尾山神社の神社属性は、地属性です。
金沢の中心で、尾山神社の神門は少し不思議な顔をしています。アーチがあり、色ガラスがあり、屋根の上には避雷針が伸び、明治の神社なのに港へ向かう船の目印にもなったという話があります。
祀られているのは、加賀百万石の祖・前田利家公(まえだ・としいえこう)です。利家公の神霊は、まず別の神社を移す形の奥に置かれ、徳川の目を気にしながらひそかに祀られました。金沢城、卯辰山、旧金谷御殿、辰巳用水へと、尾山神社の話は城下町の内側を歩いていくんですね。
この記事ではそんな尾山神社についてご紹介いたします。まずは尾山神社の属性相性から見ていきましょう。

地属性の尾山神社と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 尾山神社の属性 | 地属性 |
| 相性の悪い属性 | 水属性・空属性 |
| 相性の良い属性 | 地属性・火属性・風属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは尾山神社の基本情報と、普段の参拝では知りにくい話をご紹介していきますね。
尾山神社の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 石川県金沢市尾山町11-1 |
| ご祭神 | 前田利家公 |
| ご利益 | 出世開運、勝負運、夫婦円満、家内安全など |
| 祭事 | 例祭、百万石まつりなど |
| 公式HP | →尾山神社の公式サイトはこちら |
尾山神社は、加賀百万石の祖として語られる前田利家公を祀る、金沢城公園にも近い神社です。金沢の中心部にありながら、神門には和風・中国風・洋風が入り混じり、上層の色ガラスが目を引きます。
利家公は槍の名手として「槍の又左」と呼ばれた武将で、出世開運や勝負運を願う参拝先として親しまれているんですね。境内には利家公の像や旧金谷御殿の庭もあり、武家の屋敷跡に神社が置かれたことが、そのまま見どころになっています。
尾山神社にまつわる話
利家公を祀るまでに、一度まわり道をした話
前田利家公は、織田信長に仕え、豊臣秀吉の時代にも重く用いられた武将です。若いころの名は犬千代(いぬちよ)。槍の扱いで知られ、「槍の又左」と呼ばれました。戦国の武将らしい呼び名ですが、利家公の死後、その名を神として正面から掲げるには、かなり神経を使う時代が来ます。
利家公が亡くなったのは慶長4年、関ヶ原の戦いの前年です。豊臣家と徳川家康のあいだで空気が張りつめ、前田家も家の存続を考えなければなりませんでした。二代藩主の前田利長(まえだ・としなが)は、父を祀りたい。けれど、加賀百万石の祖を大きく神として祀る姿は、徳川から見ると前田家の力を示すものにもなります。
そこで使われたのが、卯辰山(うたつやま)のふもとです。物部八幡宮(もののべはちまんぐう)と榊葉神明宮(さかきばしんめいぐう)を移す形を取り、その奥に利家公の神霊を祀ったと伝わります。表に出る名目と、奥で本当に祀りたい人がずれている。戦で勝つより、祀り方を間違えずに家を残すほうが難しい時代だったのですね。
卯辰山は金沢城から見ると東の山です。のちに利家公の神霊は、旧金谷御殿の跡に移されます。ここが明治に尾山神社となりました。尾山神社の参拝は、加賀藩祖を祀る神社へ行くことでもあり、前田家が徳川の時代をどう渡ったかを境内でたどることでもあるんです。
六月の百万石まつりで思い出されるのは、天正11年6月14日、利家公が金沢城へ入った場面です。城へ入った日の晴れやかさと、死後に慎重な形で祀られた話が、同じ利家公の名のもとに集まります。尾山神社の祭りを見ると、武将としての出発と、神として祀られる後日談が同じ町の中に置かれているんですね。
利家公のそばにいる、お松の方の話
利家公の話をすると、正室のお松の方(おまつのかた)がすぐそばに出てきます。出家後は芳春院(ほうしゅんいん)と呼ばれた人です。利家公が槍を持って戦場に立った人なら、お松の方は前田家を残すために、戦場から離れた場所で重い役目を背負いました。
利家公の死後、徳川家康と前田家のあいだには緊張がありました。前田家が本気で徳川に逆らうのか、従うのか。そこでお松の方は江戸へ下ります。人質という形です。大名家の妻が江戸に入ることは、刀を交えない服従のしるしにもなりました。
尾山神社で利家公を祀る話は、武勇の話から始まります。でも前田家が加賀で続いた背景には、槍を振るう場面と、家のために江戸へ行く場面が並んでいます。夫婦円満のご利益で語られることもありますが、この夫婦の話には、家を残すために夫の死後も妻が政治の中へ入っていく重さがあります。
金沢城のそばで、御殿跡が神社になった話
尾山神社が建つ場所は、旧金谷御殿の跡です。金谷御殿は、加賀藩主の住まいとして使われた屋敷で、金沢城のすぐ西側にありました。城のそばの御殿跡に、藩祖を祀る神社が置かれる。場所の選び方そのものが、前田家の歴史をかなり強く語っています。
金沢城は、犀川(さいがわ)と浅野川(あさのがわ)にはさまれた台地の先に築かれました。城下町の水は、火事を防ぐためにも、暮らしを支えるためにも切実でした。寛永の大火のあと、辰巳用水(たつみようすい)が造られ、城へ水を引く仕組みが整えられていきます。水を高い城へ送るために、谷を越え、地下を通し、逆サイフォンの仕組みまで使った水路です。
尾山神社の旧金谷御殿庭園にも、この辰巳用水の水が引かれていました。利家公を祀る神社の庭に、城を守るための水が入ってくる。戦国武将の神社なのに、境内を歩いていると、槍よりも水路の工夫が顔を出すんですね。
槍、なまず尾、梅鉢。利家公のまわりに残る印
利家公の印としてよく知られるのが、金のなまず尾のかぶとです。細長く反った形がなまずの尾に見えるため、そう呼ばれます。戦場で目立つためのかぶとですが、なまずという生き物の名が付くと、泥の底、水底、地震を知らせる魚といった日本の古い感覚までまとってしまいます。
前田家の家紋には、梅鉢(うめばち)も出てきます。梅鉢は菅原道真(すがわらのみちざね)と関係が深い紋で、前田家は菅原氏の末裔(まつえい)を称しました。武将の家なのに、紋の奥へ行くと天神さまの梅が出てくる。槍を持つ利家公の話から、学問の神として知られる道真公の紋へ話が伸びるのです。
境内には、摂社の金谷神社(かなやじんじゃ)もあります。そこには歴代の前田家当主や正室たちが祀られています。尾山神社は利家公を中心にした神社ですが、境内を少し歩くと、ひとりの武将の武功から、前田家という家が金沢に何代も根を張ったことまで見えてくるんですね。
尾山神社に小話や裏話、豆知識

神門の色ガラスは、海の船にも見えた
尾山神社の神門は、明治8年に建てられた和漢洋折衷の門です。下の層には戸室石(とむろいし)が使われ、上のほうには色ガラスがはめ込まれています。ギヤマンと呼ばれる古い言い方のガラスです。
この色ガラスは、夜になると灯りを受け、遠くからも目立ったといわれます。金沢の海側、金石(かないわ)方面を行く船が目印にしたという話も残ります。神社の門が、参拝者を迎える門であり、海から来る船のしるしにもなった。金沢の町中に建つ門が、日本海の船にまで役目を持っていたのですね。
さらに神門の上には、避雷針があります。明治の神社建築の屋根に、雷を避けるための金属が伸びている。神仏の守りと、西洋の技術が同じ門の上に乗っているのが、尾山神社らしいところです。
東神門の龍が、水を呼んで火を避けた話
境内の東神門は、金沢城二ノ丸御殿にあった唐門だったと伝わります。城の門が、時を経て神社の門になる。金沢城と尾山神社の距離が近いことを、門そのものが物語っているんですね。
この東神門には、火事のときに龍が水を呼び、門だけが焼け残ったという伝説があります。龍は雨や水を呼ぶ霊獣として語られることが多く、寺社の彫刻にもよく現れます。火の中で門を守ったのが、門に彫られた龍だったという話です。
尾山神社には、神門の色ガラス、東神門の龍、庭園の水、辰巳用水と、水にまつわる話がいくつも出てきます。祀られているのは槍の武将なのに、境内の細部へ目を向けると、水があちこちに現れるんですね。
尾山神社の見どころ・パワースポット

神門|和漢洋折衷の建築
尾山神社の神門は、境内で最初に目を奪われる見どころです。三層の門に、和風の屋根、中国風の意匠、洋風のアーチと色ガラスが組み合わされています。明治の金沢で、神社の門にこれだけ西洋の形を入れたことが、まず目を引きます。
上層の色ガラスは、太陽の向きや時間で見え方が変わります。暗い時間には灯りを受け、金石方面の船の目印になったとも伝わります。参拝の入口でありながら、町の外へ向けても役目を持った門なのです。
旧金谷御殿庭園|水と石をめぐる景観
旧金谷御殿庭園は、池のまわりを歩いて楽しむ池泉回遊式の庭園です。中島や橋、滝石組が配され、琴橋、図月橋、八ツ橋など、雅楽や装束を思わせる名も残っています。武家の御殿跡にある庭として、景観の見どころです。
この庭には、かつて辰巳用水の水が引かれていました。辰巳用水は、金沢城の防火や水利のために造られた水路です。庭の池を眺めていると、きれいな庭園という印象から、城を守る水の仕組みへ話が進みます。尾山神社の中で、金沢城下の水の工夫に触れられる場所なんですね。
利家公像と金鯰尾兜|勝負運と出世開運を願う場所
境内の利家公像は、勝負運や出世開運を願う場所として親しまれるパワースポットです。利家公は若いころから武功を重ね、加賀百万石の礎を築いた人物です。仕事で勝負をかけたいとき、役目を広げたいとき、その人生にあやかって手を合わせる人も多いんですね。
利家公を語るうえで、金鯰尾兜(きんのなまずおのかぶと)も外せません。金色で大きく反ったかぶとは、戦場で自分の存在を示すための道具でした。神社で願う勝負運は、力任せの勝敗より、自分の役目を引き受けて前へ出る力に近いものとして受け取れます。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
