北海道神宮の神社属性は、地属性です。
北海道神宮は、札幌市中央区の円山に鎮まる、北海道を代表する神宮です。最初に祀られたのは、大国魂神(おおくにたまのかみ)、大那牟遅神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)の三柱で、「開拓三神」と呼ばれます。
明治のはじめ、まだ北海道に本格的な都が置かれる前に、神さまの御霊代(みたましろ)が東京から北へ運ばれました。社殿より先に、まず神さまが来たのですね。
この記事ではそんな北海道神宮についてご紹介いたします。まずは北海道神宮の属性相性から見ていきましょう。

地属性の北海道神宮と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 北海道神宮の属性 | 地属性 |
| 相性の悪い属性 | 水属性・空属性 |
| 相性の良い属性 | 地属性・火属性・風属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは北海道神宮の基本情報と、普段の参拝では知ることができない話をご紹介していきますね。
北海道神宮の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 北海道札幌市中央区宮ケ丘474 |
| ご祭神 | 大国魂神、大那牟遅神、少彦名神、明治天皇 |
| ご利益 | 開運招福、商売繁盛、縁結び、病気平癒など |
| 祭事 | 例祭、神輿渡御など |
| 公式HP | →北海道神宮の公式サイトはこちら |
北海道神宮は、札幌の円山公園に隣り合う大きな神社です。初詣、桜と梅の時期、そして6月の札幌まつりでよく知られています。
もとは「札幌神社」と呼ばれ、明治39年に官幣大社となりました。昭和39年に明治天皇が増祀され、社名も北海道神宮へ改められます。
御祭神を見ると、北海道という土地そのもの、国づくり、医薬や酒造、そして近代の国の形まで、ずいぶん広い役割を持つ神さまたちが並んでいるんですね。
北海道神宮にまつわる話
開拓三神は、東京で祀られてから北海道へ向かった
北海道神宮の始まりは、札幌ではなく東京です。
明治2年、東京の神祇官(じんぎかん)で「北海道鎮座神祭(ほっかいどうちんざじんさい)」が行われました。そこで祀られたのが、大国魂神、大那牟遅神、少彦名神の三柱です。北海道開拓の守り神として選ばれた神々ですね。
その御霊代は、東久世通禧(ひがしくぜ・みちとみ)や島義勇(しま・よしたけ)らによって北海道へ運ばれました。神さまを荷物のように運ぶと言うと少し変ですが、神社の歴史では、神さまが新しい土地へ移る時には御霊代が動きます。神さまの旅なのです。
明治3年には札幌の北5条東1丁目に仮社殿が建てられ、明治4年に現在の円山へ移りました。まだ札幌の街が整う前に、神さまが先に鎮まり、そこから街づくりが進んでいきます。
この順番が、北海道神宮の話をおもしろくしています。先に大きな都があって、その守りとして神社が置かれたのではなく、これからつくる土地へ、国づくりの神さまが連れてこられたのです。
大国魂神と大那牟遅神、国をつくる神のふたつの顔
北海道神宮の一柱目、大国魂神は「国の魂」を思わせる神名です。北海道神宮では、北海道の国土を守る神として祀られています。
この大国魂神は、大国主神(おおくにぬしのかみ)の荒魂(あらみたま)とされることがあります。荒魂は、神さまの強く働く面を指す言葉です。穏やかに恵みを与える顔と、土地を動かし、災いをしずめ、境を守る顔が、同じ神にあります。
二柱目の大那牟遅神は、大国主神の別名です。『古事記』の大国主は、名を変えながら大きくなる神として語られます。大穴牟遅(おおなむち)、葦原色許男(あしはらしこお)、八千矛(やちほこ)、宇都志国玉(うつしくにたま)。同じ神なのに、場面ごとに名前が増えていきます。
最初のオオナムチは、兄弟たちにいじめられ、何度も殺されそうになります。因幡の白うさぎを助けた神でもありますね。その後、根の国でスサノオから試練を受け、逃げる時には弓矢や琴まで持ち出します。神さまの成長話なのに、やっていることはかなり生々しいのです。
国づくりの神というと、最初から大きな支配者のように見えます。けれどオオナムチは、死にかけ、逃げ、女神と結ばれ、名を得て、少しずつ国を治める神になっていきます。北海道神宮に大那牟遅神が祀られていることには、まだ整っていない土地を、手を入れて暮らせる場所にしていく感覚が入っているんですね。
少彦名神は、小さな船で来て、粟の茎で飛んでいく
三柱目の少彦名神は、開拓三神の中でもかなり不思議な神さまです。
『古事記』では、オオクニヌシが海辺にいると、小さな神がやってきます。ガガイモの実の船に乗り、ガの皮の衣を着ていたと語られます。名を聞いても答えません。そこで物知りの神である久延毘古(くえびこ)に尋ねると、神産巣日神(かみむすひのかみ)の子、少彦名神だと分かります。
この久延毘古も変わっています。田んぼに立つ案山子(かかし)の神です。歩くことはできないのに、天下のことを知っている神なのですね。動けない案山子が、海から来た小さな神の正体を知っている。神話はこういうところで、急に足元の田んぼへ降りてきます。
少彦名神は、オオクニヌシとともに国づくりをします。医薬、酒造、温泉、穀物、虫よけにも関わる神として信仰されてきました。北海道の開拓を考えると、病気、寒さ、農作物、家畜、酒、薬は暮らしそのものです。小さな神なのに、受け持つものはやけに実用的なんですね。
『日本書紀』には、少彦名神が粟の茎にはじかれて常世国(とこよのくに)へ行ってしまう話もあります。大きな船で去る神ではありません。粟の茎に飛ばされるのです。穀物の神らしい去り方ですが、いきなり相棒がいなくなるオオクニヌシからすると、かなり困った別れだったはずです。
明治天皇が増祀され、札幌神社から北海道神宮へ
北海道神宮は、はじめからこの名前だったわけではありません。明治4年に「札幌神社」となり、長くその名で親しまれていました。
昭和39年、明治天皇が増祀され、社名は北海道神宮へ改められます。ここで、神話の国づくりの神々に、近代の北海道開拓と明治の時代が加わります。
明治天皇を祀ることで、北海道神宮は、古い神話の国づくりと、明治以降の北海道開拓を一つの社殿に納める神社になりました。オオクニヌシたちの国づくりは神話の話ですが、札幌の街づくり、道路、官庁、農地、鉄道、鉱山は人間の手で進められました。神話と近代史が、同じ参道の先に置かれているのです。
北海道神宮に小話や裏話、豆知識

円山は、もともとモイワと呼ばれた山
北海道神宮が鎮まる円山には、アイヌ語の古い呼び名があります。今の円山は、もともと「モイワ」と呼ばれていたとされます。
モイワは小さな山を意味する言葉とされ、現在の藻岩山とは別の山です。現在「藻岩山」と呼ばれている山は、かつて「インカルシペ」と呼ばれたといわれます。遠くを見渡す場所、見張る場所という意味を持つ名ですね。
つまり、いま私たちが地図で見る円山と藻岩山の名前には、昔の呼び名の入れ替わりがあります。北海道神宮の参道を歩く時、横にある円山はただの公園の山として見えますが、そこにはアイヌ語の地名が残っています。
札幌本府を構想した島義勇は、円山のあたりから石狩平野を眺めたとされます。そこから碁盤の目の街を思い描いたという話があります。高い場所から平野を見て、そこに新しい都市を置く。山の名前、神社の社地、都市計画が、円山の一帯に集まっているんですね。
ただ、その土地には明治以前から暮らしていたアイヌの人々がいました。札幌の街づくりは、そこに住んでいた人々の移住をともなって進みました。神社の由緒を読む時、この部分も土地の話として外せません。
札幌という名は、乾いた大きな川から来たという説がある
北海道神宮は札幌の神宮ですから、「札幌」という地名にも触れたくなります。
札幌の語源にはいくつかの説があります。その中でよく知られるのが、アイヌ語の「サッ・ポロ・ペッ」から来たという説です。意味は、乾いた大きな川。豊平川のような、砂利が多く、水が地面にしみ込みやすい川を思わせる言葉です。
札幌の中心部は、豊平川がつくった扇状地の上に広がりました。扇状地は、山から流れてきた川が砂や石を広げてつくる地形です。水は地面にしみ込みやすく、扇状地の先では「メム」と呼ばれる湧き水が出ます。
北海道神宮のある円山周辺も、水と地形の話から見ると印象が変わります。神宮は森の中にある静かな神社に見えますが、その外側には、川が運んだ砂礫地、湧き水、碁盤の目の街が広がっています。神さまが鎮まった円山は、札幌という都市を見渡す西の端に置かれた場所だったのですね。
札幌まつりは、円山の神さまが街へ出る日
北海道神宮の例祭は、札幌まつりとして親しまれています。毎年6月14日から16日に行われ、16日には神輿渡御(みこしとぎょ)があります。
神輿渡御では、神さまを乗せた神輿が市街地を進みます。山車も出て、多くの人が行列に加わります。円山の森に鎮まる神さまが、札幌の街の中へ出ていく日なのです。
北海道神宮には、中央区南2条東3丁目に頓宮(とんぐう)があります。頓宮は、祭りの時に神さまが一時的に立ち寄る場所です。本社が円山にあるのに、街の中心にも神さまの場所がある。札幌まつりを見ると、北海道神宮が森の神社として終わらず、都市の祭りを動かしてきたことが分かります。
北海道神宮の見どころ・パワースポット

本殿と拝殿
北海道神宮の本殿と拝殿は、参拝の中心となるパワースポットです。
参道を進むと、円山の木々に囲まれた先に社殿が見えてきます。札幌の街なかから少し移動しただけで、空気が急に森のものになります。ここに開拓三神と明治天皇が祀られています。
北海道神宮の社殿は、昭和49年の火災で焼失し、その後に復興されました。現在の社殿には、札幌神社から北海道神宮へ改まった後の歴史も入っています。参拝する時は、神話の神々、明治の開拓、火災後の復興まで、いくつもの時代の上に今の社殿があると見ておきたい場所です。
開拓神社
開拓神社は、北海道神宮の境内社で、北海道開拓に功績のあった人々を祀るパワースポットです。
祀られているのは、島義勇、松浦武四郎(まつうら・たけしろう)、間宮林蔵(まみや・りんぞう)、伊能忠敬(いのう・ただたか)など、北海道の調査、命名、都市計画、開拓に関わった人々です。神話の神ではなく、実際に歩き、測り、名づけ、街をつくった人たちが神として祀られています。
松浦武四郎は、北海道の名づけに深く関わった人物です。「北加伊道」などの案を出し、その「加伊」が「海」に改められて北海道になったとされます。北海道神宮の境内で、開拓神社へ足を向けると、神話の国づくりから、人間の足で測った北海道へ話が進みます。
仕事運や目標達成を願う人にとって、開拓神社は訪れたい場所です。祀られている人々が、机の上だけで北海道を考えた人たちではなく、実際に北の土地へ入り、測量し、記録し、動いた人たちだからです。
桜と梅の境内
北海道神宮の春は、見どころとしてとても人気があります。
本州では梅が咲き、そのあと桜が咲くことが多いのですが、北海道では春が一気に来ます。北海道神宮では、梅と桜が近い時期に咲くため、境内で両方を楽しめる年があります。これが北海道らしい春なんですね。
境内の梅は、「神宮の梅」として梅酒や梅にちなんだ授与品にも関わります。桜は花見の名所として知られ、円山公園とあわせて多くの人が訪れます。
花の名所として歩くのもよいですが、ここは明治のはじめに開拓三神が鎮まった場所でもあります。雪の長い土地で、梅と桜がいっせいに咲く。その春の短さと勢いも、北海道神宮の印象をつくっています。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
