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【地属性】筥崎宮|御胞衣から博多の海へ広がる八幡宮

筥崎宮の神社属性は、地属性です。

福岡市東区箱崎に鎮座する筥崎宮は、宇佐神宮、石清水八幡宮とともに日本三大八幡宮に数えられる古社です。

この宮の名にある「筥」は、ただの古い漢字ではなく、応神天皇が生まれた時の御胞衣(えな)を納めた箱に由来すると伝わります。えなとは、赤子を包んでいた胎盤などのことです。神社の名前が、赤子の誕生そのものをしまった箱から始まるのです。

この記事ではそんな筥崎宮についてご紹介いたします。まずは筥崎宮の属性相性から見ていきましょう。

目次

地属性の筥崎宮と相性が良い属性・悪い属性

神社属性の相性相関図
項目属性
筥崎宮の属性地属性
相性の悪い属性水属性・空属性
相性の良い属性地属性・火属性・風属性

相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

【神社属性】地・水・火・風・空の特徴と性格傾向・相性まとめ

さて、ここからは筥崎宮の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。

筥崎宮の基本情報

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項目内容
所在地福岡県福岡市東区箱崎1丁目22-1
ご祭神応神天皇、神功皇后、玉依姫命
ご利益厄除開運、勝運、安産、商売繁盛など
祭事放生会、玉取祭など
公式HP→筥崎宮の公式サイトはこちら

筥崎宮は、博多湾に近い箱崎の地に鎮座する八幡宮です。勝運や厄除けの神社として知られ、福岡の秋を代表する放生会(ほうじょうや)でも親しまれています。

境内には「敵国降伏」の額を掲げた楼門、応神天皇の御胞衣を納めたと伝わる筥松、箱崎浜の真砂を受けるお潮井などがあります。社殿を見る神社であり、浜の砂や古い松の由緒をたどる神社でもあるのです。

筥崎宮にまつわる話

筥松――神社の名は、赤子の御胞衣を納めた箱から始まる

筥崎宮の話は、まず「筥」という字から始めたくなります。

今の地名では「箱崎」と書きますが、神社名は「筥崎宮」です。この「筥」も箱の意味を持つ字で、社伝では、応神天皇が生まれた時の御胞衣を筥に納め、そのしるしとして松を植えたと伝わります。その松が、境内に残る筥松です。

応神天皇は、母である神功皇后(じんぐうこうごう)が筑紫で産んだ皇子です。神功皇后は身ごもったまま海を渡り、戦のあとに筑紫へ戻って応神天皇を産んだと語られます。福岡には宇美という地名もありますが、これは「産み」に由来するという話があり、宇美八幡宮には応神天皇の誕生伝承が残ります。

生まれた場所が宇美なら、筥崎はその御胞衣を納めた場所として語られます。赤子本人ではなく、赤子を包んでいたものを箱に入れ、松を植えて標にする。神社名の奥にあるのは、勝運や戦の話より先に、母と子の誕生の話なのです。

そして、その赤子だった応神天皇が、のちに八幡神として信仰されます。筥崎宮は八幡宮ですから、武神としての顔が前に出やすいのですが、最初に置かれているのは誕生のしるしです。戦の神の社に、産まれた子の御胞衣を納めた箱がある。ここから筥崎宮の話は、少し不思議な方向へ広がっていきます。

応神天皇と神功皇后――海を渡る母子の八幡信仰

筥崎宮のご祭神は、応神天皇、神功皇后、玉依姫命(たまよりひめのみこと)です。

応神天皇は八幡神として全国の八幡宮に祀られる神です。神功皇后はその母で、海を渡った遠征の伝承を持つ女性です。妊娠したまま戦へ向かい、帰ってから子を産むという話になっていて、神話や伝承の中でもかなり強い母です。

この母子の話に、筥崎宮では玉依姫命も加わります。タマヨリヒメは、海の神の娘として語られることが多い神で、神武天皇の母としても知られます。「玉依」という名は、神霊が宿る女性という意味で読まれることがあり、海の神、玉、出産、皇統の始まりがこの名のまわりに集まります。

筥崎宮の祭神を並べると、応神天皇は八幡神、神功皇后は海を渡る母、タマヨリヒメは海神の娘です。博多湾に近い箱崎の地で、戦の神と、出産の母と、海の神の娘が一緒に祀られているのですね。

この組み合わせを見ていると、筥崎宮が「勝運の神社」と呼ばれる理由も、戦だけでは語りきれません。海を渡ること、子を産むこと、命を次へ渡すこと。その上に、八幡神の武の力が乗っています。

「敵国降伏」――楼門に掲げられた四文字

筥崎宮でまず目を引く言葉が、楼門に掲げられた「敵国降伏」です。

かなり強い四文字です。けれども、この言葉は、相手を力で踏みつぶすという意味で読まれてきたものではなく、神威によって敵が自ら降伏するという意味で伝えられています。武器を振るう前に、神の徳に相手がひれ伏す。八幡神らしい言葉ではありますが、門に大きく掲げられているので、初めて見るとかなり迫ってきます。

この「敵国降伏」の額は、醍醐天皇の宸筆と伝わります。宸筆とは、天皇みずから筆をとって書いたものという意味です。筥崎宮は延長元年に、筑前大分宮(ちくぜんだいぶぐう)からこの地へ遷されたとされ、その時代から朝廷との関わりが語られます。

そして筥崎宮の海の前に、のちの大事件がやってきます。鎌倉時代の元寇です。文永の役では蒙古軍が博多湾へ押し寄せ、筥崎宮の社殿も焼失したと伝わります。海から敵が来る場所に、海を渡った神功皇后と、八幡神としての応神天皇が祀られている。そこに「敵国降伏」の四文字が掲げられるのです。

博多湾沿いには元寇防塁の跡も残ります。石を積んで海からの侵入に備えた防塁です。筥崎宮の勝運信仰は、頭の中だけの縁起ではなく、実際に海の向こうから兵が来た土地で育っています。

放生会――戦の神の社で、生きものを放つ祭り

筥崎宮の大きな祭りに、放生会があります。筥崎では「ほうじょうや」と呼ばれ、博多の秋を代表する祭りです。

放生とは、捕らえた生きものを放ち、命を助けることです。殺生を戒め、万物の命をいつくしむ行いとして、古くから八幡信仰と深く関わってきました。八幡神は武の神として広まりましたが、その八幡宮で、生きものを殺さずに放つ祭りが大切にされているのです。

この取り合わせは、筥崎宮ではかなりはっきり見えます。楼門には「敵国降伏」。秋には放生会。戦の神の社で、命を放つ祭りが続いてきました。

放生会では、露店が並び、参道は多くの人でにぎわいます。今では福岡の年中行事として楽しみにされる祭りですが、根にあるのは、食べること、殺すこと、生かすことへのまなざしです。海の近い町で魚を食べ、鳥や獣を取り、暮らしてきた人々にとって、放生はきれいごとでは済まない行いだったはずです。

八幡神の社に人が集まり、にぎやかな祭りの中で命を放つ。筥崎宮の放生会には、戦と殺生と祈りが同じ境内に置かれています。

筥崎宮の小話や裏話、豆知識

装飾画像:見出し「この神社の豆知識」

玉せせりの玉は海の神の玉にも行き着く

筥崎宮の玉取祭は、毎年正月に行われる祭りで、「玉せせり」とも呼ばれます。

締め込み姿の男たちが木の玉を奪い合い、玉に触れることで悪事災難をのがれ、幸運を授かるとされます。陸側が勝てば豊作、浜側が勝てば豊漁といわれ、勝負の結果でその年を占うのです。かなり荒々しい祭りですが、奪い合うものは刀でも旗でもなく、玉です。

この玉という言葉は、筥崎宮のご祭神である玉依姫命にも出てきます。タマヨリヒメの「玉」は、神霊が宿るものとしての玉です。さらに神功皇后の伝承には、海の神から授かった満珠(まんじゅ)と干珠(かんじゅ)という潮を動かす玉の話もあります。潮を満たし、潮を引かせる玉です。

玉せせりの木玉、タマヨリヒメの名、神功皇后の満珠干珠。筥崎宮では、玉がただの縁起物として置かれているより、海の力や神霊を宿すものとして顔を出します。浜側と陸側が争い、豊漁と豊作を占う祭りになっているのも、箱崎が海と田畑のあいだにある土地だったことを思わせます。

お潮井――箱崎浜の真砂で身を清める

筥崎宮には、お潮井(おしおい)という信仰があります。箱崎浜の真砂を受け、身を清め、災いを祓うものです。

社日祭では、このお潮井を受けるために参拝者が訪れます。社日とは、春と秋に土地の神を祀る日です。農作業の始まりや収穫の時期に関わる日で、ここでも砂と土地と暮らしが前に出ます。

博多祇園山笠でも、箱崎浜のお汐井取りが知られています。舁き手たちは浜の砂を取り、身を清めて祭りへ向かいます。博多の町の祭りが、箱崎浜の砂を受けて動き出すのですね。

筥崎宮は八幡宮であり、元寇の舞台としても語られますが、足元には浜の砂があります。門の額には「敵国降伏」とあり、手元には清めの真砂がある。この近さが、筥崎宮らしいところです。

「筥崎」と「箱崎」――字が変わっても、箱の話は残る

神社名は筥崎宮、地名は箱崎と書くことが多いです。

「筥」は今では見慣れない字ですが、竹で作った箱や容器を意味します。箱という字より古い手ざわりがあり、御胞衣を納めた筥の話には、こちらの字がよく似合います。

地名としての箱崎には、港や町の歴史もあります。箱崎は博多湾に面し、古くから海上交通や対外交流と関わった場所です。宋の商人が往来した時代、博多は外へ開いた港町であり、箱崎もその周辺の重要な地でした。

だから筥崎宮は、山奥にひっそり残った古社という姿ではありません。海から人も物も敵も来る場所に建ち、地名には赤子の御胞衣を納めた箱の話が残ります。箱にしまわれたものが、土地の名になり、宮の名になっているのです。

筥崎宮の見どころ・パワースポット

装飾画像:見出し「パワースポット・見どころ」

楼門と「敵国降伏」の額

楼門は、筥崎宮を訪れた時にまず見ておきたい見どころです。門の上には「敵国降伏」の額が掲げられています。

この四文字は、勝運を願う参拝者にとって代表的なパワースポットにもなっています。受験や仕事の勝負、スポーツの必勝祈願などで訪れる人が多いのも、この八幡神の力と「敵国降伏」の言葉があるからです。

門の前で見ると、文字がかなり大きく感じられます。元寇の舞台となった博多湾の近くでこの額を見ると、勝つという願いが、海から来るものを防ぐ祈りでもあったことが分かります。

筥松と湧出石

筥松は、筥崎宮の由緒をたどるうえで外せない見どころです。応神天皇の御胞衣を納めた筥のしるしとして松を植えたという話が、この神社名の始まりに置かれています。

境内には湧出石もあります。国に一大事がある時に地上に姿を現すと伝わる石で、触れると運が湧き出るといわれます。こちらは開運のパワースポットとして親しまれています。

筥松は誕生のしるし、湧出石は地中から現れる石です。どちらも、目に見えない由緒を、松や石として境内に置いています。筥崎宮では、社殿だけを見て帰るより、こうした場所をたどると話がかなり濃くなります。

お潮井浜と参道

お潮井浜は、浄化のパワースポットとして親しまれる場所です。箱崎浜の真砂を受け、身を清め、災いを祓うお潮井の信仰がここにあります。

参道から海の方へ意識を向けると、筥崎宮が博多湾の神社であることがよく分かります。八幡神の社であり、元寇の記憶を持ち、放生会で命を放ち、浜の砂で身を清める。これらは別々の飾りではなく、箱崎という土地の暮らしの中で続いてきたものです。

参拝の時は、楼門、筥松、湧出石を見たあとに、お潮井の話まで思い出すと、筥崎宮が海辺の大きな八幡宮として見えてきます。

神社属性(繭気属性)の意味と考え方

装飾画像:見出し「神社属性(繭気属性)の意味と考え方」

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。

「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。

神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。

この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

神社属性とは | 属性神社の考え方・調べ方はこちら

あなたの属性の調べ方|計算方法

西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。

A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。

<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8

最後に、出た数字を属性に当てはめます。

1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。

計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。

神社属性(繭気属性)自動診断ツールはこちら

属性別おすすめ神社

装飾画像:見出し「属性別おすすめ神社」

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。

スクロールできます
属性神社1神社2神社3
地属性春日大社松尾大社新田神社
水属性天河大弁財天社田村神社東京大神宮
火属性北口本宮冨士浅間神社阿蘇神社愛宕神社
風属性西宮神社石浦神社石上神宮
空属性大山阿夫利神社調神社鳩森八幡神社

全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。

【都道府県別・神社属性】全国の神社やパワースポット一覧はこちら

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