鹿島神宮の神社属性は、火属性です。
鹿島神宮は、茨城県鹿嶋市に鎮まる常陸国一之宮です。ご祭神は武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)。名前だけ見ると武道や勝負の神さまなのですが、この神さまは火の神を斬った刀の血から生まれ、出雲へ降り、熊野で剣を降ろし、鹿に乗って奈良へ向かう話まで持っています。
そして鹿島の社は、森の奥に静かにあるだけの神社ではなく、かつて内海に面した東国の入口でもありました。剣の神さまが、船で水の道を渡るのです。
この記事ではそんな鹿島神宮についてご紹介いたします。まずは鹿島神宮の属性相性から見ていきましょう。

火属性の鹿島神宮と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 鹿島神宮の属性 | 火属性 |
| 相性の悪い属性 | 風属性・水属性 |
| 相性の良い属性 | 火属性・空属性・地属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは鹿島神宮の基本情報と、普段の参拝では知る機会が少ない話をご紹介していきますね。
鹿島神宮の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県鹿嶋市宮中2306-1 |
| ご祭神 | 武甕槌大神 |
| ご利益 | 勝負運、武道上達、厄除、道中安全 |
| 祭事 | 例祭、御船祭 |
| 公式HP | →鹿島神宮の公式サイトはこちら |
鹿島神宮は、古くから東国を代表する神社として崇敬されてきました。常陸国一之宮であり、香取神宮、息栖神社とともに東国三社の一社にも数えられます。
ご祭神の武甕槌大神は、神話の国譲りに登場する神さまです。武道の神、勝利の神として知られ、武将たちからも厚く信仰されてきました。
境内には、本殿、奥宮、楼門、御手洗池、要石、鹿園などがあります。どれも単独で見ても濃い場所なのですが、神話をたどると、剣、鹿、船、地震、湧水の話が一つずつ出てくるんですね。
鹿島神宮にまつわる話
剣から生まれた神、武甕槌大神
武甕槌大神は、『古事記』では建御雷之男神(タケミカヅチノオノカミ)として登場します。
生まれ方がかなり強いです。伊邪那岐命(イザナギノミコト)が、火の神である迦具土神(カグツチノカミ)を斬った時、その刀についた血から生まれた神の一柱なのです。水辺で静かに生まれる神もいれば、山に宿る神もいますが、タケミカヅチは、火の神を斬った刀の血から出てきます。
この時点で、もう剣の神なんですね。
タケミカヅチには、建布都神(タケフツノカミ)、豊布都神(トヨフツノカミ)という別名もあります。この「フツ」は、刀が物を断つ音や、刀剣の霊力に関わる言葉と考えられています。鹿島神宮で大切にされる韴霊剣(フツノミタマノツルギ)にも、この「フツ」が入っています。
神さまが剣を持つ、という話なら各地にあります。けれどタケミカヅチの場合、剣から生まれ、剣の名を持ち、剣を地上へ降ろします。神さまと剣の距離が、とても近いのです。
出雲へ降りた神と、剣の刃先に座る話
国譲りの神話では、高天原の神々が、地上の国を治めていた大国主命(オオクニヌシノミコト)に国を譲るよう求めます。その交渉のために降りたのが、タケミカヅチです。
鹿島神宮の由緒では、タケミカヅチは香取神宮の経津主大神(フツヌシノオオカミ)とともに出雲へ降り、大国主命と話し合って国譲りを成し遂げたと伝わります。鹿島と香取が対になって語られるのは、ここからなんですね。
『古事記』の場面では、タケミカヅチは剣を波の上に逆さに立て、その刃先にあぐらをかいて座ります。座る場所が、刃です。交渉に来た神が、剣を抜いて脅すのではなく、剣の先に座っている。かなり妙な場面なのですが、これでタケミカヅチがどういう神か、言葉より先に伝わってきます。
その後、大国主命の子である建御名方神(タケミナカタノカミ)が力くらべを挑みます。タケミカヅチは手を氷や剣に変えて相手を退け、タケミナカタは諏訪まで逃げます。ここで鹿島の神話は、諏訪大社の神話にも伸びていくのです。
韴霊剣は熊野へ降り、石上へ行く
タケミカヅチの剣の話は、出雲で終わりません。
神武東征の途中、神武天皇となるイワレヒコの一行は熊野で倒れます。荒ぶる神の毒気にあてられ、軍勢が進めなくなったのです。そこで高倉下(タカクラジ)という人物の夢にタケミカヅチが現れます。
タケミカヅチは、自分が降りていくかわりに、かつて国を平定した剣を降ろせばよい、と告げます。朝になると、高倉下の倉に一振りの剣がありました。この剣が韴霊剣です。
剣が差し出されると、倒れていた一行は力を取り戻します。ここでは、剣は敵を斬る道具として出てくる前に、倒れた人々を起こすものとして出てくるんですね。
この韴霊剣は、のちに石上神宮(いそのかみじんぐう)へ祀られたと伝わります。では鹿島には剣がないのかというと、そうではありません。鹿島神宮には、全長2.7メートルを超える直刀が伝わり、国宝に指定されています。神話の韴霊剣が石上へ行ったあと、鹿島ではこの直刀が「二代目の韴霊剣」として大切にされてきたのです。
剣が神話の中を移動し、神社から神社へ話を渡していく。鹿島神宮を調べていると、石上神宮や香取神宮が自然に出てくるのは、そのためなんですね。
香島の天の大神と、三つの社
鹿島神宮は、今では一つの大きな神社として知られています。けれど『常陸国風土記』には、少し違う見え方が出てきます。
『常陸国風土記』では、天の大神の社、坂戸(サカト)の社、沼尾(ヌマオ)の社、この三つをあわせて「香島の天の大神」と呼んだと記されています。つまり古い鹿島の信仰は、鹿島神宮だけで閉じていなかったのです。
坂戸神社の祭神は、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)。祝詞を奏上する神で、中臣氏や藤原氏の祖神として知られます。沼尾神社の祭神は、香取神宮と同じ経津主大神です。
ここで、鹿島、香取、中臣氏、藤原氏が出てきます。
奈良の春日大社では、武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神(ヒメガミ)が祀られます。鹿島の神、香取の神、中臣氏の祖神が奈良で並ぶのです。鹿島神宮の森を歩いていると、話は出雲へ行き、熊野へ行き、石上へ行き、春日へも行く。タケミカヅチという神さまは、一か所に静かに収まってくれない神さまなのです。
御船祭と、船で渡る鹿島の神
鹿島神宮の大きな祭事に、御船祭(みふねまつり)があります。12年に一度、午年に行われる式年大祭です。
令和8年、2026年の御船祭では、9月1日の例祭から始まり、御神輿が行宮へ渡ります。翌9月2日には大船津へ向かい、そこから御座船に乗って水上を進みます。鰐川、浪逆浦を通り、香取神宮の御迎祭へ向かうのです。
ここで鹿島の神は、剣を持つ神でありながら、船で動く神として現れます。
鹿島の周辺には、かつて大きな内海が広がっていました。今の地図だけ見ると内陸の森にある神社のように見えますが、古い鹿島は水上交通の要地でもありました。大船津という名も、船がつく場所だったことをそのまま残しています。
出雲へ降りた神が、熊野へ剣を降ろし、鹿島では船で水を渡る。タケミカヅチは、地上の国を平らげる神であり、道を開く神でもあったんですね。
鹿島神宮の小話や裏話、豆知識

鹿は、神の命を運んだ動物
鹿島神宮には鹿園があります。鹿島という名前そのものにも鹿の字が入っていますが、ここでの鹿は、かわいい動物というだけで出てくるわけではありません。
国譲り神話では、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の命をタケミカヅチへ伝えた神として、天迦久神(アメノカクノカミ)が語られます。この神は鹿の神とされ、鹿島では鹿が神の使いとして大切にされてきました。
鹿の話は、奈良の春日大社へ続きます。春日大社の伝承では、鹿島の神である武甕槌命が、常陸国から白鹿に乗って御蓋山(みかさやま)へ来たとされます。武神が白鹿に乗って奈良へ行く。剣の神なのに、移動の姿は鹿の背中なのです。
奈良の鹿が神鹿として扱われる背景には、この鹿島から春日への神さまの旅があります。鹿島神宮の鹿園を見る時、そこで終わる話ではなく、春日の鹿まで思い出すと、鹿の役割がだいぶ変わって見えてきますね。
「鹿島立ち」は、旅の始まりの言葉
旅立ちや門出を「鹿島立ち」と言うことがあります。
この言葉には、いくつかの由来が語られています。古くは東国から九州の守りへ向かった防人(さきもり)たちが、鹿島神宮で道中の無事を祈って出発したことに由来するとも言われます。防人は、遠い国境へ赴いた兵士たちです。旅と言っても、帰れるかどうか分からない旅でした。
武将たちが出陣の前に鹿島の神へ祈ったことも、この言葉の背景にあります。鹿島の神は、勝つための神であると同時に、出発する人を送り出す神でもあったのです。
タケミカヅチ自身も、出雲へ降り、剣を熊野へ降ろし、鹿島から春日へ移る話を持ちます。動く神だからこそ、旅立ちの言葉に鹿島の名が残ったのかもしれないですね。
背開きの鯉と甘酒を供える宮贄祭
鹿島神宮には、宮贄祭(みにえさい)という祭事があります。
この祭では、通常の神饌(しんせん)、つまり神さまへのお供えに加えて、甘酒と背開きにした鯉を供えます。鯉を背開きにする、というところが妙に具体的です。神話の剣や国譲りの話から急に台所が見えてくるようで、鹿島の祭りには古い暮らしの手触りも残っているんですね。
鯉は水の魚です。鹿島には御手洗池の湧水があり、かつては内海や川の交通がありました。剣の神を祀る社に、魚と甘酒が供えられる。武神の社という言葉だけでは拾いきれない、土地の水と食の祭りがここにあります。
鹿島神宮の見どころ・パワースポット

要石|地震の大鯰を押さえるパワースポット
鹿島神宮の要石(かなめいし)は、地震を起こす大鯰(おおなまず)の頭を押さえていると伝わる霊石です。地中深くまで埋まっているとされ、見えている部分は小さくても、地下ではどこまで続くのか分かりません。
水戸光圀が、どれほど深く埋まっているのか確かめようとして、七日七晩掘らせたという話があります。けれど底には届かず、怪我人が続いたため、掘るのをやめたと伝わります。
剣で国を平定する神が、地中では鯰を押さえる。地震を鎮める信仰の場所として、要石は鹿島神宮を代表するパワースポットです。
御手洗池|禊に使われた湧水の見どころ
御手洗池(みたらしいけ)は、鹿島神宮の境内にある湧水の池です。水底が見えるほど澄んでいて、古くは参拝の前にここで禊(みそぎ)を行いました。
今も大寒禊が行われる場所で、鹿島神宮の水の信仰をよく伝えています。剣の神を祀る鹿島神宮で、参拝者を迎えるのが清らかな湧水というのも、鹿島らしいところです。
御手洗池のそばに立つと、鹿島が森だけでできた神社ではなく、水の場所でもあることが分かります。御船祭で神さまが水上を進む話とも、ここで自然に結びついてきますね。
奥宮と奥参道|荒魂を祀る静かな見どころ
奥宮には、武甕槌大神の荒魂(あらみたま)が祀られています。荒魂とは、神さまの力が強くあらわれる側面のことです。タケミカヅチの武神としての働きを思うなら、奥宮は外せない場所です。
現在の奥宮の社殿は、もとは徳川家康が関ヶ原の戦勝のお礼として奉納したものと伝わります。その後、新たな本殿が建てられる際に、今の奥宮の場所へ移されました。
奥宮へ向かう奥参道は、巨木に囲まれた長い道です。5月1日には流鏑馬神事も行われます。馬が走り、矢が放たれる祭事がこの参道で行われるところにも、鹿島の武の神としての顔が残っています。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
神社属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
