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【地属性】大宝八幡宮|白蛇を驚かせた一つ目のわら人形

大宝八幡宮の神社属性は、地属性です。

茨城県下妻市の大宝にある大宝八幡宮は、大宝元年に宇佐から八幡さまを迎えたと伝わる古い社です。名前は年号の「大宝」ですが、ここでは「たいほう」ではなく「だいほう」と呼ばれてきました。

その境内には、白蛇が白羽の矢を立てる家、娘の代わりに出された一つ目のわら人形、畳と鍋蓋で火を消す祭りが残ります。水辺の白蛇を祀る社で、夜になると火の粉を浴びる祭りが行われるんですね。

この記事ではそんな大宝八幡宮についてご紹介いたします。まずは大宝八幡宮の属性相性から見ていきましょう。

目次

地属性の大宝八幡宮と相性が良い属性・悪い属性

神社属性の相性相関図
項目属性
大宝八幡宮の属性地属性
相性の悪い属性水属性・空属性
相性の良い属性地属性・火属性・風属性

相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

【神社属性】地・水・火・風・空の特徴と性格傾向・相性まとめ

さて、ここからは大宝八幡宮の基本情報と、普段の参拝では知る機会が少ない話をご紹介していきますね。

大宝八幡宮の基本情報

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項目内容
所在地茨城県下妻市大宝667
ご祭神誉田別命(ほんだわけ)、足仲彦命(たらしなかつひこ)、気長足姫命(おきながたらしひめ)
ご利益財運招福、厄除け、交通安全、安産など
祭事春の大祭、タバンカ祭など
公式HP→大宝八幡宮の公式サイトはこちら

大宝八幡宮は、関東最古の八幡神社とされる古社です。創建は大宝元年、藤原時忠(ふじわらのときただ)が筑紫の宇佐八幡宮を迎えたことに始まると伝わります。

ご祭神の誉田別命は、第十五代応神天皇の名です。足仲彦命は仲哀天皇、気長足姫命は神功皇后で、父・母・子がそろって祀られている形なんですね。

財運招福や厄除け、交通安全、安産の祈願で知られ、名前の「大宝」から宝くじ当選祈願でも親しまれています。武の神として武将たちが参拝した話も多く、平将門、源義家、源頼朝の名まで出てきます。

大宝八幡宮にまつわる話

装飾画像:見出し「この神社の豆知識」

「大宝」という年号と、沼のほとりに来た八幡さま

大宝八幡宮の「大宝」は、創建の年である大宝元年から来ています。大宝という年号は、対馬から金が献上されたことをきっかけに改元されたといわれます。金が出て、年号が変わり、その年に八幡さまが東国へ迎えられる。名前の中に、最初から「宝」が入っているのです。

八幡さまは応神天皇を中心とする神です。応神天皇は、仲哀天皇と神功皇后の子であり、さらに仲哀天皇は日本武尊(やまとたけるのみこと)の子にあたります。大宝八幡宮の話をたどると、宇佐八幡から東国へ来た神の話が、日本武尊の東征の話へも近づいていくんですね。

『古事記』には、日本武尊が東へ向かう途中で「新治(にいはり) 筑波を過ぎて」と歌う場面があります。新治や筑波は、大宝の周辺を考える時に外せない古い地名です。さらに『万葉集』には、筑波山から見た「鳥羽の淡海(とばのあふみ)」が詠まれます。この鳥羽の淡海は、大宝沼を含む広い湖沼地帯のこととされます。

今の大宝八幡宮は陸の神社として歩けますが、古い景色では水が大きく広がっていました。沼や湿地を見下ろす台地に八幡さまが祀られ、のちにその地が城にもなります。神社、沼、城が同じ場所に置かれていくのは、ここが祈りの場所であり、守りの場所でもあったからなのです。

白蛇が白羽の矢を立て、一つ目のわら人形に驚いた話

大宝八幡宮には、ひとつもの神事という不思議な神事があります。氏子区域を、一つ目のわら人形を持った世話人が歩き、最後にその人形を大宝沼、今の糸繰川へ流すのです。

話は白蛇から始まります。昔、大宝沼には大きな白い蛇が住んでいたと伝わります。秋になると、その白蛇は近くの家の屋根に白羽の矢を立てました。矢を立てられた家は、娘を白蛇に差し出さなければならない。逆らえば、大嵐や大洪水が起こり、作物が取れなくなるという話です。

困った人々は、娘の代わりに一つ目のわら人形を作りました。それを白蛇に差し出すと、白蛇は驚いて大宝沼から姿を消したといいます。人を食う蛇を退治する話ではなく、蛇が人形を見て逃げる話なんですね。

ここで出てくる一つ目も、少し気になります。鍛冶の神や山の神、古い民俗の中には、一つ目の姿で語られるものがあります。片目を失うほど火を見つめる職人の話、山から来る異形の神の話、そのあたりの影が混じって見えます。大宝では、その一つ目が娘の身代わりになり、水の神のような白蛇を退かせるのです。

白蛇の霊は、境内の青龍権現社に祀られています。追い払われた相手を、あとで祀る。土地の伝承には、そういう折り合いのつけ方がよく出てきます。怖いものをなかったことにせず、社を建てて祀るのです。

火事を畳と鍋蓋で消す、タバンカ祭

大宝八幡宮の奇祭として知られるのが、タバンカ祭です。別名を松明祭、冬瓜祭ともいいます。名前の「タバンカ」は、畳と鍋蓋を石畳に叩きつける「バタンバタン」という音から来たと伝わります。

祭りの起こりは、応安三年の火事といわれます。大宝寺の別当である賢了院が出火した時、畳と鍋蓋を使って火を消し止めた。その出来事が祭りの形になりました。火を鎮めるために、畳と鍋蓋を持ち出す。水桶や柄杓ではなく、畳と鍋蓋なのです。

神前には冬瓜が供えられます。畳を巴形に置き、中央の鍋蓋にご飯と冬瓜を盛った盃を載せ、白装束の氏子青年がそれを拝殿前へ放り投げます。砕けた盃の破片を拾うと病気をしないともいわれます。

その後、大松明に火がつきます。火のまわりで畳と鍋蓋が打ち鳴らされ、松明を持つ役が境内を走り、火の粉を浴びます。火の粉を浴びると火の災いを免れるとされるため、参拝者も近くで見守ります。火を避けるために火の粉を浴びる。ここも、かなりねじれた信仰なんですね。

白蛇の話では水害と豊作が出てきました。タバンカ祭では火災と冬瓜が出てきます。大宝八幡宮では、水の白蛇と火の松明が、同じ境内に残っているのです。

大宝八幡宮の小話や裏話、豆知識

若宮八幡宮で、親・子・孫がそろう

大宝八幡宮の境内には、若宮八幡宮があります。源頼朝が奥州征伐を終えた時、下河辺行平(しもこうべのゆきひら)に命じて、文治五年に勧請させたと伝わります。

若宮八幡宮のご祭神は仁徳天皇です。仁徳天皇は応神天皇の子であり、大宝八幡宮の本殿には応神天皇、その父の仲哀天皇も祀られています。つまり本殿と若宮で、仲哀天皇、応神天皇、仁徳天皇が三代で並ぶ形になります。

八幡宮では「若宮」と聞くと、応神天皇の子や縁の深い皇子を祀ることがあります。大宝では、それが家族の系譜としてかなり見えやすい。神社の境内で、父、子、孫の並びがそのまま読めるんですね。

刀が簾のように掛かった「剣八幡宮」

大宝八幡宮は、武将の祈願所としても濃い話を持っています。平将門が参籠し、源義家や源頼朝も名を残します。南北朝の下妻政泰、戦国時代の多賀谷氏も、この八幡さまへ祈りました。

戦国期の多賀谷氏は、戦のたびに刀剣を奉納したと伝わります。刀剣が社殿に連なり、まるで簾のように掛かっていたため、「剣八幡宮」とまで呼ばれたという話があります。祈願が終わったらお礼に刀を置く。勝った者の刃が、神前に増えていくのです。

現在の本殿は、天正五年に下妻城主の多賀谷尊経(たがや・たかつね、のちの重経)が再建したものです。この時の重経は、まだ若い当主でした。若い城主が、焼けた社寺を建て直し、武の神である八幡さまの前に新しい本殿を立てたんですね。

大宝寺八幡宮の名残

大宝八幡宮には、神仏習合の名残もあります。かつて境内周辺には、大宝八ヶ寺と呼ばれる寺院群がありました。賢了院、円蔵院、日輪院などの寺が並び、社と寺が一体のように動いていた時代があったのです。

明治の神仏分離で、多くの寺院建物は姿を消しました。ただ、江戸時代末に建てられた護摩堂は残り、今は祖霊殿となっています。鐘楼もいったん失われ、平成の世に復建されました。

タバンカ祭の火事の話に出てくるのも、大宝寺の別当です。八幡宮の祭りなのに、火元の話には寺の名が出る。大宝八幡宮を見ていると、神社だけの歴史として切れない場面が何度も出てくるのです。

大宝八幡宮の見どころ・パワースポット

装飾画像:見出し「パワースポット・見どころ」

国の重要文化財である本殿と、大宝城跡

大宝八幡宮の本殿は、建築の見どころです。現在の本殿は天正五年に再建されたもので、三間社流造という社殿形式をとっています。柱は太く、建ち上がりも高く、桃山時代の地方建築の姿を残すものとして国の重要文化財に指定されています。

この本殿の背後には、大宝城跡の地形もあります。大宝城は、旧大宝沼に囲まれた台地の自然地形を使った城でした。西、北、東の一部を沼や湿地に囲まれた場所で、三方が守りになっていたのです。

本殿は信仰上の中心であり、見どころでもあります。八幡さまは武の神としても信仰されてきたため、武運や厄除け、財運招福を願う場所としても参拝されています。そこへ城跡の地形が重なり、祈る場所と守る場所が同じ台地に残っているんですね。

青龍権現社とあじさい神苑

青龍権現社は、白蛇伝承に関わるパワースポットです。かつて大宝沼に住んでいたと伝わる白い大蛇を祀っています。ひとつもの神事の一つ目のわら人形を思い出してから参拝すると、ただの境内社として通り過ぎられない場所になります。

青龍という名も、水とよく合います。大宝沼の白蛇が青龍権現として祀られる。蛇は水辺の生き物であり、龍へ姿を変えやすい存在です。日本各地の水神信仰でも、蛇と龍は近いところにいます。

あじさい神苑は、景観としての見どころです。大宝城跡の土塁を守るために植えられたあじさいが始まりで、今では多くの株が咲きます。花を楽しむ場所であり、城跡の土を守るための植栽でもあるのです。六月下旬から七月上旬のあじさい祭では、境内の印象が大きく変わります。

宝物殿の丸木舟と銅鐘

宝物殿は、文化財を見る見どころです。瑞花雙鳥八陵鏡(ずいかそうちょうはちりょうきょう)、丸木舟、銅鐘などが代表的な宝物として伝わります。

丸木舟は、大宝沼の干拓の時に見つかったと伝わるものです。大木の幹をくりぬいて作った舟で、浅い水辺で物を運ぶために使われたと考えられています。大宝八幡宮の話に大宝沼が何度も出てくるので、この舟は水のある昔の景色をかなり具体的に見せてくれます。

銅鐘は、もとは別の寺にあったものが、戦国の動きの中で大宝八幡宮へ奉納されたと伝わります。鐘まで戦の道を通ってここへ来ているのです。武将が刀を奉納し、鐘も持ち込まれ、八幡さまの境内に戦の痕跡が集まっていきます。

神社属性(繭気属性)の意味と考え方

装飾画像:見出し「神社属性(繭気属性)の意味と考え方」

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。

「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。

神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。

この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

神社属性とは | 属性神社の考え方・調べ方はこちら

あなたの属性の調べ方|計算方法

西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。

A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。

<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8

最後に、出た数字を属性に当てはめます。

1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。

計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。

神社属性(繭気属性)自動診断ツールはこちら

属性別おすすめ神社

装飾画像:見出し「属性別おすすめ神社」

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。

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属性神社1神社2神社3
地属性大麻比古神社地主神社中之嶽神社
水属性高龍神社諏訪大社太宰府天満宮
火属性上野東照宮須佐神社千葉神社
風属性恋木神社伊和神社花園神社
空属性御嶽神社高千穂神社桜神宮

全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。

【都道府県別・神社属性】全国の神社やパワースポット一覧はこちら

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