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【神社属性:地属性】芝大神宮|海辺と生姜祭りが残る江戸の伊勢

芝大神宮の神社属性は、地属性です。

東京都港区芝大門にある芝大神宮(しばだいじんぐう)は、「関東のお伊勢さま」と呼ばれる神社です。今はビル街の中にありますが、古い社伝では、鳥居の近くまで潮が満ち、浜に海人が住み、漁をしていた土地として語られます。

伊勢の神を祀る都心の神社をたどると、話は生姜、御厨(みくりや)、海、江戸の火消しの半鐘まで進んでいくんですね。

この記事ではそんな芝大神宮についてご紹介いたします。まずは芝大神宮の属性相性から見ていきましょう。

目次

地属性の芝大神宮と相性が良い属性・悪い属性

神社属性の相性相関図
項目属性
芝大神宮の属性地属性
相性の悪い属性水属性・空属性
相性の良い属性地属性・火属性・風属性

相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

【神社属性】地・水・火・風・空の特徴と性格傾向・相性まとめ

さて、ここからは芝大神宮の基本情報と、普段の参拝では知る機会の少ない話をご紹介していきますね。

芝大神宮の基本情報

スクロールできます
項目内容
所在地東京都港区芝大門1-12-7
ご祭神天照皇大御神、豊受大御神
ご利益縁結び、商売繁盛、家内安全、厄除けなど
祭事例祭、だらだら祭り
公式HP→芝大神宮の公式サイトはこちら

芝大神宮は、平安時代の寛弘2年、1005年の創建と伝わる古社です。古くは飯倉神明宮、芝神明宮と呼ばれ、伊勢神宮の内宮の神である天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)と、外宮の神である豊受大御神(とようけのおおみかみ)を祀っています。

江戸時代には、伊勢まで行くことが難しい人々にとって、江戸で伊勢の神へ参れる場所でした。神前結婚式でも知られ、千木筥(ちぎばこ)という良縁の縁起物もあるため、縁結びの神社としても親しまれています。

芝大神宮にまつわる話

飯倉御厨と、海に向いていた神明宮

芝大神宮を深く見るとき、最初に引っかかるのが「飯倉(いいぐら)」という古い地名です。

芝大神宮は古く、飯倉神明宮とも呼ばれました。この飯倉のあたりには、伊勢神宮の荘園である飯倉御厨(いいぐらのみくりや)がありました。御厨とは、神へ供えるものを調える土地のことです。特に伊勢神宮の御厨では、海産物などの贄(にえ)、つまり神への供物が大切でした。

『吾妻鏡』には、源頼朝が飯倉御厨を伊勢神宮へ寄進したことが見えます。鎌倉へ幕府を開く頼朝が、武蔵国のこの土地を伊勢の神へ差し出しているんですね。江戸の町ができるずっと前から、芝のあたりは伊勢の神と関係していたのです。

古い社伝には、もっと海の匂いが残っています。社は東を向き、一の鳥居は海辺にあり、潮の満ち引きが鳥居のもとまで来て、浜には網を干す場所があり、海人が住んで漁をしていたと伝わります。

今の芝大門から東京湾は少し離れていますが、昔の芝大神宮は、海に向かって立つ神明宮として語られていたんですね。伊勢の神へ供物を納める土地に、海人がいて、網が干され、そこに伊勢の神が祀られている。都心の神社として見るより、神へ食べものを届ける海辺の社として見たほうが、芝大神宮の古い姿がよく見えてきます。

飯倉という地名にも、食べものの話が残ります。穀物を納める倉から来たという見方があり、飯を盛ったような丸い山から来たという見方もあります。近くには芝丸山古墳のある台地もあり、海を見下ろす高い場所と、供物を運ぶ低い浜が同じ土地の中にありました。

飯倉、御厨、海、供物。芝大神宮の話は、ここから豊受大御神へ進むのが自然なのです。

豊受大御神と、生姜が供えられる秋祭り

豊受大御神は、伊勢神宮の外宮に祀られる食の神です。天照大御神の食事をつかさどる御饌都神(みけつかみ)で、神々へ食事を供える神として知られます。

芝大神宮の秋祭りで生姜が出てくるのは、この豊受の神さまと相性がよい話なんですね。芝大神宮の周辺には、かつて生姜畑が多かったと伝わります。神前に生姜を供え、祭りのときには境内や門前で生姜が売られました。そこから芝大神宮の祭りは「生姜祭」とも呼ばれます。

この祭りが、9月11日から21日まで続く「だらだら祭り」です。9月16日の例祭を中心に、長く続くためにそう呼ばれるようになったといいます。伊勢参りが流行した江戸時代、伊勢まで行くには日数もお金もかかりました。そこで、伊勢の神を祀る芝神明へ参る人が増え、秋の収穫のころに参拝する農民たちを受け入れるうち、祭りの期間が長くなっていったのですね。

生姜は、薬としても大切にされてきました。毒消し、病よけ、長寿の縁起物として扱われ、芝大神宮では「穢悪(えあく)を去り神明に通ず」ともいわれます。穢悪とは、けがれや悪いもののことです。

食の神を祀る神社で、土地の生姜を神へ供え、それを人が受ける。甘い縁起物ではなく、舌に辛さが来る生姜が、江戸の秋祭りの名物になるんですね。

豊受大御神の話は、さらに丹波・丹後にも伸びます。伊勢外宮の古い記録には、天照大御神が雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)の夢に現れ、丹波国の比治の真名井(ひじのまない)にいる御饌都神をそばに迎えたいと告げた話があります。

丹後の古い伝承には、豊宇加能売命(とようかのめのみこと)という食物の神が、天女として地上へ降り、羽衣を隠される話もあります。食の神が、米や供物だけでなく、井戸、水、天女、羽衣の話まで持っているのです。芝大神宮の生姜から伊勢外宮へ行き、そこから丹後の真名井まで行ってしまう。豊受という神名の「ウケ」は、食べものや稲に関わる古い言葉なんですね。

天照皇大御神は、照らす神であり、隠れる神でもある

芝大神宮のもう一柱の主祭神は、天照皇大御神です。伊勢神宮の内宮に祀られる太陽の神で、『古事記』では伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国から戻ってみそぎをしたとき、左目を洗って生まれた神と語られます。

太陽の神というと、まっすぐ明るく照らす神を思い浮かべます。ところが天照大御神の有名な神話は、岩戸に隠れる話なんですね。

弟の須佐之男命(すさのおのみこと)が高天原で乱暴を重ね、天照大御神は天岩戸にこもります。太陽が隠れ、世界が暗くなる。そこで神々は、長鳴鳥を鳴かせ、鏡や玉を用意し、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が桶を踏んで舞い、神々が大きく笑います。

その笑い声を不思議に思った天照大御神が岩戸を少し開けたところを、天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が引き出します。太陽を戻すために、鶏、鏡、玉、桶、踊り、笑いが総出で動くのです。

芝大神宮の境内が、江戸時代に茶屋、相撲、芝居、富くじでにぎわったことを思うと、静かな太陽信仰だけで見なくてもよいのかもしれません。太陽神を外へ出す神話そのものが、ずいぶんにぎやかな儀礼なのです。

千木筥は、屋根の木からタンスへ入った

芝大神宮の名物に、千木筥があります。千木筥は、芝大神宮だけに伝わる縁起物で、東京の郷土玩具としても知られています。

千木とは、神社の屋根の両端で交差している長い木のことです。神明造の社殿を見ると、屋根の上に千木と鰹木(かつおぎ)がのっています。芝大神宮の千木筥は、この千木の言葉を持つ小さな箱です。

名の由来には、藤づるで編んだ器に餅を盛った「餅器」から来たという話や、千木の用材で作ったからという話があります。祭礼では、この千木筥に季節の果物を盛って神前へ供えます。

そこからさらに、「千木」が「千着」に通じるとして、女性が衣服の増えることを願い、タンスに入れる習慣が生まれました。屋根の上の神聖な木の名前が、神前の供物の器になり、最後には家のタンスへ入るのです。

今では、良縁や幸せな結婚の縁起物としても親しまれています。芝大神宮の縁結びは、祭神だけで語るより、この千木筥の動きを見ると面白いんですね。神殿の屋根から、果物の器へ、そこから衣服と結婚の願いへ。小さな箱の中に、神社建築と江戸の暮らしが入っています。

芝大神宮の小話や裏話、豆知識

装飾画像:見出し「この神社の豆知識」

め組の半鐘は、喧嘩のあと島流しにされた

芝大神宮を江戸の神社として語ると、どうしても出てくるのが「め組の喧嘩」です。

文化2年、1805年、芝神明の境内で奉納相撲が行われたとき、町火消し「め組」の鳶(とび)の者と力士たちの間で大喧嘩が起きました。この事件は、のちに歌舞伎『神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)』の題材となり、「め組の喧嘩」として知られるようになります。

ここで妙なのが、半鐘の話です。火事を知らせるために鳴らす半鐘が、この喧嘩のときに打ち鳴らされたと伝わります。そして裁きの中で、この半鐘が三宅島へ遠島、つまり島流しになったという話が残っています。

人ではなく、半鐘が島流しにされるのです。

江戸の裁きの話には、こういう人情と芝居が入り混じったものがあります。喧嘩をした人間だけでなく、「鐘が勝手に鳴り出したから騒ぎになった」として、半鐘に罪をかぶせたような話になっているんですね。

芝大神宮には、この「め組の半鐘」が伝わります。伊勢の神を祀る神社に、江戸の火消しの半鐘がある。芝大神宮が、神話だけでなく江戸の町人文化を抱えていることがよく分かります。

力石には、金杉藤吉の名が残る

芝大神宮には、力石も残っています。力石とは、重い石を持ち上げて力くらべをするための石です。

もとは、石を神の依代(よりしろ)として持ち上げ、その年の吉凶や作物の豊凶を占うような民俗もありました。江戸時代になると、若者の力くらべや、力持ち力士の興行として広がっていきます。

芝大神宮の力石には、「五十貫余」と「川口町 金杉藤吉」の名が刻まれています。五十貫余は、今の重さでおよそ187キロを超える重さです。金杉藤吉(かねすぎ とうきち)は、明治時代に知られた力持ち力士で、芝大神宮での興行のとき、この石を片手で差し上げたと伝わります。

生姜を売る門前、相撲の境内、半鐘が鳴る喧嘩、力石を持ち上げる興行。芝大神宮の境内は、祈る場所であると同時に、江戸から明治の人々が集まって、見て、買って、騒いで、力を競った場所でもあったんですね。

芝大神宮の見どころ・パワースポット

装飾画像:見出し「パワースポット・見どころ」

拝殿と社殿

芝大神宮の参拝の中心は、天照皇大御神と豊受大御神を祀る拝殿です。伊勢の内宮・外宮の神へ、東京の芝で手を合わせる場所なんですね。

ここは、信仰上のパワースポットです。天照皇大御神は太陽の神、豊受大御神は食と暮らしを支える神です。仕事、家庭、商売、結婚、日々の食事まで、暮らしの根に関わる願いを持って参拝する人が多い場所です。

社殿は、関東大震災や戦災などの苦難を経て、氏子や崇敬者に支えられてきました。現在の社殿を見るときは、千年続いた神社というだけでなく、何度も町と一緒に立ち直ってきた神社として見るとよいですね。

だらだら祭りと御前生姜

9月のだらだら祭りは、芝大神宮らしさがよく出る祭事です。例年9月11日から21日まで続き、9月16日の例祭を中心に行われます。

これは、秋祭りとしてのパワースポットです。五穀豊穣、病災除け、長寿の願いが、生姜という具体的な供物に込められています。生姜は神前に供えられ、御前生姜として人々に受けられてきました。

神社の祭りで、甘い餅ではなく、辛い生姜が名物になるところが芝大神宮らしいです。口に入れると体が熱くなるものを、病よけや長寿の縁起物としていただく。豊受大御神の食の神としての顔も、ここでかなり近く感じられます。

千木筥とめ組の半鐘・力石

千木筥は、縁結びや幸せな結婚を願う人にとってのパワースポット的な授与品です。衣服が増える願いから、良縁の願いへ広がった縁起物なので、恋愛や結婚だけでなく、暮らしが豊かになる願いも込めやすいですね。

め組の半鐘と力石は、芝大神宮の江戸らしさを知る見どころです。半鐘には町火消しの喧嘩話があり、力石には金杉藤吉の力持ち伝承があります。

伊勢の神を祀る静かな神社でありながら、境内には江戸の喧嘩、相撲、火消し、力くらべの話が残っています。参拝のあとにこのあたりを見ると、芝大神宮が信仰と町人文化の両方を持っていたことが分かります。

神社属性(繭気属性)の意味と考え方

装飾画像:見出し「神社属性(繭気属性)の意味と考え方」

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。

「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。

神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。

この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

神社属性とは | 属性神社の考え方・調べ方はこちら

あなたの属性の調べ方|計算方法

西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。

A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。

<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8

最後に、出た数字を属性に当てはめます。

1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。

計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。

神社属性(繭気属性)自動診断ツールはこちら

神社属性別おすすめ神社

装飾画像:見出し「属性別おすすめ神社」

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。

スクロールできます
属性神社1神社2神社3
地属性神田明神大山祇神社大神神社
水属性晴明神社太宰府天満宮津島神社
火属性阿蘇神社愛宕神社伊奈波神社
風属性玉前神社高麗神社小網神社
空属性穂高神社枚岡神社明治神宮

全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。

【都道府県別・神社属性】全国の神社やパワースポット一覧はこちら

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