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【神社属性:地属性】神田明神|江戸東京を守り続ける江戸総鎮守

神田明神の神社属性は、地属性です。

神田明神は、東京の神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内あたりを見守る、江戸総鎮守として知られる神社です。現在の社殿は外神田の高台にありますが、話の出発点は大手町の将門塚のあたりにあります。

出雲の神である大己貴命(おおなむちのみこと)を祀った社に、東国の武将だった平将門命(たいらのまさかどのみこと)の御霊(みたま)が入り、さらに江戸城の表鬼門を守る神社になっていく。神田明神は、東京の真ん中にありながら、出雲神話、将門伝承、江戸の祭り、市場の水神まで出てくる場所なんですね。

この記事ではそんな神田明神についてご紹介いたします。まずは神田明神の属性相性から見ていきましょう。

目次

地属性の神田明神と相性が良い属性・悪い属性

神社属性の相性相関図
項目属性
神田明神の属性地属性
相性の悪い属性水属性・空属性
相性の良い属性地属性・火属性・風属性

相性が悪い場合でも、参拝を控える必要はありません。相性表は楽しみ方のひとつなので、安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

【神社属性】地・水・火・風・空の特徴と性格傾向・相性まとめ

さて、ここからは神田明神の基本情報と、普段の参拝では知りにくい話をご紹介していきますね。

神田明神の基本情報

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項目内容
所在地東京都千代田区外神田2-16-2
ご祭神大己貴命、少彦名命、平将門命
ご利益縁結び、商売繁昌、医薬健康、厄除けなど
祭事神田祭、例大祭
公式HP→神田明神の公式サイトはこちら

神田明神の正式な社名は神田神社です。神田、日本橋、秋葉原、大手町、丸の内など、東京の中心部にある多くの町の氏神として信仰されてきました。

境内で親しまれている「だいこく様」は大己貴命、「えびす様」は少彦名命です。そこに、平安時代の武将で、のちに江戸の守護神として祀られた平将門命が加わります。

商売繁昌や縁結びの神社として知られますが、その内側には、出雲の国づくり、常世から来た小さな神、首塚にまつわる御霊信仰、江戸城を守る表鬼門の信仰が入っているんですね。

神田明神にまつわる話

神社は湯島へ移り、将門塚は大手町に残った

神田明神のはじまりは、現在の大手町、将門塚のあたりだったと伝わります。社伝では、天平2年に出雲系の氏族である真神田臣(まかんだおみ)が、この地に大己貴命を祀ったのが始まりとされます。

大己貴命は、大国主神(おおくにぬしのかみ)とも呼ばれる出雲の神です。神田明神は江戸の神社として有名ですが、最初に祀られた神さまをたどると、出雲の国づくりの神に行き着くんですね。

その後、神田明神の近くにあった将門塚の話が、神社の由緒に関わってきます。将門塚は、平将門(たいらのまさかど)の首を納めた場所だと伝わる塚です。将門は平安時代に関東で勢力を持った武将で、天慶の乱で討たれました。京都でさらされた首が東国へ飛んできたという話があり、その首を納めた場所が、現在の将門塚だと伝わります。

将門塚のあたりでは、のちに災いが続いたとも語られました。そこで時宗の真教上人(しんきょうしょうにん)が将門の御霊を慰め、延慶2年には将門命が神田明神に祀られたとされます。

はじめは出雲の神である大己貴命を祀った社でした。そこへ、東国で討たれた将門公の御霊が加わります。神田明神では、出雲の国づくりの神と、関東の武将だった将門公が、同じ社の中で祀られることになったんですね。

江戸時代に入ると、神田明神は江戸城の拡張にともない、現在の外神田へ移りました。けれど、将門塚は大手町に残ります。

神社は外神田へ移り、将門公の塚は大手町に残る。神田明神をたどると、今の社殿だけでなく、もとの社地だった大手町の将門塚まで話が広がっていくんですね。

だいこく様は、名を変えながら国を作る神

神田明神の一之宮、大己貴命は、よく「だいこく様」と呼ばれます。七福神の丸い顔のだいこく様を思い浮かべると、福の神の印象が先に来ますが、『古事記』の大己貴命は、かなり苦労の多い神です。

大己貴命には、大国主神、大穴牟遅神(おおあなむぢのかみ)、葦原色許男神(あしはらしこおのかみ)、八千矛神(やちほこのかみ)など、いくつもの名があります。名が変わるたびに、神の顔も少しずつ変わります。兄神たちに命を狙われる若い神であり、因幡の白うさぎを助ける神であり、根の国で試練を受ける神であり、地上の国を作る神でもあります。

因幡の白うさぎの話では、皮をはがれて泣いているうさぎに、大己貴命が真水で体を洗い、ガマの穂にくるまるよう教えます。神田明神の隨神門(ずいしんもん)にも、この白うさぎの場面が彫られています。門をくぐる前から、神田の町の神社に出雲の浜辺の話が置かれているんですね。

大己貴命はやがて少彦名命と出会い、一緒に国づくりを進めます。神田明神では、この二柱が一之宮と二之宮として並びます。だいこく様とえびす様として親しまれる二柱が、神話では地上を整えた相棒として出てくるのです。

小さなえびす様は、ガガイモの船で海から来る

神田明神の二之宮、少彦名命は、境内ではえびす様として祀られます。商売繁昌や医薬健康の神として親しまれますが、『古事記』での登場はかなり不思議です。

大己貴命の前に、海の向こうから小さな神がやってきます。乗っていたのはガガイモの実で作った船、着ていたのは蛾の皮の衣。名を聞いても答えません。そこでヒキガエルが「久延毘古(くえびこ)なら知っている」と言い、歩けない案山子(かかし)の神が、その正体を言い当てます。

歩けない神が、遠くのことを知っている。小さな神が、大きな国づくりを助ける。神話はこういう妙な形で、知恵のありかを出してきます。

少彦名命は大己貴命とともに国づくりを進めますが、途中で常世国(とこよのくに)へ去ったと語られます。常世国は、海の向こうにあると考えられた不思議な国です。神田明神でえびす様に手を合わせるとき、その奥には、海から来て、国づくりを手伝い、また海の彼方へ去る小さな神の姿があります。

江戸の祭は、船から城内へ入った

神田明神の祭りといえば神田祭です。江戸時代には山王祭と並ぶ天下祭として知られ、神輿や山車、附祭(つけまつり)が江戸城内へ入り、将軍や将軍の奥方の上覧を受けました。

もともと神田祭は、元和のころまでは船渡御(ふなとぎょ)だったとされます。神輿や神霊を船に乗せて渡す祭りです。ここで、神田明神の祭りが、川や水辺とも近い信仰だったことが見えてきます。今の境内は高台にありますが、江戸の神田は川、堀、船、市場と近い町でした。

江戸後期の絵入り地誌『江戸名所図会』には、神田明神の祭礼が描かれています。祭礼の行列は未明に集まり、田安門から江戸城内へ入り、竹橋門から出て旧地のあたりも通ったとされます。祭りは、神社の今の場所から、江戸城、旧社地、氏子町までをまわる大きな道筋を持っていたんですね。

現在の神田祭でも、神輿宮入は大きな見どころです。町ごとの神輿が次々に神田明神へ向かいます。将門の御霊を祀る社が、江戸の町人文化の中心に入っていったことが、祭りの形にも残っています。

神田明神の小話や裏話、豆知識

装飾画像:見出し「この神社の豆知識」

魚河岸水神社の水の神は、火の場面から生まれる

神田明神の境内には、魚河岸水神社(うおがしすいじんしゃ)があります。日本橋に魚市場があったころ、市場の人々が大漁安全や商売の守りを願った水神です。魚河岸の信仰は、日本橋から築地、さらに豊洲へと市場が移っても続きました。

この水神社の祭神は、弥都波能売命(みつはのめのみこと)です。名前からは清らかな水の神を想像しますが、『古事記』でこの神が生まれる場面は、かなり生々しいものです。

伊邪那美命(いざなみのみこと)は、火の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を産んで大やけどを負います。その苦しみの中で、尿から生まれた水の神がミツハノメです。水の神なのに、出てくる場面は火の真ん中です。

神田明神の境内で、市場の水神に手を合わせる。その水神をたどると、魚市場の水から、神代の火傷と死の場面へ戻っていく。神田明神の小さな境内社には、江戸の商いと『古事記』の神話が同じ神名で入っているんですね。

獅子山は、商人が奉納した親子の試練

境内には獅子山(ししやま)もあります。江戸時代に両替屋の仲間が奉納したとされる石造物で、題材は能の『石橋(しゃっきょう)』に由来します。

親獅子が子獅子を谷底へ落とし、そこからはい上がってきた子を我が子と認める。今の感覚ではなかなか厳しい親子の話ですが、獅子山にはその場面が石で表されています。

しかもこの獅子山は、関東大震災で子獅子を失い、後に新しく作られました。親獅子が子獅子を谷へ落とす場面の石造物が、震災で本当に子獅子を失う。神社の境内にある奉納物は、伝承の題材と、江戸から東京へ移った町の災害史まで抱えてしまうことがあるんですね。

男坂は、神田川を見下ろす高台の入口

神田明神の東側には男坂があります。町火消の人々が石段や石灯籠を奉納したと伝わる坂です。

神田明神は、神田川を見下ろす高台にあります。神田川の御茶ノ水あたりは、江戸時代に神田台を掘り割って作られた深い谷で、仙台藩が工事に関わったことでも知られます。川が先にあって町ができた場所というより、江戸城を守り、水を通すために大地を切った場所なんですね。

男坂は、そうした高低差を体で感じられます。

神田明神の見どころ・パワースポット

装飾画像:見出し「パワースポット・見どころ」

御社殿

神田明神の御社殿は、建築の見どころです。現在の社殿は昭和9年に再建された鉄骨鉄筋コンクリート造で、国の登録有形文化財になっています。

関東大震災で江戸時代の社殿を失ったあと、燃えにくい社殿として建てられました。その後の東京大空襲でも社殿は焼け残ったとされます。朱塗りの華やかさに加えて、震災後の東京が選んだ社殿の造りも見たい建物です。

江戸の町を守る神社が、近代東京の火災を受けて、火に強い社殿を選んだ。ここは、神社建築としての見どころであり、東京の災害史を背負った場所でもあります。

だいこく様とえびす様の像

境内のだいこく様とえびす様の像は、縁結びや商売繁昌を願うパワースポットとして親しまれています。

だいこく様の像は石造りで、柔らかな表情をしています。神話の大己貴命は、兄神に追われ、根の国で試練を受け、国づくりへ向かう神ですが、境内では福を授ける神として目の前に現れます。

えびす様の像は、少彦名命の海から来る性格がよく出ています。海の仲間に守られ、大海原を渡る姿で表されています。商売繁昌のえびす様を拝む場所であり、常世国から来た小さな神を思い出せる見どころでもあります。

魚河岸水神社

魚河岸水神社は、市場や水に関わる人にとってのパワースポットです。大漁安全、商売繁昌、水の恵みを願う場所として信仰されてきました。

神田明神の氏子地域には、江戸の町人文化や市場の仕事が深く関わっています。魚河岸水神社は、その市場の信仰が境内に入った場所です。

水神と聞くと静かな印象がありますが、ミツハノメは火の神を産んだイザナミの苦しみの中から生まれた神です。魚市場の水、商いの水、神話の水が、一つの小さな社に納まっています。

神社属性(繭気属性)の意味と考え方

装飾画像:見出し「神社属性(繭気属性)の意味と考え方」

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。

「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。

神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。

この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

神社属性とは | 属性神社の考え方・調べ方はこちら

あなたの属性の調べ方|計算方法

西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。

A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。

<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8

最後に、出た数字を属性に当てはめます。

1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。

計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。

神社属性(繭気属性)自動診断ツールはこちら

神社属性別おすすめ神社

装飾画像:見出し「属性別おすすめ神社」

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。

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属性神社1神社2神社3
地属性尾山神社富岡八幡宮武田神社
水属性五條天神社子安神社住吉神社
火属性豊国神社堀越神社湊川神社
風属性吉田神社高瀬神社三光稲荷神社
空属性天岩戸神社湯島天満宮日御碕神社

全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。

【都道府県別・神社属性】全国の神社やパワースポット一覧はこちら

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