品川神社の神社属性は、風属性です。
品川神社は、旧東海道の品川宿近くに鎮まる東京十社の一社です。
最初に祀られた天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)は、源頼朝が安房国から迎えた海上安全の神で、ここでいきなり房総半島と品川の海が結ばれます。
その後、稲荷の神、天王さま、徳川家康の面、富士講の築いた小さな富士山まで入ってきて、境内が港町らしい寄せ集め方をしているんですね。
この記事ではそんな品川神社についてご紹介いたします。まずは品川神社の属性相性から見ていきましょう。

風属性の品川神社と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 品川神社の属性 | 風属性 |
| 相性の悪い属性 | 空属性・火属性 |
| 相性の良い属性 | 風属性・地属性・水属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは品川神社の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。
品川神社の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都品川区北品川3丁目7-15 |
| ご祭神 | 天比理乃咩命、宇賀之売命、素盞嗚尊 |
| ご利益 | 祈願成就、航海安全、商売繁盛、厄除け など |
| 祭事 | 例大祭(北の天王祭)、七つ鳥居めぐり など |
| 公式HP | →品川神社の公式サイトはこちら |
品川神社は、文治3年(1187)創建と伝わる古社です。源頼朝が安房国の洲崎明神から天比理乃咩命を迎え、海上交通の安全と願いの成就を祈ったことが始まりとされます。
東京十社のひとつであり、東海七福神では大黒天を祀る神社としても親しまれています。境内には品川富士、阿那稲荷神社、一粒萬倍の泉、双龍鳥居などがあり、旧東海道の宿場町に近い神社らしく、海・商い・旅・祭りの話が同じ場所に集まっているんですね。
品川神社にまつわる話
頼朝が安房から迎えたヒリノメ
品川神社の最初の神は、天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)です。ヒリノメは、天太玉命(あめのふとだまのみこと)の后神とされる女神で、天太玉命は天岩戸の場面に出てくる祭祀の神です。
天岩戸の話では、天照大神(あまてらすおおみかみ)が岩屋にこもり、世界が暗くなります。そこで神々は鏡や玉や布を用意し、アメノウズメが踊り、外が妙に騒がしいのでアマテラスが少し顔を出します。その時に祭祀の道具を整える側にいるのが天太玉命なんですね。
ヒリノメはその后神です。夫が岩戸の前で祭りの道具を整える神なら、ヒリノメもまた、願いを形にして神へ差し出す側の神として見えてきます。品川神社で「祈願成就」というご利益が前に出てくるのも、この神名をたどると自然に見えてくるのです。
そして頼朝がこの神を迎えた元の場所が、安房国の洲崎明神です。今の千葉県館山市、東京湾をはさんで品川の向こう側にある海辺の神社ですね。鎌倉を拠点にした頼朝が、房総の海の神を品川へ迎える。品川はのちに東海道第一の宿場となりますが、そのずっと前から、ここには海を渡る人たちの目線が置かれていたのです。
品川という地名にも、水の話がつきまといます。目黒川の古い呼び名が「品川」だったという説があり、目黒川河口のあたりは中世に品川湊として栄えました。神社の創建に海上安全が出てくるのは、境内だけの話ではなく、土地そのものが海と川の入口だったからなんですね。
稲荷の神と天王さまが加わった三柱
品川神社の御祭神は、ヒリノメだけで終わりません。元応元年(1319)には、二階堂道蘊(にかいどうどううん)が宇賀之売命(うがのめのみこと)を祀ったと伝わります。宇賀之売命は、お稲荷さまと重ねて信仰される穀物や産業の神です。
港町に稲荷が入ると、米や作物だけの話では済まなくなります。品川は海の荷が動き、道中の人が泊まり、商いが立つ場所でした。稲荷の「稲」は田んぼの神のように見えますが、江戸の町では商売繁盛の神としてどんどん広がっていきます。米は年貢であり、商品であり、食べ物であり、命をつなぐ計算の単位でもありました。
さらに文明10年(1478)には、太田道灌(おおたどうかん)が素盞嗚尊(すさのおのみこと)を祀ったとされます。スサノオは『古事記』では、泣きわめいて海を治めず、姉のアマテラスのいる高天原で乱暴をし、最後には出雲でヤマタノオロチを退治する神です。追放される神なのに、疫病や災いを除く天王さまとして祀られる。神話の暴れ方と、町を守る力が同じ神の中に入っているんですね。
このスサノオが入ったことで、品川神社は「北の天王さま」としても知られるようになります。品川宿には南の天王さまにあたる荏原神社もあり、北と南で品川の祭りを支えてきました。宿場町をはさむように天王さまがいるというのは、旅人と商人が行き交う町らしい守り方です。
家康の面が神輿に乗る
品川神社の祭りで忘れられないのが、徳川家康が奉納したと伝わる「天下一嘗の面(てんかひとなめのめん)」です。慶長5年(1600)、家康は関ヶ原の戦いに向かう前に品川神社で戦勝を祈願し、その後、勝利の礼として面や神輿を奉納したと伝わります。
この面は、国常立尊面(くにのとこたちのみことめん)とも、赤面さまとも呼ばれます。もとは舞楽に用いられた面とされますが、江戸時代の中ごろ、疫病が流行した時に「この面を神輿につけて町を回れば人々を救う」というお告げがあったと伝わります。
面をしまって拝むのではなく、神輿につけて町へ出す。しかも赤い面です。病を追い払う神が、顔をつけて町中を回るのですね。品川神社の例大祭で神輿が急な石段を上り下りする姿には、この赤面さまの話も重なります。
例大祭は6月7日に近い金・土・日曜日に行われ、日曜日には宮神輿の渡御があります。正面の53段の石段を神輿が上り下りするので、見る側も担ぐ側も、足元を忘れられません。神輿には大拍子がつき、品川拍子を打ちながら進みます。祭りの音が、ただのにぎやかさではなく、神輿を動かす合図として働いているのです。
品川神社の小話や裏話、豆知識

品川富士は、一度こわされてまた築かれた
品川神社の境内には、品川富士と呼ばれる富士塚があります。明治2年(1869)から明治5年(1872)にかけて築かれたもので、富士山へ行けない人が、富士山を拝み、富士登山に近いご利益を受けるための築山です。
これを造ったのは、品川丸嘉講という富士講の人々でした。富士講は、富士山を信仰する人たちの集まりです。講の人たちは実際に富士山へ登り、登れない人のために江戸や周辺の町にも富士塚を築きました。
品川富士は、神仏分離の中で一度こわされ、明治5年に再築されたと伝わります。富士山を小さく造るだけでも大変なのに、それを一度失い、また造る。山を信仰する人たちにとって、品川の町にも富士山が必要だったのですね。
しかも、第一京浜国道の建設で東側が削られています。信仰の山が、近代の道路に少し食い込まれている。今の品川富士の形には、富士講の熱と、明治以降の町の変化がそのまま残っています。
目黒川が「品川」と呼ばれた話
品川という地名には、いくつかの説があります。その中に、目黒川の古い呼び名が「品川」だったという話があります。
今の目黒川は、桜並木の川として知られることも多いですが、河口に近づけば品川湊の話になります。中世の品川湊は、江戸湾の大事な港でした。船が入り、人が集まり、物が動く場所です。
頼朝が安房から海の神を迎えたという創建の話を思うと、ここで地名の話が戻ってきます。品川神社の始まりは、山の奥の神を迎えた話ではなく、海の向こうの神を港の近くへ迎えた話なのです。川の名、湊の名、宿場の名が同じあたりで混ざっているので、品川神社の由緒には最初から水辺の手触りがあります。
境内の裏に残った板垣退助の墓
品川神社の裏手には、板垣退助の墓があります。自由民権運動で知られる明治の政治家ですね。
もともとは東海寺の塔頭寺院であった高源院の墓地の一部でしたが、高源院が移転した時、品川神社に接する板垣家の墓域はそのまま残りました。神社の裏に、近代政治の人物の墓がぽつんと残る形になったのです。
板垣退助といえば「板垣死すとも自由は死せず」の言葉が知られています。神社の由緒をたどると頼朝、道灌、家康、家光と武家の名前が続きますが、境内の裏側へ回ると明治の自由民権運動の人に会う。品川という場所が、鎌倉、江戸、明治をひとつの徒歩圏に入れてしまうのです。
品川神社の見どころ・パワースポット

双龍鳥居と正面石段
品川神社の入口で目に入るのが、龍が巻きついた双龍鳥居です。鳥居の柱に龍がからむ姿は、見どころとして印象に残る場所です。
龍は水をつかさどる霊獣として語られることが多く、品川神社の海上安全や品川湊の話とも相性がよい存在です。ここでは、鳥居をくぐる前から水の神、海の道、港町の話が始まっているように見えます。
鳥居の先には石段があります。例大祭では、この石段を神輿が上り下りします。普段は参拝の入口であり、祭りの日には神輿が町へ出て戻る道になります。景観としての見どころであり、祭りの場面を知ると信仰上の意味も見えてくる場所です。
品川富士
品川富士は、文化財としての見どころであり、富士信仰のパワースポットです。富士山へ登ることが難しい人のために築かれた富士塚で、登ることで富士登山に近いご利益があると信じられてきました。
石段を上がっていくと、町中の神社にいるのに、富士山を小さくたどる形になります。大きな山をそのまま持ってこられないので、町の人たちは山を縮めて境内に造りました。縮めた山を登って、本物の山へ祈る。これが富士塚の面白いところです。
毎年7月上旬には山開きの神事も行われます。富士山の山開きと同じように、ここでも小さな山が祭りの季節を迎えるのです。
阿那稲荷神社と一粒萬倍の泉
本社の近くには、阿那稲荷神社があります。朱色の鳥居を進んだ先にあり、金運や商売繁盛を願うパワースポットとして知られています。
その奥にあるのが、一粒萬倍の泉です。「一粒萬倍」は、一粒の種が万倍の稲穂になるという言葉です。稲荷の神が穀物の神であることを思うと、この泉の名前はかなりまっすぐです。小さな種が大きな実りになるように、家業や商いも大きく育つことを願うのですね。
ここでは、お金や印鑑を清める参商いも大きく育つことを願うのですね。
ここでは、お金や印鑑を清める参拝も知られています。お金そのものを増やすというより、稲の一粒が実りになるように、日々の働きや商いが育つことを願う場所として見ると、品川の宿場町らしい祈りが残っています。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
| 属性 | 神社1 | 神社2 | 神社3 |
|---|---|---|---|
| 地属性 | 伊豆山神社 | 櫛田神社 | 御金神社 |
| 水属性 | 越木岩神社 | 検見川神社 | 江ノ島神社(江島神社) |
| 火属性 | 根津神社 | 鹿島神宮 | 東郷神社 |
| 風属性 | 阿佐ヶ谷神明宮 | 伊和神社 | 猿田彦神社 |
| 空属性 | サムハラ神社 | 玉置神社 | 金櫻神社 |
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
