する名前で、神の力を受けて特別な子を授かる女性にも用いられています。

玉依姫命タマヨリヒメの別名・表記

玉依姫命タマヨリヒメは、『古事記』『日本書紀』や各地の神社で、いくつかの異なる漢字を用いて表記されています。

区分 別名・異表記
『古事記』 玉依毘売タマヨリビメ、玉依毘売命タマヨリビメノミコト
『日本書紀』 玉依姫タマヨリヒメ
神社などでの表記 玉依姫命タマヨリヒメノミコト、玉依姫尊タマヨリヒメノミコト

「玉依毘売」は「タマヨリビメ」、「玉依姫」は「タマヨリヒメ」と読みます。

玉依姫命タマヨリヒメと賀茂玉依姫カモタマヨリヒメは同じ神?

日本神話には、同じ「玉依姫」という名前を持つ女性が複数登場します。

特に混同されやすいのが、神武天皇の母・玉依姫命タマヨリヒメと、京都の賀茂神社に伝わる賀茂玉依姫カモタマヨリヒメです。

両者は、それぞれ異なる家族関係や神話を持つ女神として伝わっています。

項目 神武天皇の母・玉依姫命 賀茂玉依姫
父 綿津見神ワタツミ 賀茂建角身命カモタケツヌミ
主な子 神武天皇ジンムテンノウら四皇子 賀茂別雷神カモワケイカヅチ
主な伝承 姉の御子を養育し、のちに四皇子を生む 川から流れてきた丹塗矢によって御子を授かる
主なゆかりの神社 玉前神社、日根神社など 上賀茂神社、下鴨神社など

賀茂玉依姫カモタマヨリヒメには、川で身を清めていた際、上流から流れてきた赤い矢を拾ったという伝承があります。

その矢を持ち帰って大切に祀ったところ、矢に宿っていた不思議な力によって御子を授かりました。その子が、上賀茂神社の祭神である賀茂別雷神カモワケイカヅチです。

さらに、『古事記』には大物主大神オオモノヌシと結ばれた活玉依毘売イクタマヨリビメという女性も登場します。

なお、下鴨神社では本殿に賀茂氏系の玉依媛命タマヨリヒメを祀っていますが、摂社の河合神社では神武天皇の母である玉依姫命タマヨリヒメを祀っています。

玉依姫命タマヨリヒメの御神格・ご利益・ご神徳

玉依姫命タマヨリヒメは、海神の娘であり、幼い御子を育てた母神として信仰されています。

現在は特に、縁結び・子授け・安産・子育てに関わるご利益で知られています。

玉依姫命タマヨリヒメの御神格

御神格 海神の娘、養育の女神、母神、神武天皇の母

玉依姫命タマヨリヒメは、海を治める綿津見神ワタツミの娘として、海の世界に生まれた女神です。

地上へ送られた後は、母親と離れた鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズを養育し、のちに自らも四皇子の母となりました。こうした神話上の姿から、生命の誕生や子どもの成長を見守る母神として敬われています。

また、千葉県の玉前神社では、月の働きとも結びつけられています。月の満ち欠けと関わる女性の心身の働きや、生命の誕生を守る女神としても伝えられています。

玉依姫命タマヨリヒメのご利益

ご利益 縁結び、子授け、安産、子育て、育児守護

子授け・安産・子育てのご利益は、御子を養い育て、自らも四皇子を生んだ神話に由来します。

玉前神社には、源頼朝の妻・北条政子が懐妊した際、安産を祈願したという伝承も残っています。

また、福岡県の竈門神社では、「玉依」という名前にある、魂を引き寄せる意味から、良縁を結ぶ神として信仰されてきました。

恋愛や結婚のほか、家族や友人、仕事など、人生におけるさまざまな良縁を願う人々から親しまれています。

玉依姫命タマヨリヒメのご神徳

ご神徳 命の誕生と養育の守護、良縁を結ぶ働き、新しい物事の始まりを守る働き

玉依姫命タマヨリヒメは、生まれた命を育み、健やかな成長を見守る神として敬われています。

また、玉前神社では、鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズの旭日の働きと結びつけ、清新・発祥・開運・再生といった、新しい物事の始まりを守る神とも伝えられています。

出産や子育てのほか、新しい生活を始める際や、人生の節目にも信仰されています。

玉依姫命タマヨリヒメの父は誰?家系図・関係する神々

玉依姫命タマヨリヒメの父は、海を司る神・綿津見神ワタツミです。

姉は、海幸彦・山幸彦の神話で知られる豊玉毘売命トヨタマヒメ。姉が火遠理命ホオリとの間に生んだ鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズが、のちに玉依姫命タマヨリヒメの夫となります。

玉依姫命タマヨリヒメの家系図

関係 神名・説明
父 綿津見神ワタツミ。海を司る神
母 『古事記』に名前の記載なし
姉 豊玉毘売命トヨタマヒメ
姉の夫 火遠理命ホオリ。山幸彦とも呼ばれる
配偶神 鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズ
子 五瀬命イツセ、 稲氷命イナヒ、 御毛沼命ミケヌ、 若御毛沼命ワカミケヌ(神武天皇)

父の綿津見神ワタツミは、鹿児島県の豊玉姫神社などでは豊玉彦命トヨタマヒコとも呼ばれています。

また、「玉依姫の父は賀茂建角身命カモタケツヌミ」という系譜は、京都の賀茂玉依姫について伝わるものです。

玉依姫命タマヨリヒメの子どもたち

玉依姫命タマヨリヒメと鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズの間には、四柱の皇子が生まれました。

『古事記』では、四兄弟はそれぞれ異なる道を歩んだとされています。

長男の五瀬命イツセは、末弟の若御毛沼命ワカミケヌとともに、東方の大和を目指して出発しました。しかし、大和へ入ろうとする途中で敵の矢を受け、その傷がもとで亡くなります。

次男の稲氷命イナヒは母の国である海原へ入り、三男の御毛沼命ミケヌは波の上を踏んで常世国へ渡ったと伝えられています。

そして末子の若御毛沼命ワカミケヌは、別名を神倭伊波礼毘古命カムヤマトイワレビコといい、のちに初代天皇となる神武天皇ジンムテンノウです。

玉依姫命タマヨリヒメの神話・伝承

玉依姫命タマヨリヒメの中心となる神話は、海へ帰った姉から御子を託され、その子を育て、のちに神武天皇の母となるまでの物語です。

『古事記』には、出産をきっかけに離ればなれになった豊玉毘売命トヨタマヒメと火遠理命ホオリが、玉依姫命タマヨリヒメを通じて歌を交わす場面も描かれています。

姉から託された御子を育て、神武天皇の母となるまで

以下は、『古事記』で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。

海神の国と地上を結ぶ道は、固く閉ざされていた。

その向こうにいるのは、玉依姫命タマヨリヒメの姉・豊玉毘売命トヨタマヒメ。地上には、姉が生んだばかりの赤子と、その夫である火遠理命ホオリが残されている。

本来ならば、姉は生まれた御子を夫とともに育てるはずだった。だが、出産の最中に起きた出来事が、二柱を引き離してしまったのである。

豊玉毘売命トヨタマヒメは出産を迎える際、夫に一つだけ約束を求めていた。

「御子を産むとき、私は本来の姿に戻ります。どうか、出産が終わるまで私の姿を見ないでください」

海神の娘は、子を産むときに本来の姿へ戻る。豊玉毘売命トヨタマヒメは、それを夫に知られたくなかったのだ。

ところが、産屋の屋根も完成しないうちに産気づいた妻が気になり、火遠理命ホオリは中を覗いてしまった。

そこで目にしたのは、巨大な八尋和邇となり、身をうねらせながら出産する妻の姿だった。

火遠理命ホオリは恐れ、思わずその場から逃げ去った。

出産を終えた豊玉毘売命トヨタマヒメは、夫が自分の姿を見たことを知った。固く約束したはずの相手に、最も見られたくなかった姿を見られてしまったのである。

恥ずかしさと悲しさに耐えられなくなった豊玉毘売命トヨタマヒメは、生まれたばかりの御子を地上に残し、海神の国へ帰ってしまった。そして、海と陸を行き来する道を塞いだ。

もはや、以前のように夫のもとへ通うことはできない。

それでも、地上に残した御子を思う気持ちは消えなかった。夫に約束を破られたことは恨めしい。けれど、火遠理命ホオリを恋しく思う気持ちも、胸の内に残り続けていた。

そんな姉が頼ったのが、妹の玉依姫命タマヨリヒメだった。

玉依姫命タマヨリヒメは姉の御子を育てるため、海神の国から地上へ遣わされることになった。豊玉毘売命トヨタマヒメは妹に歌を託し、離れて暮らす夫へ思いを届けようとした。

赤い玉は、それを通した紐まで美しく輝く。それでも、白い玉のようなあなたの姿は、なんと尊いことだろう。

夫への恋しさを込めた歌だった。

火遠理命ホオリもまた、妻を忘れてはいなかった。歌を受け取ると、海の国でともに過ごした日々を思い起こし、妻を決して忘れないという返歌を詠んだ。

夫婦は離れたまま、それぞれに相手を思い続けていた。

一方、地上では、玉依姫命タマヨリヒメが姉に代わって御子の養育を始めていた。

御子の名は、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命アマツヒダカヒコナギサタケウガヤフキアエズ。

鵜の羽で産屋の屋根を葺いていたものの、完成するより先に生まれてきたことから、その名が付けられていた。

生まれたばかりの御子は、母が海の向こうへ帰ったことも、父と母が離ればなれになった理由も知らない。ただ、小さな手を動かし、泣き声を上げ、誰かのぬくもりを求めている。

玉依姫命タマヨリヒメは、その小さな命を抱き上げた。

幼い御子をあやし、眠りにつけばそばで見守る。泣き声を聞き、表情の変化に気を配りながら、毎日の世話を続けていく。

海の世界から来た玉依姫命タマヨリヒメにとって、御子は大切な姉から託された存在だった。姉がそばにいられない分まで、この子を健やかに育てていきたい。その思いとともに、幾度も朝と夜が過ぎていった。

やがて、幼かった鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズは立派に成長した。

そして、成長した鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズは、自分を育ててくれた玉依姫命タマヨリヒメを妃として迎えることになる。

かつて姉から託された一人の赤子は、今や玉依姫命タマヨリヒメとともに、新たな家族を築く存在となったのである。

やがて二柱の間に、最初の皇子が生まれた。

長男の五瀬命イツセ。続いて稲氷命イナヒ、御毛沼命ミケヌが誕生し、さらに末子の若御毛沼命ワカミケヌが生まれる。

四柱の御子に恵まれた玉依姫命タマヨリヒメは、今度は自らが母となり、その成長を見守ることになった。

そして末子の若御毛沼命ワカミケヌには、もう一つの名前があった。

神倭伊波礼毘古命カムヤマトイワレビコ。

のちに兄の五瀬命イツセとともに東へ向かい、大和の地で初代天皇となる人物である。

後世に神武天皇ジンムテンノウと呼ばれるその御子の誕生によって、海神の娘・玉依姫命タマヨリヒメの物語は、日本の建国神話へとつながっていった。

⇒【古典の改め】『古事記』玉依毘売の原文対訳はこちら

玉依姫命タマヨリヒメゆかりの神社・祀られている神社

玉依姫命タマヨリヒメは、関東・関西・九州など、全国各地の神社で祀られています。

千葉県では海や生命の誕生を守る女神、大阪府では夫神とともに子授け・安産を守る神、福岡県では良縁を結ぶ神として親しまれています。

玉前神社|千葉県長生郡一宮町

玉前神社は、玉依姫命タマヨリヒメを祭神とする上総国の一宮です。

『延喜式神名帳』にも記載される古社で、海の女神であり、姉の御子を育てた母神として信仰されています。縁結び・子授け・安産・養育のご利益で知られ、源頼朝の妻・北条政子が懐妊した際、安産を祈願したという伝承も残っています。

特に有名なのが、毎年9月に行われる「上総十二社祭り」です。

大同2年(807)に始まったと伝えられる祭りで、玉依姫命タマヨリヒメとその一族の神々が、年に一度、釣ヶ崎海岸で再会するという神話に基づいています。周辺の神社から神輿が集まり、海岸で神々の再会を祝う、千葉県指定の無形民俗文化財です。

また、祭礼に先立って行われる鵜羽神社のお迎え祭では、鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズと玉依姫命タマヨリヒメの子育て信仰にちなむ「稚児行列」も行われます。

子どもたちが華やかな衣装で行列に参加し、健やかな成長を願う行事として受け継がれています。

⇒玉前神社公式サイトはこちら

日根神社|大阪府泉佐野市

日根神社は、鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズと玉依姫命タマヨリヒメの夫婦二柱を主祭神として祀っています。

神社には、神武天皇ジンムテンノウが東征の途中で父母の神を祀り、戦勝を祈願したという伝承が残されています。

また、白髪の老人が大きな鳥に姿を変え、鵜葺草葺不合命ウガヤフキアエズであると告げた後、玉依姫命タマヨリヒメも女神の姿で現れ、夫神とともに祀るよう村人へ告げたという創建伝承もあります。

日根神社は、全国的にも珍しい枕の信仰で知られる神社です。

毎年5月に行われる「まくら祭り」では、約5メートルの竹竿に色とりどりの飾り枕を取り付けた枕幟を担ぎ、町内を練り歩きます。

祭りに使われる飾り枕は、地域の娘たちが子授け・安産・縁結びの願いを込めて手作りしてきたものです。祭礼後は家庭のお守りとして、作り主のもとへ返されます。

現在は安眠の神社としても親しまれ、子授けや安産のほか、穏やかな眠りを願う人々も訪れています。

⇒日根神社公式サイトはこちら

宝満宮竈門神社|福岡県太宰府市

宝満宮竈門神社は、玉依姫命タマヨリヒメを主祭神とする、縁結びで知られる神社です。

「玉依」という名前にある、魂を引き寄せるという意味にちなみ、人と人との良い縁を結ぶ神として信仰されています。

恋愛や結婚に限らず、家族・友人・仕事など、さまざまな良縁を願う人々が参拝に訪れています。

また、竈門神社は大宰府政庁の北東に位置し、古くから鬼門を守る神社としても信仰されてきました。最澄や空海、遣隋使・遣唐使など、大陸へ渡る人々が航海の安全や目標の達成を祈願した歴史もあり、現在も方除け・厄除けの信仰が続いています。

境内には、二つの岩の間を目を閉じて歩き、もう一方の岩へたどり着ければ恋が叶うと伝わる「愛敬の岩」があります。

また、願いを記したこよりを結ぶ「幸福の木」や、大切な人との再会を願う「再会の木」など、縁結びにまつわる場所も親しまれています。

⇒竈門神社のご利益・属性・見どころを詳しく見る

玉依姫命タマヨリヒメが祀られている主な神社

代表的な三社のほかにも、各地で玉依姫命タマヨリヒメが祀られています。

関東・千葉県・神奈川県

関東では、前述の玉前神社のほか、神奈川県鎌倉市の龍口明神社でも玉依姫命タマヨリヒメが祀られています。

龍口明神社では、五頭龍大神ゴズリュウとともに玉依姫命タマヨリヒメを祭神とし、縁結び・子授け・安産の神として信仰されています。

毎年10月には玉依姫命タマヨリヒメを祀る「玉依祭」も行われています。

神社名 所在地
龍口明神社 神奈川県鎌倉市

関西

京都の河合神社は、下鴨神社の摂社で、神武天皇の母である玉依姫命タマヨリヒメを女性守護・美麗の神として祀っています。

特に有名なのが、手鏡の形をした「鏡絵馬」です。描かれた顔に普段使っている化粧品などで化粧を施し、外見だけでなく心も美しくなるよう願いを込めて奉納します。

神社名 所在地
河合神社 京都府京都市左京区

九州

九州では、神武天皇ジンムテンノウやその祖先を祀る神社にも、玉依姫命タマヨリヒメの祭祀が受け継がれています。

宮﨑神宮では神武天皇の母として、霧島神宮では瓊瓊杵尊ニニギから神武天皇へ続く一族の神として祀られています。

また、鹿児島県の豊玉姫神社には、姉妹がそれぞれ川辺と知覧を治めることになったものの、途中で行き先が入れ替わったという地域独自の伝承が残っています。

神社名 所在地
宇美八幡宮 福岡県糟屋郡宇美町
宮﨑神宮 宮崎県宮崎市
霧島神宮 鹿児島県霧島市
豊玉姫神社 鹿児島県南九州市
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