大宮八幡宮の神社属性は、地属性です。
東京都杉並区の大宮八幡宮は、善福寺川のそばに鎮まる八幡さまです。創建の話では、奥州へ向かう源頼義の軍がこの地に差しかかったとき、空に八筋の白い雲がなびき、源氏の白旗のように見えたと伝わります。
頼義はこれを八幡大神の守りと受け取り、勝って戻ったのち、京都の石清水八幡宮から御分霊を迎えました。その境内の北には弥生時代末の墓や祭りの跡もあり、八幡さまが祀られるよりずっと前から、人がこの水辺を特別な場所として見ていたようなんですね。
この記事ではそんな大宮八幡宮についてご紹介いたします。まずは大宮八幡宮の属性相性から見ていきましょう。

地属性の大宮八幡宮と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 大宮八幡宮の属性 | 地属性 |
| 相性の悪い属性 | 水属性・空属性 |
| 相性の良い属性 | 地属性・火属性・風属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは大宮八幡宮の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。
大宮八幡宮の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都杉並区大宮2-3-1 |
| ご祭神 | 応神天皇、仲哀天皇、神功皇后 |
| ご利益 | 厄除開運、安産、子育て、縁結びなど |
| 祭事 | 大宮八幡祭り、蟇目の儀と大的式など |
| 公式サイト | →大宮八幡宮の公式サイトはこちら |
大宮八幡宮は、「東京のへそ」「子育て厄除け八幡さま」として親しまれている神社です。ご祭神は、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后の三柱で、親子の神さまを祀るところから、安産や子育て、縁結びの信仰が厚いんですね。
創建は康平6年、源頼義が石清水八幡宮から御分霊を迎えたことに始まると伝わります。古くは「多摩の大宮」「武蔵国八幡一之宮」とも呼ばれ、広い社地から「大宮」という社名や地名が語られてきました。
大宮八幡宮にまつわる話
八条の白雲を見た源頼義と、石清水から来た八幡さま
大宮八幡宮の始まりには、源頼義(みなもとのよりよし)が出てきます。
天喜年間、奥州で前九年の役が起こり、頼義はその乱を鎮めるために軍を進めていました。その途中、この大宮の地に差しかかったとき、大空に白い雲が八筋たなびいたと伝わります。八筋の白雲が、源氏の白旗のように見えたのです。
頼義はその雲を八幡大神の守りと受け取りました。そして、戦いに勝って戻ることができたら、この地に社を建てると誓います。こうして奥州を平定したのち、康平6年に京都の石清水八幡宮から御分霊を迎え、大宮八幡宮が創建されたと伝わるんですね。
八幡さまは、もとは応神天皇を神として仰ぐ信仰です。宇佐で始まった八幡信仰は、京都の石清水八幡宮で都の守りとなり、源氏の氏神としても深く信仰されました。大宮八幡宮の創建話では、その八幡さまが「雲」と「白旗」と「戦の勝利」を通して、武蔵野のこの地へやって来るのです。
頼義の子、源義家(みなもとのよしいえ)もこの社に関わります。義家は八幡太郎と呼ばれた武将で、後三年の役のあと、父にならって社殿を修め、境内に千本の若松を植えたと伝わります。親子二代で戦のあとに社を整える。ご祭神もまた、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后という親子三神です。
大宮八幡宮では、神さまの親子と、源氏の親子が同じ境内で顔を合わせているように見えるんですね。
お腹の中にいた応神天皇と、子育て厄除け八幡
大宮八幡宮のご祭神は、応神天皇(おうじんてんのう)、仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)、神功皇后(じんぐうこうごう)です。
応神天皇は『古事記』では品陀和気命(ほむだわけのみこと)、仲哀天皇は帯中津日子命(たらしなかつひこのみこと)、神功皇后は息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)という名でも語られます。
この三柱でまず引っかかるのは、応神天皇が「生まれる前」から話の中心にいることです。応神天皇は、母の神功皇后のお腹にいたときから神威を示したとされ、「胎中天皇」ともたたえられました。胎内にいる子が、すでに天皇として語られる。神話の時間は、まだ生まれていない子まで歴史の中へ入れてしまうんですね。
神功皇后の話には、鎮懐石(ちんかいいし)も出てきます。皇后は御子を宿したまま出陣し、腰の帯に石を結んで出産を遅らせたと伝わります。そして海を越える遠征を終え、北九州へ戻ってから無事に御子を産みました。その場所が「宇美」と語られるのも、産むという言葉がそのまま地名になったようで、かなり直截です。
大宮八幡宮で安産祈願や子育ての信仰が厚いのは、この親子三神の話が根にあります。神功皇后が御子を抱く「子守神功皇后の図」には、武内宿禰(たけうちのすくね)も描かれます。黒雲、つまり厄を振り払って母子を守る姿です。
ここでは、戦の神としての八幡さまが、赤ん坊を抱く母のそばにもいるのです。白雲で軍を守った神が、黒雲を払って子を守る。色まできれいに反対になっているんですね。
善福寺川のほとりに出てきた、八幡さま以前の聖域
大宮八幡宮の話を追っていくと、源氏より古いところへ降りていきます。境内の北につづく旧境内地、善福寺川沿いの大宮遺跡から、弥生時代末の方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)が見つかっています。方形周溝墓は、四角く溝をめぐらせた墓です。そこから土器、勾玉、ガラス玉などが出ています。
勾玉やガラス玉は、墓の主の体の近くから出たとされます。つまり、その人が生きていたときに身につけていたものを、そのまま墓へ入れた可能性があるんですね。土器もきれいに作られていて、この善福寺川の小さな流域に、独自に育った暮らしと、力を持った人物がいたことを思わせます。
善福寺川は、善福寺池を水源として杉並区の中央を南東へ流れ、中野区で神田川に合流します。その流域には、松ノ木遺跡、大宮遺跡、済美台遺跡などが並びます。水があり、低地があり、そのそばに高まりがある。そこで人は住み、墓をつくり、祭りをしたのでしょう。大宮八幡宮の杜は、康平6年に突然神聖になった場所ではなく、ずっと前から人の生活と死と祭りが置かれていた土地なのです。
大宮八幡宮が「多摩の大宮」と呼ばれたのも、この広い神域と土地の古さを思うと、少し見え方が変わります。大宮とは大きな宮。秩父には秩父神社の大宮があり、足立には氷川神社の大宮があり、ここ杉並には多摩の大宮がありました。
いまの住宅地の中にある神社として見ると静かな杜ですが、古い武蔵の地図の上では、ずいぶん大きな呼び名を持っていたんですね。
大宮八幡宮の小話や裏話、豆知識

白羽の矢と、音で魔を払う蟇目の儀
大宮八幡宮の厄除け信仰には、白羽の矢が出てきます。創建の縁起では、八筋の白雲が源氏の白旗のように見えたと語られました。白いものが、守りのしるしとして現れるのです。その白は、破魔矢や白羽の矢の信仰にもそのまま残ります。
毎年正月2日には、小笠原流による蟇目(ひきめ)の儀と大的式(おおまとしき)が奉納されます。蟇目の矢は、的に当てるための矢というより、飛ぶときに音を出す矢です。
鏑矢のように空気を切って鳴り、その音で魔を払うとされます。矢で射る前に、音で祓う。武の神を祀る社らしいのに、まず耳に届く音が働くんですね。
「白羽の矢が立つ」という言葉は、今では誰かが選ばれる意味で使われます。大宮八幡宮では、その白羽の矢が厄除け守護の神矢として授けられます。選ばれる矢ではなく、家や職場にまつって禍を払う矢です。白雲、白旗、白羽の矢。大宮八幡宮の話には、白いものが何度も出てきます。
菊に綿をかぶせる重陽と、梶の葉に歌を書く七夕
大宮八幡宮には、平安の宮中行事を思わせる祭事も残っています。その一つが、重陽の節句の菊被綿(きくのきせわた)です。
重陽は9月9日、九という陽の数が重なる日です。菊被綿では、前日の9月8日に菊の花を白、赤、黄の真綿でおおい、菊の香りと夜露を綿に移します。そして翌朝、その綿を顔に当てて若さを保とうとしました。花を見る行事に見えて、実際には香りと露を綿へ移し、それを肌に受けるのです。菊の霊力を、かなり具体的に身体へ取り込む作法なんですね。
七夕の乞巧奠(きっこうでん)も、大宮八幡宮で再現されています。乞巧奠は、詩歌、管弦、書道、裁縫などの上達を願う行事です。ここでは梶の葉も出てきます。七夕の朝、芋の葉についた朝露で墨をすり、梶の葉に歌を書く。それが短冊の始まりと語られます。
七夕というと笹と短冊を思い浮かべますが、古い形では、葉に露を集め、そこに字を書くんですね。水をくむのではなく、葉の上の朝露を使う。紙に書く前に、梶の葉へ歌を書く。大宮八幡宮の年中行事には、こういう古い手触りが残っています。
大宮八幡宮の見どころ・パワースポット

多摩清水社|御神水が湧く水神のパワースポット
多摩清水社(たましみずのやしろ)は、神門を出た茶室入口のそばにあります。ここでは今も御神水が湧き出ていて、8月1日には水神祭が行われます。盛夏の水が大切な時期に、水の恵みに感謝する祭りです。
善福寺川のそばにある大宮八幡宮で、境内にも水を祀る場所がある。この水は、安産や子育ての祈りとも相性がよく見えます。神功皇后は海を越え、宇美で御子を産み、境内では水神に感謝する。命を運ぶ話のそばに、水が置かれているんですね。
多摩清水社は、御神水の場所としてのパワースポットです。浄化、延命、水の恵みへの感謝を感じたい方は、社殿への参拝とあわせて立ち寄りたい場所です。
夫婦銀杏と共生の木|縁結び・夫婦和合のパワースポット
神門の両袖に立つのが、夫婦銀杏(めおといちょう)です。男銀杏と女銀杏があり、神門を出るときに振り返ると、二本の大きさがよく分かります。参拝へ向かうときは社殿に目が行きますが、帰るときに見上げる木なんですね。
夫婦銀杏は、夫婦和合や縁結びの象徴として親しまれています。ご祭神が親子三神であることを考えると、境内の木まで家族の形を見せてくるようです。神功皇后が子を抱き、応神天皇が胎中天皇と呼ばれ、神門には夫婦の銀杏が立つ。大宮八幡宮の信仰は、戦の勝利から始まりながら、境内では家族の姿へ何度も戻ってくるんですね。
もう一つ、共生の木も見どころです。かやの木に犬桜が寄生し、二つの木が一本の幹で生きています。夫婦銀杏が二本で並ぶ木なら、共生の木は一本の中に二つがいる木です。こちらも夫婦和合や相互扶助のパワースポットとして見られています。
赤門と力石石庭|江戸の名残と若者の力比べが残る見どころ
北側にある赤門は、もとは正門だった門です。現在の位置へ移されたあと、改修の際に扉板から江戸中期以前の書き込みが見つかっています。釘で書いたような文字が、門の内側から出てくる。人が通るための門が、あとになって時代を閉じ込めていた板として現れるのです。
近くには力石石庭もあります。力石は、明治・大正時代に近くの若者たちが力を競った石です。最大のものは50貫、今の重さで約187キロもあります。神社の境内で、若者が石を持ち上げて力を見せる。祭りの熱や村の人間関係が、そのまま石の重さになって残っているようなんですね。
このあたりは、歴史の見どころとして歩くとおもしろい場所です。神さまの由緒だけを追う参拝と、門や石や古い道具を見る参拝では、同じ境内でも見えるものが変わります。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
