日枝大神社の神社属性は、地属性です。
日枝大神社(ひえだいじんじゃ)は、神奈川県川崎市川崎区小田に鎮座する山王さんです。御祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)。天暦2年、948年に比叡山坂本の日吉大社から御分霊を迎えたと伝わります。
大山咋命は山の神として語られる神ですが、この神社がある小田は、かつて湿田や用水に支えられた土地でした。山の神が、川崎の低い水田地帯に来て、村の鎮守になったんですね。
この記事ではそんな日枝大神社についてご紹介いたします。まずは日枝大神社の属性相性から見ていきましょう。

地属性の日枝大神社と相性が良い属性・悪い属性

日枝大神社の相性は以下のようになります。
| 属性相性 | 属性 |
|---|---|
| 相性が良い属性 | 地属性・火属性・風属性 |
| 相性が悪い属性 | 水属性・空属性 |
| 日枝大神社の代表属性 | 地属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは日枝大神社の基本情報と、普段の参拝では知る機会の少ない話をご紹介していきますね。
日枝大神社の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県川崎市川崎区小田2丁目14-7 |
| ご祭神 | 大山咋命 |
| ご利益 | 地域守護、家内安全、五穀豊穣、厄除開運など |
| 祭事 | 例大祭、幣ざるなど |
| 公式HP | →日枝大神社の公式サイトはこちら |
日枝大神社は、小田の町の中に鎮まる古社です。創建は天暦2年、948年と伝わり、比叡山坂本の日吉大社から御分霊を迎えたことに始まります。
古くは「比叡宮」とも呼ばれ、日吉大社をはるかに拝む社だったんですね。江戸時代には小田村、下新田村、菅沢村の三村の総鎮守とされ、村をまとめて守る山王さんとして信仰されてきました。
御祭神の大山咋命は、山や土地を守る神として知られます。小田の地に祀られたことで、山の神が田や水路、村の暮らしを守る神として受け止められてきたのです。
日枝大神社にまつわる話
比叡山の山王が、小田の湿田へ来た
日枝大神社の始まりは、比叡山坂本の日吉大社から御分霊を迎えたことにあります。日吉大社は、比叡山と延暦寺を守る山王信仰の中心です。
「山王」と聞くと、まず山の神を思い浮かべます。ところが日枝大神社のある小田は、山ではなく、川崎の海寄りの低い土地です。小田という地名には、湿田や御田に由来するという話があります。
このあたりには、かつて二ヶ領用水の分水である小田村用水が通っていました。前沼耕地のあたりでは、湿田で田舟を使い、苗を植えたり収穫したりしたと伝わります。田んぼの中を歩くというより、舟を使って作業するほど水が身近な土地だったんですね。
比叡山の山王が、その小田に来る。山の神が、湿田と用水の村に祀られる。この取り合わせが、日枝大神社の面白いところなのです。
大山咋命は『古事記』では、日枝山に鎮まる神として出てきます。日枝山とは比叡山のことです。山に鎮まる神が、川崎の水田地帯で村の鎮守となる。神社の由緒をたどると、山と田が同じ神のもとに置かれていくんですね。
大山咋命と、鳴鏑を持つ神
大山咋命には、山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)という別名があります。「山の末の大きな主」と書きます。
この「山末」を、山のふもとと見る話もあり、山の頂と見る話もあります。ふもとにいる神なのか、山の高いところを治める神なのか。どちらにしても、山のどこか一点ではなく、山そのものを広く支配する神として見られていたのでしょう。
『古事記』では、大山咋命は鳴鏑(なりかぶら)を用いる神とも語られます。鳴鏑は、飛ぶと音が鳴る矢です。矢が音を立てて飛ぶと、そこに神の力が届いたことが分かります。山の中で、見えない境を音で知らせる道具だったのかもしれません。
大山咋命は、父を大年神(おおとしのかみ)、母を天知迦流美豆比売(あめちかるみずひめ)とする神です。大年神はスサノオの子にあたり、穀物や年の実りに関わる神でもあります。
大山咋命の兄弟筋には、かまどの神、庭の神、土地の神も並びます。山だけを見ている神ではなく、家、庭、土、田、村の暮らしのそばにいる神の一族なんですね。
日枝大神社が三村の総鎮守だったことも、この神の性格とよく合います。村の境、田の境、暮らしの境を、山王さんが見ていたのです。
申の日の祭りと、馬に乗った十二人
日枝大神社の古い例祭は、旧暦4月中の申の日に行われたと伝わります。山王信仰で申の日が出てくると、やはり猿が顔を出します。
日吉大社では、猿は神の使いとされます。「まさる」は「魔が去る」「勝る」に通じるとして、魔よけの意味を持ちました。日枝大神社にも「幣ざる」という授与品があり、十二支になぞらえた十二体の猿を、十二年で一つの円にする形になっています。
ところが、古い祭礼で目立つのは猿ではなく馬です。小田村、下新田村、菅沢村の三村を神輿が巡るとき、旧家の十二人が馬に乗って警固したと伝わります。
申の日の山王さん。十二体の幣ざる。十二人の馬上警固。数字の十二が、猿と馬と村の祭りの中で何度も出てくるんですね。
猿の神使をもつ山王さんの祭りで、馬に乗った人々が神輿を守る。小田の山王祭は、神話の猿と、村の旧家と、馬の足音が一緒に出てくる祭りだったのです。
日枝大神社の小話や裏話、豆知識

神体は丸い石、古い神体は日月星辰の扇だった
日枝大神社の古い姿をたどると、丸い石と、盗まれた扇の話が出てきます。
『新編武蔵風土記稿』に見える小田村山王社の記録では、神体は丸い石とされます。山王さんの神体が石であるというのは、山の神らしい話です。山の中の磐座(いわくら)、つまり神が宿る岩や石を思わせます。
ところが、別の話では、古い神体は黄金の開いた扇だったと伝わります。その扇には、日月星辰、つまり太陽、月、星々が鋳出されていたといいます。
しかも、その黄金の扇は盗まれたと伝わります。のちに真ちゅうで形を写したものを作り、祭礼のときに捧げ持ったそうです。
山の神を祀る社に、丸い石がある。さらに、太陽と月と星を載せた黄金の扇があり、それが盗まれる。神体の話としては、なかなか物騒で、妙に具体的なんですね。
扇は開くと半円に広がります。そこに日月星辰が置かれる。山王さんは比叡山の神でありながら、小田の村では石と扇の姿で語られてきました。丸い石と、開いた扇。形の違う二つの神体伝承が、同じ山王さんのまわりに残っているのです。
向かいの圓能院に残る山王権現の名
日枝大神社の向かいには、圓能院(えんのういん)があります。明治維新までは、このお寺が日枝大神社の別当でした。別当とは、神社の祭祀や管理に関わった寺のことです。
圓能院には、山王権現(さんのうごんげん)の名が残ります。権現とは、仏が神の姿で現れたものと考える神仏習合の言葉です。日枝大神社の山王さんは、かつて仏教の世界とも深く関わっていたんですね。
圓能院山王権現縁起には、天暦2年3月の申の日に、比叡山から山王権現を遷したと伝わります。山王権現の本地仏は阿弥陀如来、圓能院の本尊は大日如来とされました。
山王さん、阿弥陀如来、大日如来。神社とお寺が道を挟んで向かい合っているだけで、昔の人には別々の世界ではなかったのです。
比叡山の山王信仰も、もともと延暦寺と深い関係を持っていました。小田の日枝大神社でも、山王さんは神として祀られながら、山王権現として仏の名を背負っていたんですね。
日枝大神社の見どころ・パワースポット

社殿と境内の石造物
日枝大神社の境内では、社殿とともに古い石造物にも目を向けたいところです。見どころとしては、享保19年、1734年奉納の手水鉢、宝暦6年、1756年の旧鳥居、元禄15年の銘がある力石などが伝わります。
手水鉢は海石で作られたものとされます。山王さんを祀る神社に、海の石が置かれている。小田が海寄りの低地であったことを思うと、山の神と海の石が境内で出会っているようにも見えます。
力石は、若者たちが力くらべに使った石です。神社の境内は、祈りの場であり、村の人が集まる場でもありました。石を持ち上げることが、体力の証しにもなり、祭りの日のにぎわいにもなったのですね。
現在の社殿は、戦災を経たあと昭和31年に復興されたものです。古い由緒を持つ神社ですが、社殿そのものには近現代の川崎を生き抜いた時間も入っています。
幣ざる
幣ざるは、日枝大神社らしい信仰に触れられるものです。山王さんの使いである猿をかたどり、十二支になぞらえた十二体で一つの円を成す形になっています。
猿は、日吉・日枝・山王系の神社で大切にされる神使です。魔が去る、勝るという音から、魔よけや勝運の意味も持つようになりました。
日枝大神社の幣ざるは、十二年をかけて円を完成させます。一年で願いを急いで終わらせる形ではなく、十二支のめぐりの中で祈りを重ねていくところに、この神社の山王信仰が出ています。
信仰上のパワースポットとして見るなら、猿の力に願いを預ける場所です。災いを遠ざけ、暮らしが乱れずに続くことを願う、山王さんらしい祈りなんですね。
例大祭
日枝大神社の例大祭は、現在は5月の第3土曜・日曜に行われます。川崎市内で早い時期に行われる夏祭りとしても知られ、露店が並び、町が大きく動きます。
この祭りには、雨の話も残ります。小田村では祭りのころに雨が多く、雨乞いをしなくても山王さんのおかげで田が潤うと喜ばれたと伝わります。
小田は湿田や用水の土地でした。田に水がなければ、村の暮らしは成り立ちません。山王さんの祭りと雨の話が一緒に語られるのは、村の切実な願いがそこにあったからでしょう。
昔の神輿渡御では、旧家十二人が馬に乗って警固し、三村を巡ったといいます。今の祭りのにぎわいの奥に、村の境を神輿が回り、馬がそれを守った時代があるのです。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
神社属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
