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【空属性】北野天満宮|雷を抱いた天神さま

北野天満宮の神社属性は、空属性です。

京都の北野にある北野天満宮は、菅原朝臣道真公(すがわらのあそんみちざねこう)を祀る、全国の天満宮・天神社の総本社です。

学問の神さまとして知られますが、この土地には道真公が祀られる前から、天神地祇(てんじんちぎ)を祀る地主社や、火雷神(ほのいかづちのかみ)を祀る古い社がありました。受験祈願の絵馬が並ぶ境内の奥に、雷、祓い、梅、牛、紙屋川(かみやがわ)まで顔を出してくるんですね。

この記事ではそんな北野天満宮についてご紹介いたします。まずは北野天満宮の属性相性から見ていきましょう。

目次

空属性の北野天満宮と相性が良い属性・悪い属性

神社属性の相性相関図
項目属性
北野天満宮の属性空属性
相性の悪い属性地属性・風属性
相性の良い属性空属性・水属性・火属性

相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

【神社属性】地・水・火・風・空の特徴と性格傾向・相性まとめ

さて、ここからは北野天満宮の基本情報と、普段の参拝では触れる機会が少ない話をご紹介していきますね。

北野天満宮の基本情報

スクロールできます
項目内容
所在地京都府京都市上京区馬喰町
ご祭神菅原朝臣道真公
ご利益入試合格、学業成就、文化芸能、災難厄除など
祭事梅花祭、北野祭 神幸祭・還幸祭など
公式HP→北野天満宮の公式サイトはこちら

北野天満宮は、京都で「北野の天神さん」と親しまれている古社です。毎月25日の縁日は「天神さんの日」と呼ばれ、2月25日は道真公の祥月命日、6月25日は御誕生日に由来します。

現在の御本殿は、慶長12年(1607)に豊臣秀頼が造営した国宝の社殿です。学問や受験の祈願で知られる一方で、文化芸能、和歌、連歌、厄除け、農耕、武芸まで、道真公の信仰はかなり広いんですね。

北野天満宮にまつわる話

装飾画像:見出し「この神社の豆知識」

北野は、道真公が来る前から神を祀る場所だった

北野天満宮の話は、菅原道真公から始めたくなります。境内を歩くと、参道の正面に地主社(じぬししゃ)が立っていて、御本殿はそこから少し西へ寄った場所にあります。まっすぐ進んだ先に、先にいた神の社があるのです。

この地主社には、天神地祇が祀られています。天神地祇とは、天の神と地の神、つまり天地の神々をまとめた言い方です。『続日本後紀』には、承和3年(836)に遣唐使のため北野で天神地祇を祀ったことが見えます。道真公の誕生は承和12年(845)ですから、北野の祭祀は道真公より前に始まっていたことになります。

その後、道真公が大宰府で亡くなり、都では天候の乱れや落雷、疫病、政変が続きます。人々はそれを道真公の怒りと受け止めました。天慶5年(942)、多治比文子(たじひのあやこ)が「北野の右近馬場(うこんのばば)に祀ってほしい」という道真公の託宣を受けたと伝わります。文子はすぐに大きな社を建てられず、自宅の庭に小さな祠を設けて拝んだんですね。

そこから天暦元年(947)、北野の地に道真公を祀る社が創建されます。先にいた地主の神を避けるように御本殿が建つため、北野天満宮では参道と御本殿が少し筋違いになります。境内の形そのものが、北野という土地の古さを語っているのです。

怨霊から「天満大自在天神」へ

道真公は、平安時代の人々にとって、まず怒りを鎮めるべき存在として恐れられました。右大臣まで上った学者政治家でしたが、藤原時平(ふじわらのときひら)との政争の中で大宰府へ左遷され、延喜3年(903)にその地で亡くなります。

その後の都では、道真公を追いやった側の人々に不幸が続きました。清涼殿への落雷も、道真公の怨霊と結びつけられて語られます。雷は空から落ちる火であり、雨を呼ぶ力でもあります。怖れられるものが、稲を育てる水にも関わっているところが、天神信仰のややこしいところなんですね。

北野には、道真公を祀る前から火之御子社がありました。祭神は火雷神で、「北野雷公」とも呼ばれます。雷除大祭では、雷除けや火難除け、疫病除け、五穀の守りが祈られます。道真公の怨霊と、北野にいた雷の神が近い場所で語られるようになり、道真公はやがて雷を鎮める天神さまとして尊ばれていきました。

永延元年(987)、一条天皇から「北野天満大自在天神」の神号が贈られます。人として生きた道真公が、雷を帯びた天神さまとして祀られる。北野天満宮の「天満宮」という名には、この変化が入っているのです。

梅と牛は、道真公の移動を覚えている

北野天満宮の境内でよく目に入るのが、梅と牛です。どちらもかわいらしい縁起物として見られますが、もとをたどると、大宰府へ向かう道真公の別れと死に関わるものなんですね。

道真公が大宰府へ下る前に詠んだ歌として、「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな」が伝わります。春の東風が吹いたら、梅の香りを大宰府の自分のところまで届けておくれ、主人がいなくても春を忘れないでおくれ、という歌です。

北野天満宮の古記録には、道真公が亡くなった4年後の延喜7年(907)、紅梅殿の梅が大宰府の安楽寺へ飛んでいったという飛梅の話が残ります。人は都から追われ、梅は主を追って飛ぶ。木が人を追いかける伝承として、その動きが妙に生々しいのです。

牛の話も、動かないことで場所を決めます。道真公は承和12年(845)の乙丑年生まれとされます。『北野天神縁起絵巻』には、道真公が亡くなった後、遺骸を乗せた牛車の牛が途中で伏して動かなくなり、その場所を墓所にしたという話があります。そこが安楽寺、のちの太宰府天満宮です。

だから天神さまの牛は、多くが伏した姿の臥牛(がぎゅう)です。北野天満宮でも撫で牛に触れて願う人が多いのですが、拝殿の欄間には一体だけ立った牛が刻まれています。止まった牛の伝承を持つ社に、立つ牛が一体だけいる。この一体を探すと、境内の牛の見方が少し変わります。

北野天満宮の小話や裏話、豆知識

御本殿の背中にいる三柱

北野天満宮の御本殿は、背面にも拝む場所があります。そこには「御后三柱(こうのみはしら)」という神座があり、道真公の御神座と背中合わせに祀られています。

ここに祀られるのは、天穂日命(あめのほひのみこと)、菅原清公(すがわらのきよきみ)、菅原是善(すがわらのこれよし)の三柱です。天穂日命は菅原氏の祖神、清公は道真公の祖父、是善は父にあたります。天満宮の参拝では、この御后三柱もあわせて拝むならいがあったと伝わります。

道真公は学問の神として知られますが、菅原氏をさかのぼると土師氏(はじし)に行き着きます。土師氏は古代に葬送や埴輪(はにわ)に関わった氏族です。さらに野見宿禰(のみのすくね)の伝承も出てきます。和歌や漢詩の神の背中に、土と葬送と古代氏族がいる。ここまで戻ると、菅原道真という一人の学者の輪郭がかなり厚くなるんですね。

神前に出る野菜と米の話

北野天満宮の祭事では、供え物にもかなり独特なものがあります。梅花祭では、白梅と紅梅の小枝を挿した「紙立(こうだて)」や、蒸した米を盛った大飯・小飯が供えられます。紙立に用いられた玄米は、厄除玄米として授与されます。

8月の御手洗祭では、ナスやキュウリなどの夏野菜、マクワに箸を刺して素麺をかけた神饌が出ます。十五夜にはずいき芋や里芋、十三夜には枝豆や栗が供えられます。天神さまは学問の神として祈られる一方で、神前には季節の畑のものがきちんと並ぶんですね。

秋の北野祭 神幸祭・還幸祭では、野菜や乾物で飾られたずいき御輿が御旅所に出ます。雷を恐れ、雨を願い、米や野菜を供える。北野の天神さまには、筆と硯に加えて、稲や芋や豆の顔もあります。

北野天満宮の見どころ・パワースポット

装飾画像:見出し「パワースポット・見どころ」

国宝御本殿と三光門:建築の見どころ

北野天満宮の御本殿は、慶長12年(1607)に豊臣秀頼が造営した国宝建築です。御本殿、拝殿、石の間、楽の間を組み合わせた八棟造で、権現造の原形ともいわれます。桃山時代らしい華やかな装飾を見られる、建築の見どころです。

御本殿前の中門は三光門と呼ばれます。日・月・星の三つの光にちなむ名ですが、北野天満宮の七不思議では「星欠けの三光門」として知られます。門には日と月はあるのに、星が見当たらない。その星は天上の北極星で、かつて帝が北野へ祈る時、三光門の上に北極星が輝いたという話があります。

三光門は見た目の美しさに加えて、平安京の北西、天門を守る北野の位置を考えながら見ると印象が変わる場所です。建築の見どころであり、都を守る祈りを思い出す場所でもあります。

影向松・御神木の梅・撫で牛:学業成就と心願成就のパワースポット

一の鳥居をくぐって右手にある影向松(ようごうのまつ)は、天神さまが初雪の日に降りてくると伝わる御神木です。立冬から立春の前日までに初雪が降ると、硯、筆、墨を供えて初雪祭が行われます。雪の中で天神さまが詩を詠むという、道真公らしい伝承が残るパワースポットです。

梅も北野天満宮を代表する見どころです。境内には道真公ゆかりの梅が約50種、約1,500本あります。梅苑「花の庭」では、早春に紅白の梅を楽しめます。御神木の梅や飛梅の話を思い浮かべると、梅は花として眺める木であり、道真公の別れを伝える木でもあるんですね。

撫で牛は、学業成就や心願成就を願う人に親しまれるパワースポットです。自分の体の悪いところを撫で、その手で牛の同じ場所を撫でるとよいともいわれます。牛が道真公の最後の場所を決めた伝承を知ると、撫で牛には合格祈願の像としての顔と、天神さまの旅の終わりを知っている存在としての顔が見えてきます。

史跡御土居と紙屋川:紅葉と境目を歩く見どころ

境内の西側には、豊臣秀吉が天正19年(1591)に築いた御土居(おどい)の一部が残ります。御土居は、洛中と洛外の境界や水防のために築かれた土塁です。北野天満宮では紙屋川沿いにその姿を見ることができ、史跡としての見どころになっています。

紙屋川にかかる朱塗りの鶯橋、谷間に広がるもみじ、御土居の上から眺める境内。春の青もみじ、秋の紅葉の時期は、社殿の華やかさとは別の楽しみがあります。

北野天満宮は、道真公を祀る社でありながら、地主社、火雷神、梅、牛、紙屋川、御土居まで歩いていける神社です。受験祈願で訪れた時も、少し奥まで足を運ぶと、天神さまが雷や水や畑の実りまで引き受けてきたことが見えてくるんですね。

神社属性(繭気属性)の意味と考え方

装飾画像:見出し「神社属性(繭気属性)の意味と考え方」

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。

「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。

神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。

この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

神社属性とは | 属性神社の考え方・調べ方はこちら

あなたの属性の調べ方|計算方法

西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。

A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。

<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8

最後に、出た数字を属性に当てはめます。

1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。

計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。

神社属性(繭気属性)自動診断ツールはこちら

属性別おすすめ神社

装飾画像:見出し「属性別おすすめ神社」

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。

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属性神社1神社2神社3
地属性春日大社松尾大社新田神社
水属性天河大弁財天社田村神社東京大神宮
火属性北口本宮冨士浅間神社阿蘇神社愛宕神社
風属性西宮神社石浦神社石上神宮
空属性大山阿夫利神社調神社鳩森八幡神社

全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。

【都道府県別・神社属性】全国の神社やパワースポット一覧はこちら

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