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【神社属性:風属性】寒川神社|相模國一之宮と八方除のパワースポット

寒川神社の神社属性は、風属性です。

神奈川県寒川町に鎮まる寒川神社は、相模國一之宮(さがみのくにいちのみや)として知られる古社です。八方除(はっぽうよけ)の神社として名高いのですが、古い記録では「寒河神」とも書かれ、本殿の奥には難波の小池という神聖な泉が残ります。

方角を守る神社をたどっていると、川、泉、相模川の渡し、海で見つかった神輿、そして夏至の夕日が沈む大山まで話が進んでいくんですね。

この記事ではそんな寒川神社についてご紹介いたします。まずは寒川神社の属性相性から見ていきましょう。

目次

風属性の寒川神社と相性が良い属性・悪い属性

神社属性の相性相関図
項目属性
寒川神社の属性風属性
相性の悪い属性空属性・火属性
相性の良い属性風属性・地属性・水属性

相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

【神社属性】地・水・火・風・空の特徴と性格傾向・相性まとめ

さて、ここからは寒川神社の基本情報と、普段の参拝では知ることができない話をご紹介していきますね。

寒川神社の基本情報

スクロールできます
項目内容
所在地神奈川県高座郡寒川町宮山3916
ご祭神寒川比古命、寒川比女命
ご利益八方除、方位除、厄除開運、家内安全など
祭事追儺祭、浜降祭など
公式HP→寒川神社の公式サイトはこちら

寒川神社は、相模国の一之宮として古くから崇敬されてきた神社です。ご祭神は寒川比古命(さむかわひこのみこと)と寒川比女命(さむかわひめのみこと)で、二柱をあわせて寒川大明神とも呼ばれます。

とくに知られているのが、八方除の信仰です。八方除とは、方角、地相、家相、日柄などから起こる災いを除く祈りで、寒川神社では暮らしの節目や移転、建築、旅行、厄年などの場面で厚く信仰されてきました。

社伝には、雄略天皇の御代に奉幣があったこと、神亀4年に社殿が建立されたことが伝わります。平安時代の『延喜式』神名帳では、相模国十三社の中で唯一の名神大社として記されているんですね。

寒川神社にまつわる話

「寒川」より前に見える「寒河神」

寒川神社の名は、古い記録の中で少し姿を変えて出てきます。

承和13年の『続日本後紀』には「寒河神」と見え、斉衡元年の『文徳天皇実録』にも「寒河神」と記されています。貞観11年の『日本三代実録』では「寒川神」、元慶8年にはふたたび「寒河神」と書かれます。

「川」と「河」が入れ替わっているのです。

今の感覚では、神社名は「寒川」で決まっているように見えます。けれど古い文献を追うと、ここには川や河の字が行き来していました。相模川の左岸、目久尻川(めくじりがわ)にも近い土地に鎮まる神社ですから、神社名そのものにも水辺の匂いがあります。

民俗学者の柳田国男は、「サム」という音を清い、冷たいという意味に見て、寒川を清らかで神聖な泉や池に関わる名として考えました。すると、本殿の奥にある難波の小池が急に近くなります。

寒川神社は八方除で知られますが、社名を古い字で追うと、最初に出てくるのは方角よりも水なのです。

寒川比古命と寒川比女命は、伊勢で川の神としても見える

寒川神社のご祭神、寒川比古命と寒川比女命は、相模国を開いた親神として語られます。関東の開拓、衣食住を導いた神として崇敬されてきた二柱です。

この神名は、伊勢の牟弥乃神社(むみのじんじゃ)にも見えます。そこでは、寒川比古命と寒川比女命が大水上神(おおみなかみのかみ)の御子とされ、川を守る神として祀られています。

しかも同じ場所には御船神社(みふねじんじゃ)があり、倭姫命(やまとひめのみこと)が外城田川(ときだがわ)をさかのぼり、御船をとどめたという話も伝わります。寒川の神の名を追っていくと、相模の一之宮から伊勢の川と船へ話が進むんですね。

「寒川」という名を持つ神が、相模では国土を開く親神として祀られ、伊勢では川の守り神として祀られる。ここで、寒川神社の水の話がまた深くなります。

相模川左岸の低い土地と、古代の人々

寒川町は、相模川の河口から上流へ約6キロほどの左岸にあります。町の東側には相模野台地の南西部が入り、そのほかには相模川、小出川、目久尻川がつくった低い土地が広がります。

寒川神社の周辺は、川のそばの平たい土地と、少し高くなった段丘が接する場所です。神社の近くにある宮山中里遺跡では、弥生時代後期の集落や、古墳時代の住居跡、古墳群などが見つかっています。

相模川の流域には、古く相武国造(さがむのくにのみやつこ)という豪族の勢力があったとする見方があります。寒川神社の祭神を、初代相武国造の茅武彦命(かやたけひこのみこと)に関係づける説もあります。

現在のご祭神は寒川比古命と寒川比女命です。ただ、相模川のほとりに古い首長の墓や集落があり、その土地の中心に一之宮が鎮まっている。寒川神社の背後には、川を渡り、田を開き、人が住み続けてきた相模川下流の古い営みがあります。

方角の神社は、夕日の山でも方角を見せる

寒川神社は、江戸から見ると南西、坤(ひつじさる)の方角にあたるとされ、江戸の裏鬼門を守る神社としても信仰されてきました。社殿も南西を向くと伝わります。

寒川町には、春分と秋分の日に富士山へ夕日が沈み、夏至には大山、冬至には箱根方面へ夕日が沈むという見立てがあります。二至二分、つまり夏至・冬至・春分・秋分を、山と夕日で見る土地なのです。

ここで夏至の夕日が沈む大山が出てきます。大山は大山阿夫利神社の山で、「あめふり山」とも呼ばれ、雨乞いの信仰で知られてきました。

寒川神社では本殿の奥に泉があり、町の足元には相模川や目久尻川があります。さらに夏至の夕日は、雨の山と呼ばれた大山へ沈む。八方除の神社が、地図の方角だけでなく、山と太陽と水でも語られる場所になっているんですね。

寒川神社の小話や裏話、豆知識

装飾画像:見出し「この神社の豆知識」

追儺祭は、暗闇の中で「難波の小池」と唱える

寒川神社の追儺祭(ついなさい)は、1月2日の夜に行われる神事です。追儺は、古くから邪気を祓う行事として知られています。

寒川神社では、午後8時になると境内の灯りが消されます。浄闇(じょうあん)と呼ばれる清らかな暗闇の中、兜、金木、弓矢を持った祭員が太鼓の音に合わせて進み、「難波の小池」と唱えます。

その後、難波の小池の御神水が竹筒に汲まれ、神前に供えられ、境内に撒かれます。水で祓う神事なのに、場面には兜と弓矢が出てくるんですね。

さらに神前の弓矢は、災難除けのお守りとして授けられます。泉の水、暗闇、武具、弓矢。寒川神社の祓いは、静かな水の話だけで進みません。

浜降祭は、神輿が相模川で失われ、海で戻る

寒川神社の水の話で外せないのが、浜降祭(はまおりさい)です。七月の海の日の早朝、茅ヶ崎の南湖(なんご)の浜に、寒川町や茅ヶ崎市の神輿が集まります。

この祭には、天保9年の話が伝わります。國府祭から帰る途中、寒川神社の神輿が相模川の渡し場で川へ落ち、行方が分からなくなりました。

数日後、南湖の網元だった孫七が、漁の最中に御神体を見つけたと伝わります。御神体は寒川神社へ戻され、その後、神輿が南湖の浜へ赴き、禊を行うようになったのです。

神輿が社殿から海へ出る話ではなく、川で失われ、海で見つかり、浜へ向かうようになる。寒川神社の祭は、相模川と海をまたいで動いています。

國府祭の座問答は、毎年「来年まで」で終わる

相模国の古社が集まる國府祭(こうのまち)には、座問答という神事があります。

登場するのは、一之宮の寒川神社、二之宮の川勾神社(かわわじんじゃ)、三之宮の比々多神社(ひびたじんじゃ)、四之宮の前鳥神社(さきとりじんじゃ)、平塚八幡宮、総社の六所神社です。

座問答では、寒川神社と川勾神社の上座争いが儀式として行われます。虎の皮を敷き、どちらが上座に進むかを三度くり返すのです。

そこで三之宮の比々多神社が仲裁に入り、「いずれ明年まで」と告げます。決着をつけるのではなく、来年まで預ける。神々の席争いを毎年行い、毎年また持ち越す祭なのです。

武佐弓祭の的と、相模川を渡った竹竿

1月8日の武佐弓祭(むさゆみさい)では、神職が弓を引き、一年の吉凶を占います。的には「甲・乙・ム」の三字を変形させて組み合わせた、鬼の字が描かれます。

この的のそばに置かれる麻は、安産や建築のお守りとして受けられてきました。そして的をかける竹竿には、相模川の渡し場で使われていた船のさおが用いられたと伝わります。

弓を引く神事の中に、相模川を渡った道具が残っているのです。鬼を射る的、麻、竹竿、渡し舟。寒川神社の年始の神事にも、川を渡る暮らしの道具が入ってくるんですね。

寒川神社の見どころ・パワースポット

装飾画像:見出し「パワースポット・見どころ」

神嶽山神苑と難波の小池

神嶽山神苑(かんたけやましんえん)は、寒川神社の本殿の奥に広がる神苑です。その中に、難波の小池があります。

難波の小池は、追儺祭で御神水を汲む神聖な泉です。神事に用いられる水がある場所なので、信仰上のパワースポットとして語られることが多い場所です。

「寒河神」と書かれた古い神名、サムを清い・冷たいと見る考え、そして本殿の奥の泉。神社名の話をたどったあとにこの池を思うと、寒川神社の水の信仰が具体的に見えてきます。

渾天儀と龍

拝殿の右側には、渾天儀(こんてんぎ)があります。渾天儀は、天体の動きを表す古い道具で、寒川神社では方位除の信仰を象徴する見どころになっています。

四隅には龍が置かれています。龍は水を司る霊獣として語られることが多く、空をめぐる天体の道具に、水の霊獣が添えられているのです。

寒川神社は八方除の神社として、方角や日柄、家相などの災いを祓う信仰を集めてきました。境内で渾天儀を見ると、その信仰が文字や祈願名ではなく、空を測る道具として形になっています。

神門と社殿

寒川神社の神門と社殿は、相模國一之宮らしい大きさと整った構えを持つ見どころです。参道を進むと、神門の向こうに拝殿が正面に見えます。

寒川神社の社殿は南西を向くとされ、江戸の裏鬼門を守る信仰とも関わります。境内で見る建物の向きそのものが、八方除の神社らしい話を持っているんですね。

春分と秋分の夕日が富士山へ、夏至の夕日が大山へ、冬至の夕日が箱根方面へ沈むという見立ても、この社の方角の話に加わります。参拝の見どころであり、方位の信仰を現地で考えられる場所でもあります。

神社属性(繭気属性)の意味と考え方

装飾画像:見出し「神社属性(繭気属性)の意味と考え方」

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。

「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。

神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。

この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

神社属性とは | 属性神社の考え方・調べ方はこちら

あなたの属性の調べ方|計算方法

西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。

A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。

<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8

最後に、出た数字を属性に当てはめます。

1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。

計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。

神社属性(繭気属性)自動診断ツールはこちら

神社属性別おすすめ神社

装飾画像:見出し「属性別おすすめ神社」

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。

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属性神社1神社2神社3
地属性伊佐須美神社伊勢山皇大神宮宇佐神宮
水属性亀戸天神社金蛇水神社金比羅神社
火属性住吉大社松陰神社上野東照宮
風属性伊弉諾神宮一言主神社岩木山神社
空属性御嶽神社高千穂神社桜神宮

全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。

【都道府県別・神社属性】全国の神社やパワースポット一覧はこちら

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