大鳥大社の神社属性は、火属性です。
大阪府堺市にある大鳥大社は、和泉国一の宮として知られる古社です。この神社の始まりには、日本武尊(やまとたけるのみこと)の魂が白鳥となり、能褒野(のぼの)から大和、河内を経て、この地へ降り立ったという話があります。白鳥が降りた場所に一夜で木々が生い茂ったという千種の森(ちぐさのもり)の伝承も残っているんですね。
この記事ではそんな大鳥大社についてご紹介いたします。まずは大鳥大社の属性相性から見ていきましょう。

火属性の大鳥大社と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 大鳥大社の属性 | 火属性 |
| 相性の悪い属性 | 風属性・水属性 |
| 相性の良い属性 | 火属性・空属性・地属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは大鳥大社の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。
大鳥大社の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府堺市西区鳳北町1丁1-2 |
| ご祭神 | 日本武尊、大鳥連祖神 |
| ご利益 | 勝運、厄除開運、災難除け、商売繁盛など |
| 祭事 | 火鎮社祭、花摘祭など |
| 公式HP | →大鳥大社の公式サイトはこちら |
大鳥大社は、延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)にも名が見える名神大社(みょうじんたいしゃ)で、和泉国一の宮として古くから大切にされてきました。
最寄りはJR阪和線の鳳駅で、駅から歩いて参拝しやすい場所にあります。境内は千種の森と呼ばれ、白鳥伝説、古代氏族、大鳥造(おおとりづくり)の社殿、だんじり祭の宮入まで、ひとつの神社の中にかなり濃い話が詰まっているのです。
ご利益としては、日本武尊の武勇にちなむ勝運や開運、火鎮社祭に見られる災難除け、防火の祈り、根上がりの大楠にまつわる商売繁盛の信仰などが知られています。武の神、森の神、火を鎮める神、土地の氏神が同じ境内で並んでいるんですね。
大鳥大社にまつわる話
白鳥になった日本武尊が、最後に降りた場所
大鳥大社の由緒をたどると、まず日本武尊の長い遠征の話に行き当たります。
日本武尊は第十二代景行天皇の皇子で、『古事記』『日本書紀』では、熊襲(くまそ)を討ち、出雲を平定し、その後に東国へ向かった人物として語られます。東国へ向かう途中では、相模で火攻めに遭い、草薙剣(くさなぎのつるぎ)で草をなぎ払って危機を逃れた話もあります。火の中で剣を振るう場面が先にあり、その旅の終わりに白鳥が出てくるのです。
帰り道、日本武尊は伊吹山(いぶきやま)の荒ぶる神に向かいました。そこで病を得て、大和へ戻ろうとしますが、伊勢国の能褒野で亡くなります。陵(みささぎ)が造られ、人々が悲しんでいると、その魂が白鳥となって飛び立ったと語られます。
白鳥はまず大和の琴弾原(ことひきのはら)へ降り、次に河内国の古市へ降り、さらに空へ舞い上がって大鳥の地へ来たと伝わります。大鳥大社は、その白鳥が最後に留まった地に社を建てたことが始まりとされるのですね。
白鳥が降りた土地には、一夜にしてさまざまな木が生い茂ったとも伝わります。それが千種の森です。鳥が降りたら森が生える。神話の中では、死んだ英雄が鳥となり、鳥が止まった場所が神域になる。人の死と森の始まりが同じ場面で語られるのです。
大鳥連祖神と、大鳥氏の古い名前
大鳥大社のもう一柱のご祭神は、大鳥連祖神(おおとりのむらじおやがみ)です。名前の通り、大鳥連という古代氏族の祖神とされます。
大鳥氏は、大中臣(おおなかとみ)と祖先を同じくする一族と伝わり、『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』では天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祖先とする系譜が語られます。天児屋根命は、天岩戸の場面で祝詞をとなえた神として知られ、中臣氏・藤原氏の祖神にもなる神です。
ここで大鳥大社は、日本武尊の白鳥伝説をまつる場所でありながら、大鳥氏という土地の氏族の社でもある顔を見せます。白鳥が空から降りた話と、氏族が土地に根を張った話が、同じ社名の中に入っているんですね。
「大鳥」という字は大きな鳥そのものですが、周辺の地名は「鳳(おおとり)」です。明治の町村制の時に、大鳥神社で知られた地名を残しつつ、縁起のよい字として「鳳」があてられたという話があります。また、行基(ぎょうき)がこの地に建てた神鳳寺(じんぽうじ)の「鳳」から来たという説もあります。大鳥と鳳、どちらも鳥ですが、一方は神社名に残り、もう一方は町の名や駅名に残ったのです。
神鳳寺と、消えた神宮寺
大鳥大社には、かつて神鳳寺という神宮寺がありました。神宮寺とは、神社のそばに置かれた仏教寺院のことです。神さまと仏さまを同じ土地でまつる神仏習合の時代には、大きな神社のそばに寺が置かれることがよくありました。
神鳳寺は、聖武天皇の時代に行基が建てたと伝わります。行基は堺にゆかりの深い僧で、寺を建てるだけでなく、橋やため池など、人々の暮らしに関わる事業にも関わった人物です。その行基が、大鳥大社の神宮寺として神鳳寺を置いたという話が残るのですね。
明治の神仏分離によって、神鳳寺は廃寺となりました。今の境内を歩くと神社としての姿が前に出ていますが、古い時代には、白鳥の神話、大鳥氏の祖神、仏教寺院が同じ土地で祈りを受けていました。神社の森の中に、見えなくなった寺の層があるのです。
社殿が焼け、同じ形をもう一度立てた大鳥造
大鳥大社の本殿は、大鳥造と呼ばれる古い神社建築の形式です。切妻造(きりづまづくり)で、妻入り、正面から入る形をもち、出雲大社の大社造に似る部分があるとされます。
ただ、今の本殿は古代からそのまま残っている建物ではありません。社殿は戦乱や落雷による火災を経験しています。明治三十八年には雷火で焼失し、その後、明治四十二年に従来の形式を受けて再建されました。
焼けた社殿を、別の新しい形に変えるのではなく、大鳥造として再び立てる。ここに、大鳥大社が「形」をどう残してきたかが出ています。火で失われたあとに、火を鎮める祭も続いている。社殿の歴史を見ていると、火は災いとして現れ、祭では鎮める相手として現れるのです。
大鳥大社の小話や裏話、豆知識

平清盛が詠んだ歌と、飛鹿毛という馬
境内には、平清盛の歌碑があります。清盛は熊野参詣の途中、平治元年十二月に大鳥大社へ祈願し、歌を詠んだと伝わります。
その歌には、蚕がかえって蛾となり飛び立つように、自分たちも京へ帰って武功を立てたい、どうか大鳥の神よ平氏を育ててほしい、という願いが込められています。武家の祈願なのに、たとえが蚕なのです。境内の説明では、この歌から当時この地で養蚕が行われていたことがうかがえるとされています。
清盛は同時に、愛馬の飛鹿毛(とびかげ)も奉納したと伝わります。境内に神馬像があるのは、この話にちなむものです。白鳥の神の社に、武家が馬を奉納する。空を飛ぶ鳥と地を走る馬が、同じ勝負の祈りの中に出てくるんですね。
大鳥五社と、日本武尊の妃たち
大鳥大社には、大鳥五社大明神と呼ばれる古いまとまりがあります。大鳥大社を中心に、大鳥美波比神社(おおとりみはひじんじゃ)、大鳥北濱神社、大鳥羽衣濱神社、大鳥井瀬神社を合わせた五社です。
このうち、大鳥北濱神社には吉備穴戸武媛命(きびのあなとたけひめのみこと)、大鳥羽衣濱神社には両道入媛命(ふたじのいりひめのみこと)、大鳥井瀬神社には弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)がまつられます。いずれも日本武尊の妃として語られる女性たちです。
弟橘姫は、日本武尊が東国へ向かう途中、荒れた海を鎮めるために身を投げた姫として有名です。日本武尊の旅は、武勇の話として語られることが多いのですが、その周りには妃たちの名も残っています。大鳥五社を見ると、英雄ひとりの物語ではなく、その旅に関わった女性たちの名も土地に置かれていることが分かるのです。
与謝野晶子の本名にもある「鳳」
堺出身の歌人、与謝野晶子にも大鳥大社との関わりがあります。晶子の本名は、鳳志よう。生家は駿河屋という菓子屋で、堺の町に生まれ育ちました。
境内には、晶子の歌碑があります。
和泉なる
わがうぶすなの
大鳥の
宮居のすぎの
青きひとむら
「うぶすな」は、生まれた土地を守る神のことです。晶子にとって大鳥大社は、遠くの古社というより、自分の生まれた町の神だったのですね。ここでも「大鳥」と「鳳」がそっと並びます。神社名は大鳥、地名は鳳、歌人の本名にも鳳。鳥の字が、神社から町へ、人の名へと移っているのです。
針供養と、やわらかいコンニャク
大鳥大社では、二月八日に事始めの針供養が行われます。
針供養では、折れたり錆びたりした針を、豆腐やコンニャクのようなやわらかいものに刺して休ませます。ふだん布を刺し続けてきた針を、最後はやわらかいものへ刺す。道具に対する扱いが、ずいぶん人間くさいのです。
「事」はもともと田作り、農業の始まりを指したとされます。それが芸事や裁縫の始まりへ広がり、針をねぎらう行事として残りました。大鳥大社は日本武尊の武の神社として語られますが、境内の年中行事には、針のような小さな道具を休ませる日もあるんですね。
大鳥大社の見どころ・パワースポット

奥宮の明神影向石|創建ゆかりのパワースポット
奥宮には、明神影向石(みょうじんようごういし)と呼ばれる霊石があります。影向とは、神仏が姿を現すことを意味する言葉です。
この場所は、日本武尊の魂である白鳥が舞い降りた創建ゆかりの地とされます。中央にまつられる石は、創建以来の信仰の対象と伝わり、大鳥大社の中でも由緒の芯に触れる場所なんですね。
本殿に参拝したあと、奥宮まで足を向けると、白鳥伝説が社殿の中の話で終わらず、境内の一点に置かれていることが分かります。ここは、神が降りた場所として信仰されるパワースポットです。
根上がりの大楠と三つの池|運気上昇
大鳥大社の境内は、千種の森と呼ばれます。白鳥が降りたとき、一夜にしてさまざまな木が生い茂ったという伝承から生まれた名です。
境内には三つの池があり、東門そばの蓮池には白い鷺が来ることもあるとされます。白鳥の伝承をもつ社で、白い鷺が池に立つ。別の鳥なのに、どうしても白い鳥の話が重なって見えてしまうところがあります。
本殿寄りには、根上がりの大楠があります。根が地上に盛り上がる姿から、「根が上がる」「値が上がる」と受け取られ、商売繁盛や運気上昇を願う人にも親しまれています。森としての見どころであり、言葉の縁起から信仰を集めるパワースポットでもあります。
大鳥造の本殿と八角形の鳥居
大鳥大社の本殿は、大鳥造と呼ばれる形式で知られます。切妻造、妻入りの形をもち、古い神社建築の姿を伝えるものです。
明治の火災後に再建された社殿は、本殿、神門、拝殿が南北の軸に沿って並びます。令和七年には、本殿、神門と瑞垣、拝殿、神饌所と玉垣が堺市指定有形文化財になりました。神饌所(しんせんしょ)は、神さまへの供え物を整える建物です。参拝者の目は拝殿や本殿へ向きやすいのですが、供え物を支える建物まで文化財として見られているのですね。
拝殿前には、柱が八角形の鳥居もあります。鳥居の柱は丸いものを思い浮かべることが多いのですが、ここでは八角形です。白鳥、森、火鎮め、古代氏族の話を追ってきたあとに、最後は柱の形まで気になってくる。大鳥大社は、由緒の話と建築の細部が同じ境内に置かれている神社なのです。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
