防府天満宮の神社属性は、空属性です。
防府天満宮は、山口県防府市松崎町に鎮座する「日本最初の天神さま」です。菅原道真公(すがわらのみちざねこう)が太宰府へ向かう途中、周防(すおう)の勝間の浦に立ち寄り、「ここで無実の知らせを待ちたい」と願った話が残っています。道真公の身は太宰府へ向かうのですが、みたまは防府へ帰ってくる。防府天満宮の話は、そこから始まるんですね。
この記事ではそんな防府天満宮についてご紹介いたします。まずは防府天満宮の属性相性から見ていきましょう。

空属性の防府天満宮と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 防府天満宮の属性 | 空属性 |
| 相性の悪い | 地属性・風属性 |
| 相性の良い属性 | 空属性・水属性・火属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは防府天満宮の基本情報と、普段の参拝では知ることができない話をご紹介していきますね。
防府天満宮の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 山口県防府市松崎町14-1 |
| ご祭神 | 菅原道真公 |
| ご利益 | 学業成就、合格祈願、厄除開運、文化芸能上達など |
| 祭事 | 御神幸祭(裸坊祭)、御誕辰祭など |
| 公式HP | →防府天満宮の公式サイトはこちら |
防府天満宮は、菅原道真公を祀る天満宮のなかでも、創建が延喜4年(904)と伝わる古い社です。「扶桑菅廟最初(ふそうかんびょうさいしょ)」、つまり日本で最初に創建された天神さまと称されています。
防府という地名は、古代の周防国府に由来します。国府とは、今でいう県庁のように、その国の政治を行う役所が置かれた場所です。道真公が立ち寄った勝間の浦も、周防国府も、防府天満宮の由緒には欠かせない場所なんですね。
ご祭神は菅原道真公です。学問の神さまとして知られますが、防府天満宮では「無実の罪を着せられた道真公を慰める」という信仰が強く残っています。願いごとの中心に学業や合格がある一方で、まっすぐに生きた人の無念を慰め続ける神社でもあるのです。
防府天満宮にまつわる話
勝間の浦で待ちたかった「無実の知らせ」
菅原道真公は、平安時代の学者であり政治家でした。幼いころから学問に優れ、右大臣にまでのぼりますが、藤原時平(ふじわらのときひら)のうったえによって無実の罪を着せられ、昌泰4年(901)に太宰府へ流されます。
その西下の途中、道真公は周防国の勝間の浦へ着きました。今の防府市勝間のあたりで、当時は海に面した港でした。ここから先へ進むと九州です。道真公は、まだ都と地続きであるこの場所にとどまり、京からの「無実の知らせ」を待ちたいと願ったと伝わります。
この話は『松崎天神縁起絵巻(まつざきてんじんえんぎえまき)』にも描かれています。道真公は太宰府へ向かう途中なのに、心は都からの知らせを待っている。太宰府へ流される人が、防府で止まりたがる。そこに防府天満宮のはじまりがあります。
道真公は延喜3年(903)2月25日、太宰府で亡くなりました。その日、勝間の浦に神光が現れ、酒垂山(さかたりやま)に瑞雲(ずいうん・めでたいしるしとされた雲)がたなびいたと伝わります。周防国司や里の人々は、道真公のみたまがこの地へ帰ってきたと受け取り、翌年、松崎の地に社を建てました。これが防府天満宮、はじめは「松崎の社」と呼ばれたお社なんですね。
御神幸祭は、毎年「無実の知らせ」を届ける祭り
防府天満宮の大きな祭りに、御神幸祭(ごじんこうさい)があります。裸坊祭(はだかぼうまつり)とも呼ばれ、大勢の人が御網代輿(おあじろこし)を引き、道真公ゆかりの勝間の浦へ向かいます。
この祭りで運ばれるのは、にぎやかな神事だけではありません。道真公のみたまへ、毎年「無実の知らせ」を届けるための祭りです。
都では、道真公の左遷の詔が取り消され、位も贈られました。けれど防府に帰ってきた道真公のみたまへ、直接その知らせが届くまでには時間がかかりました。寛弘元年(1004)、創建から百年にあたる年に、天皇の使いが防府へ下り、道真公の無実を奏上したと伝わります。
そこから御神幸祭は、「知らせを届ける祭り」として続いてきました。太宰府で亡くなった道真公に、勝間の浦まで知らせを届ける。道真公は学問の神さまですが、防府では今も、ひとりの人の無念に毎年向き合っているのです。
土師氏と、道真公の古い血筋
防府天満宮の由緒には、土師氏(はじし)という氏族が出てきます。道真公の菅原家は、この土師氏の流れをくむ家です。
防府天満宮では、菅原道真公とともに、天穂日命(あめのほひのみこと)、武夷鳥命(たけひなどりのみこと)、野見宿禰(のみのすくね)も祀られます。天穂日命は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の子、武夷鳥命はその子、野見宿禰は土師氏の祖とされる人物です。
野見宿禰は、相撲の祖としても知られます。垂仁天皇の時代に当麻蹴速(たいまのけはや)と力比べをした人物で、また古墳に立てる埴輪(はにわ)の由来とも結びつけられます。土を扱う氏族である土師氏から、学問の家である菅原家へ。土と墓、力比べ、朝廷の儀礼、そして学者の家。道真公の系譜には、思ったより古いものが入っているんですね。
防府の国司として道真公を迎えた人物にも、土師信貞(はじののぶさだ)の名が伝わります。同族の国司を頼って、道真公は勝間の浦に立ち寄った。血筋の話が、港の話になり、そこから天満宮の創建へ進んでいくのです。
防府天満宮の小話や裏話、豆知識

牛は天神さまのお使いで
天満宮といえば牛です。道真公が亡くなったあと、亡きがらを牛車に乗せて運ぶと、牛が伏せて動かなくなったため、その場所に葬ったという伝承が太宰府に残ります。そこから、牛は天神さまのお使いとして大切にされてきました。
防府天満宮にも牛にまつわる神事があります。節分に行われる牛替神事(うしかえしんじ)です。この神事では、秋の御神幸祭に供奉する神牛役がくじで定められます。天神さまの牛が、学問成就の象徴として座っているだけでは終わらず、秋の大祭へ向けて実際に役をもつんですね。
牛は道真公の死後の葬送に出てきて、天満宮の境内に臥牛として置かれ、さらに防府では祭りの役まで担う。天神信仰の牛は、思っているより忙しいのです。
金の鮎12尾と佐波川の若鮎
防府天満宮には、金鮎祭(きんあゆさい)という祭りもあります。道真公が太宰府へ向かう途中、勝間の浦で人々から厚くもてなされ、その感謝として金の鮎12尾を国司の土師信貞へ託したと伝わります。
この「金の鮎」は、ただの豪華な贈り物として見るより、勝間の浦でのもてなしと、周防国府の人々との関係を物語るものです。鮎は川の魚です。防府には一級河川の佐波川(さばがわ)があり、現在の金鮎祭では佐波川の若鮎が神前に供えられます。
金の鮎12尾は火災で失われましたが、のちに復元されました。道真公が港に着き、国司に鮎を託し、今は佐波川の若鮎が供えられる。海から来た人の話が、川の供物で続いているのが防府らしいところなんですね。
水が酒に変わった酒垂山の話
防府天満宮の背後には、天神山があります。古くは酒垂山とも呼ばれました。この名には、水が酒に変わったという話が残ります。
建久6年(1195)、東大寺再建で知られる俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)が防府天満宮の社殿を造り替えたころ、工事にたずさわる人々が山中の岩から湧く水を飲んでいました。すると、その水がいつの間にか香りのよい酒の味に変わったと伝わります。
水の神なのに火事を防ぐ、という話は各地にありますが、防府では水が酒になる。酒は神前に供えられるもので、祭りにも人の働きにも関わります。社殿を造る人たちの水が、神の喜びを示す酒になる。酒垂山という名は、山の水と社殿造営の記憶をそのまま抱えた名前なんですね。
現在、境内には酒垂神社があり、商売繁盛や事業繁栄を願う参拝者にも親しまれています。水が酒に変わる話から、なぜ商売なのか。酒は人が集まる場、祝いの場、商いの場にも出てくるものです。山の湧水が酒になる話は、暮らしの景気まで連れてくるのです。
防府天満宮の見どころ・パワースポット

松崎天神縁起絵巻と歴史館
防府天満宮の歴史館には、重要文化財の『松崎天神縁起絵巻』が伝わります。応長元年(1311)に作られた全6巻の絵巻で、道真公の生涯や天神信仰、防府天満宮の創建由来を描いたものです。
見どころとして大きいのは、防府天満宮の創建に関わる話が、絵として残されているところです。勝間の浦、酒垂山、松崎の社。文字で読むと地名の列になりがちな話が、絵巻では人が動き、船が着き、社が建つ場面として現れます。
防府天満宮の由緒を深く見たい人にとって、歴史館は見どころです。宝物を眺める場所というより、道真公が防府へどう迎えられたのかを、絵でたどる場所なんですね。
春風楼と大専坊跡
境内の春風楼(しゅんぷうろう)は、登録有形文化財です。もとは五重塔を建てる計画から始まり、計画が変わって楼閣の形になりました。床下には、五重塔の一層目に使うはずだった組物が使われています。
塔になるはずだった木組みが、楼閣の床下に残る。建物の姿は変わりましたが、最初の計画の骨は残っているんですね。春風楼は、建築の見どころであり、防府の町を見渡せる場所でもあります。
その近くにある大専坊跡(だいせんぼうあと)も、防府天満宮の神仏習合を語るうえで欠かせません。かつて境内には複数の僧坊があり、一山を酒垂山満福寺と称しました。神社の中に寺の働きがあり、僧坊があり、そこに武将や志士たちも関わってくる。防府天満宮は、天神信仰だけでなく、寺院、毛利氏、幕末の動きまで背負っているのです。
酒垂神社と参道
酒垂神社は、パワースポットとしても参拝される場所です。酒垂山の湧水が酒に変わったという伝承と結びつき、商売繁盛や事業繁栄を願う人に親しまれています。
防府天満宮の参道には、石鳥居、狛犬、石段、春風楼、酒垂神社と、古い話を持つものが並びます。とくに石の大鳥居は、江戸時代初めに毛利氏が寄進したものとされ、参道の入口で宮市の町と天満宮を分けています。
参道を歩くと、道真公の話だけでなく、神仏習合、毛利氏、商いの町、宿場町の宮市まで入ってきます。防府天満宮の参道は、社殿へ向かう道であり、周防国府の町から天神さまの山へ上がっていく道なのです。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
