天手力雄命は、強い腕力を持ち、天岩戸の神話で天照大御神を外へ引き出した力の神です。勝運やスポーツ必勝を願う信仰で知られ、長野の戸隠神社をはじめ各地で祀られています。岩戸開きでの働きから、戸隠山や扉温泉の伝承、東京・神奈川で参拝できる神社まで紹介します。
天手力雄命は何の神様?
天手力雄命は、手や腕の強い力を神として表した存在です。神名の「天」は天上の世界を、「手力雄」は手の力が強い男を意味すると考えられています。
最もよく知られるのが、太陽の神である天照大御神を天の石屋(いわや)から迎え出す役目です。『古事記』の岩戸開きでは、知恵や舞、祭祀を担う神々と力を合わせ、天照大御神の手を取って外へ引き出します。
また、天照大御神の孫である邇邇芸命が地上へ降りる天孫降臨にも登場します。鏡・玉・剣の神宝に添えられた神々の一柱として、邇邇芸命とともに地上へ向かいます。
現在は、その腕力にあやかって勝負や競技での勝利を願う人々から信仰されています。地域によって、豊作や願いの成就を祈る神としても敬われています。
天手力雄命の別名
天手力雄命の読みは「あめのたぢからおのみこと」です。古い仮名遣いでは「あめのたぢからを」とも書きます。文献や神社により「男」と「雄」、「神」と「命」の表記が異なります。
| 区分 | 別名・異表記 |
|---|---|
| 『古事記』の表記 | 天手力男神、手力男神 |
| 『日本書紀』『古語拾遺』に見られる表記 | 天手力雄神。『日本書紀』の本文では手力雄神とも表記 |
| 神社などで用いられる表記・その他の異表記 | 天手力雄命、天之手力雄命、天之手力男神 |
戸隠神社奥社では天手力雄命、湯島天満宮では天之手力雄命の名で祀られています。いずれも、岩戸開きで力を発揮した神を指す呼び名です。「手力」は「たぢから」、「手力男神」は「たぢからおのかみ」と読みます。
天手力雄命の御神格・ご利益・ご神徳
天手力雄命は、優れた腕力を持つ神として、勝負に臨む人や物事を成し遂げたい人から信仰されています。力の神という性格を中心に、戸隠では豊作を願う信仰とも結びついてきました。
天手力雄命の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 力の神、勝運・スポーツを守護する神 |
岩戸開きで働いた腕力への信仰は、相撲にも及んでいます。天手力雄命は、相撲の土俵祭りで祀られる神の一柱です。
各務原市の手力雄神社には、織田信長が戦勝を祈ったという由緒があり、現在もスポーツ団体などが必勝を願って参拝します。
天手力雄命のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 勝運、スポーツ必勝、開運、心願成就、五穀豊熟(戸隠神社奥社の信仰) |
| ご神徳 | 岩戸開きで発揮した強い力、勝負や新しい挑戦を支える力、実りを守る働き(戸隠の信仰) |
戸隠神社では、競技や勝負事に加え、新しいことへ立ち向かう際にも天手力雄命の力を願います。勝利や願いの実現を祈る人々にとって、岩戸開きを成し遂げた力が頼みとされてきました。
五穀豊熟は、戸隠の山と水を敬い、田畑の実りを祈ってきた地域の信仰と結びついています。戸隠神社の社紋は、農作業の道具である四本の鎌をかたどった「鎌卍(かままんじ)」で、戸隠講の人々が米を奉納する習わしも続いています。
天手力雄命の家系図・関係する神々
『古事記』は、天手力雄命の父母や配偶神、子について語っていません。一方、中世以降の戸隠の伝承には、知恵の神である思兼神の子とする説があります。
| 関係 | 神名・説明 |
|---|---|
| 親神(後世の戸隠伝承) | 思兼神。戸隠神社の中社に祀られる知恵の神。 |
江戸時代に作られた『先代旧事本紀大成経』には、思兼神が子の天手力雄命を連れて信濃へ降り、のちに天手力雄命が戸隠へ移ったという話があります。
岩戸開きで協力する神々には、舞で神々の笑いを起こす天宇受売命、祝詞を唱える天児屋命、供え物を捧げ持つ布刀玉命がいます。天手力雄命は、それぞれの神が役目を果たしたあと、天照大御神を迎え出します。
天手力雄命の神話・伝承
『古事記』の天岩戸の神話は、天照大御神が隠れたことで光を失った世界に、神々が明るさを取り戻す話です。天手力雄命は戸口に身を隠し、天照大御神を迎え出す時を待ちます。
暗闇の戸口で待った手
以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。
岩肌に背を寄せると、冷たさが衣を通して伝わってきた。天手力雄命は、息を浅くして戸の脇に立っていた。目の前の暗闇に、いつまでたっても朝の気配はない。
この向こうに、天照大御神がいる。須佐之男命の乱暴を恐れて石屋にこもって以来、天も地も光を失った。遠くから聞こえる神々の声は、始めのうちは、何をすればよいか分からない焦りに満ちていた。
いまは違う。思金神の考えをもとに鏡や玉が用意され、天児屋命の祈る声が流れている。布刀玉命の捧げる榊には、玉と鏡、白と青の幣が掛けられていた。
天手力雄命は、掌を静かに開いた。力を込めるには、まだ早い。戸がわずかでも開き、内にこもる神がこちらへ近づく、その時を待たなければならなかった。
どん、と桶が鳴った。天宇受売命が伏せた桶を踏み、足音を響かせながら舞っている。胸をあらわにし、裳の紐を陰部まで押し下げた姿に、神々は一斉に笑い出した。
笑い声が重なり、高天原を揺さぶった。天手力雄命の肩にも、思わず力が入る。戸の向こうに届いてほしいと願いながら、その縁を見つめ続けた。
石の戸が、わずかに動いた。細い隙間から、天照大御神の声がした。「私が隠れて、外は暗いはずなのに。なぜ、皆が笑っているのだ」
「あなたよりも尊い神がおいでになったから、皆で喜んでいるのです」天宇受売命が答えるそばで、天児屋命と布刀玉命が鏡を差し出した。天照大御神は、鏡に見える姿を不思議に思い、確かめようと少しずつ身を乗り出した。
天手力雄命は膝を曲げ、足裏に重さをかけた。戸の縁から御手が見える。待ち続けた距離が、一息で届くほどに縮まった。
いまだ。
天手力雄命は、その御手を取った。指を離さず、体を外へ引き、全身の力で天照大御神を石屋の外へ迎え出す。握った手に気を集中させたまま、足を踏ん張った。
すぐに布刀玉命が動き、天照大御神の後ろに注連縄を渡した。「もう、この内へはお戻りになれぬ」
光が戻った。岩の形も、神々の顔も、天手力雄命自身の手も、はっきりと見える。肩に入っていた力がようやく抜け、長く止めていた息が、明るくなった世界へこぼれた。
戸隠山と扉温泉に伝わる岩戸の話
戸隠には、天手力雄命が投げた岩戸が信濃へ落ちたという伝承があります。岩戸が戸隠へ飛ぶ話は中世以降に広まったもので、『古事記』の岩戸開きには登場しません。
『平家物語』の一つの伝本では、投げられた岩戸が信濃へ落ち、戸隠の明神になったと語られます。江戸時代の『先代旧事本紀大成経』には、落ちた扉がそのまま戸隠山になったという話が登場します。現在の戸隠神社でも、岩戸が落ちて山になった伝説が伝えられています。
長野県松本市の扉温泉にも、天手力雄命にちなんだ名前の由来があります。こちらは岩戸を戸隠へ運ぶ途中に休んだという土地の伝承で、その「扉」が温泉名に残ったといわれています。温泉があるのは、松本市東部の入山辺です。
天手力雄命ゆかりの神社・祀られている神社
天手力雄命は、戸隠の山岳信仰、伊勢の古い祭祀、各地の土地を守る信仰などと結びついて祀られています。東京や神奈川でも参拝でき、祭神名には「手力男」「手力雄」などの違いがあります。
戸隠神社奥社(長野県長野市)
戸隠神社奥社は、天手力雄命を祀る戸隠神社の御本社です。戸隠山の麓にあり、約2キロの参道の途中に随神門、その先に大きな杉並木が続きます。
戸隠は、山への信仰に仏教や修験道が重なり、顕光寺として栄えた場所です。明治初年の神仏分離を経て、現在の神社として歩んできました。神社に伝わる太々神楽には「岩戸開きの舞」があり、岩戸を開く場面が舞として奉納されています。
佐那神社(三重県多気町)
三重県多気郡多気町の佐那神社は、天手力男命を主神として祀ります。『古事記』の天孫降臨の段にある、手力男神が佐那県に鎮まるという記述に結びつく古社です。
『延喜式』の神名帳にも名があり、古くは「中宮」「大森社」と呼ばれてきました。伊勢神宮、とくに外宮との関係が深く、神宮の制度のもとで20年に一度の社殿の造り替えを受けた12社の一つでした。現在も祈年祭や新嘗祭などが行われ、地域の祭礼では多くの提灯が灯されます。
湯島天満宮(東京都文京区)
東京で天手力雄命を祀る代表的な神社が、湯島天神の名でも親しまれる湯島天満宮です。祭神は天之手力雄命と菅原道真公です。
社伝では、雄略天皇2年(458年)の勅命による創建とされ、当初は天之手力雄命を祀っていました。菅原道真公が合祀されたのは、郷民の願いを受けた正平10年(1355年)です。合祀後に広まった学問の神への信仰が、現在の合格祈願や学業成就の祈りにつながっています。例祭は5月25日に行われます。
天手力雄命が祀られている主な神社
神奈川では、川崎市の大戸神社で手力雄命、藤沢市の皇大神宮で天手力男命が祀られています。皇大神宮では、天照皇大神と同じ社殿に祀る「相殿」の神です。大戸神社はもと戸隠明神と呼ばれ、戸隠とのつながりを持つ神社です。
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 大戸神社 | 神奈川県川崎市中原区 |
| 皇大神宮 | 神奈川県藤沢市 |
| 手力雄神社(那加) | 岐阜県各務原市 |
| 手力雄神社(蔵前) | 岐阜県岐阜市 |
| 雄山神社前立社壇 | 富山県中新川郡立山町 |
岐阜県にある二つの手力雄神社は、各務原市那加と岐阜市蔵前に鎮座する別の神社です。蔵前の社には、火の粉を浴びる仕掛け御輿などを奉納する「手力の火祭り」が伝わります。火祭りは岐阜県の重要無形民俗文化財に指定されています。
