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【神社属性:水属性】晴明神社| 式神を隠した陰陽師の社

晴明神社の神社属性は、水属性です。

京都の堀川通、一条戻橋のそばに、平安時代の陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)を祀る晴明神社があります。鳥居には神社名ではなく、星形の晴明桔梗(せいめいききょう)が掲げられ、境内には旧・一條戻橋と式神の像が置かれています。

晴明が使った式神は、妻が怖がったため橋の下に封じられたと伝わります。必要になると呼び出され、橋を渡る人の言葉から吉凶を告げたともいう。見えないものを、都の境にある橋の下にしまっておく。ここから晴明神社の話が始まるんですね。

この記事ではそんな晴明神社についてご紹介いたします。まずは晴明神社の属性相性から見ていきましょう。

目次

水属性の晴明神社と相性が良い属性・悪い属性

神社属性の相性相関図
項目属性
晴明神社の属性水属性
相性の悪い属性火属性・地属性
相性の良い属性水属性・風属性・空属性

相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

【神社属性】地・水・火・風・空の特徴と性格傾向・相性まとめ

さて、ここからは晴明神社の基本情報と、普段の参拝では知ることができない話をご紹介していきますね。

晴明神社の基本情報

スクロールできます
項目内容
所在地京都府京都市上京区晴明町806(堀川通一条上ル)
ご祭神安倍晴明御霊神
ご利益魔除け、厄除け、病気平癒、家内安全など
祭事晴明祭、節分星祭など
公式HP→晴明神社の公式サイトはこちら

晴明神社は、寛弘4年(1007年)、一条天皇の命により安倍晴明の屋敷跡に創建された神社です。晴明は平安時代中期に活躍した陰陽師で、天文を読み、暦を扱い、宮中の災いを祓った人物として知られています。

創建当初の社地は、東は堀川通、西は黒門通、北は元誓願寺通、南は中立売通に及ぶ広いものだったと伝わります。その後、応仁の乱や豊臣秀吉の都づくり、たび重なる戦火で社地は小さくなりましたが、いまも一条戻橋のそばで、魔除け・厄除けの社として親しまれています。

参拝時間は午前9時から午後5時までで、参拝料はありません。授与所は午後4時30分までなので、お守りや御朱印を受けたい方は少し早めに訪れると安心ですね。

晴明神社にまつわる話

一条戻橋の下に隠された式神

晴明神社を語るなら、まず一条戻橋です。現在の橋は神社から南へおよそ100メートル、堀川に架かっています。境内にある旧・一條戻橋は、先代の橋で使われていた欄干の親柱を移して再現したものです。

この「戻橋」という名には、死者が戻った話が残っています。文章博士の三善清行(みよしのきよつら)が亡くなったとき、息子の浄蔵(じょうぞう)は熊野で修行していました。父の死を聞いて都へ急ぎ、葬列が一条の橋に差しかかったところで追いつきます。浄蔵が父にすがって祈ると、清行はいっとき生き返り、親子は言葉を交わしたと伝わります。

戻る橋。死者がこちらへ戻る橋。名前からして、かなり強い場所なんですね。

そこへ安倍晴明の式神の話が入ってきます。式神は、陰陽師が使う目に見えない精霊のようなものです。『源平盛衰記』には、晴明が十二神将を使っていたが、妻がその姿を怖がったため、橋の下に封じたという話が語られます。

橋の下に置かれた式神は、ただ眠っていたのではありません。橋を渡る人の言葉を借りて、吉凶を告げる橋占(はしうら)をしていたとも伝わります。人の目に見えないものが、水の上の橋の下にいて、通行人の口から未来を知らせる。晴明神社の境内に式神の像があるのは、この少しぞくっとする話があるからなんですね。

一条戻橋には、源頼光(みなもとのよりみつ)の四天王のひとり、渡辺綱(わたなべのつな)が鬼女の腕を切り落とした話もあります。婚礼や葬列が「戻る」を嫌ってこの橋を避ける習わしも残りました。晴明神社のそばにある橋は、都を行き来する道でありながら、鬼も死者も式神も出てくる場所なのです。

安倍晴明は星を読む官人で、話の中では鬼も式神も動かす

安倍晴明は、物語の中では呪術を操る人物として語られますが、もとは朝廷の陰陽寮に仕えた官人です。陰陽寮は、天文、暦、時刻、占いなどを扱う役所で、晴明は賀茂忠行(かものただゆき)や賀茂保憲(かものやすのり)に学んだとされます。

この賀茂家と安倍家の関係もおもしろいところです。保憲は暦道を自分の子へ、天文道を弟子の晴明へ伝えたといわれます。そこから、暦は賀茂家、天文は安倍家という役割がはっきりしていきました。星を読む技術が、家の仕事になっていくんですね。

『今昔物語集』には、幼い晴明が夜道で鬼の姿を見た話があります。師の忠行が牛車で眠っていると、子どもの晴明が鬼の来ることに気づき、師を起こして難を逃れたという話です。ここでは晴明はまだ大人の陰陽師ではありません。子どもなのに、人に見えないものが見えている。

のちの説話では、花山天皇の退位を星の動きから察した話、藤原道長の災いを祓った話、蘆屋道満(あしやどうまん)との術比べなどが語られます。晴明は、宮中で暦や天文を扱った人であり、話の中では鬼や式神を見抜く人でもありました。晴明神社が魔除け・厄除けの社として信仰されるのは、この二つの顔があるからなのです。

厄除桃は、黄泉の坂で追っ手を返した桃

境内には「厄除桃」があります。桃をなでて、自分の厄やまがまがしいものを桃へ移すというものです。桃は中国でも日本でも、古くから魔除けの力を持つものとされてきました。

『古事記』では、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉国から逃げ帰る場面で桃が出てきます。黄泉の国で変わり果てた伊邪那美命(いざなみのみこと)を見てしまったイザナギは、追っ手に追われます。黄泉比良坂(よもつひらさか)まで逃げてきたところで、そこにあった桃の実を三つ取って投げつけると、追っ手は退きました。

イザナギはその桃に、「自分を助けたように、地上の人々が苦しむときも助けよ」と命じ、意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)という名を与えます。桃が果物のまま神名をもらう。神話はときどき、かなり直接的なんですね。

晴明神社の厄除桃に手を置くとき、その後ろには黄泉の坂で追っ手を押し返した桃の話があります。陰陽師の社に桃があるのは、かわいらしい縁起物としてではなく、鬼や災いを退ける古い道具としてなのです。

齋稲荷社と、晴明の母が白狐だった話

本殿の北側には、齋稲荷社(いつきいなりしゃ)があります。「齋」という字は、鴨神社に仕える斎王がこもった齋院(さいいん)に由来するとされます。晴明公はお稲荷さまの生まれ変わりだという説もあり、各地で稲荷信仰と結びついて語られてきました。

ここから、和泉の信太森(しのだのもり)へ話が向かいます。安倍晴明の母は、信太の森の白狐・葛の葉姫(くずのはひめ)だったという伝承です。

阿倍保名(あべのやすな)が、狩人に追われた白狐を助けます。やがて葛の葉と名乗る女性が現れ、保名との間に童子丸、のちの安倍晴明が生まれます。ところが童子丸が五歳のとき、葛の葉の正体が白狐であることが分かってしまう。葛の葉は障子に歌を書き残し、信太の森へ帰ったと伝わります。

「恋しくば 尋ねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」

母は人の姿で子を産み、正体が知れると森へ戻る。晴明が星を読む官人でありながら、人ならぬものを見る人として語られる背景には、この白狐の母の話もあります。晴明神社の境内に稲荷社があると、急に狐の話が近くなるんですね。

晴明神社の小話や裏話、豆知識

装飾画像:見出し「この神社の豆知識」

晴明桔梗は、海へ行くとセーマンになる

晴明神社の鳥居に掲げられている星形の紋は、晴明桔梗と呼ばれます。五芒星(ごぼうせい)とも呼ばれ、陰陽道の祈祷呪符のひとつとされます。

この星形の印は、志摩地方の海女の魔除けにも現れます。海女が頭に巻く磯手ぬぐいには、星形の「セーマン」と、格子形の「ドーマン」が染められたり、刺しゅうされたりしてきました。セーマンは安倍晴明、ドーマンは蘆屋道満の名にちなむといわれます。

海の中には、トモカズキという怪異の話があります。自分と同じ姿をしたものが海中に現れ、海女を誘うという話です。海女はその危険から身を守るため、星形の印を身につけました。

都の陰陽師の印が、海へ潜る人の手ぬぐいに縫われる。晴明桔梗は、神社の紋として鳥居にあるときは金色に輝いていますが、海辺では命を守るしるしになるんですね。

晴明神社の祭りは、水と火の使い方がはっきりしている

晴明神社の年中行事を見ると、水と火がよく出てきます。

元旦の歳旦祭では、早朝に境内の晴明井から若水をくみ、神前に供えます。節分星祭では、人の形をした紙に息を吹きかけ、自分のけがれを移して納めます。ここでは、年の境目に人のけがれを祓うのです。

秋分の日の晴明祭では、前夜に湯立神楽が行われます。熱い湯を使って無病息災を願う神事です。十一月の御火焚祭では、五行説の「火生土(かしょうど)」、つまり火が土を生むという考えにより、火を焚いて疲れた土をよみがえらせるとされます。

井戸の若水、節分の人形、湯立の熱い湯、御火焚の火。晴明神社では、暦の節目に水と火がはっきり使われています。陰陽師の社らしく、ただ祈るのではなく、何を使って、何を祓い、何をよみがえらせるのかが見えるんですね。

晴明神社の見どころ・パワースポット

装飾画像:見出し「パワースポット・見どころ」

旧・一條戻橋と式神石像

旧・一條戻橋と式神石像は、晴明神社らしさが最も見える場所です。見どころであり、晴明伝承を体で感じやすい伝承スポットでもあります。

境内の旧・一條戻橋は、かつての橋の欄干の親柱を使って再現されています。そのそばに式神の石像が立っています。晴明が式神を橋の下に封じ、必要なときに呼び出したという話を知ってから見ると、小さな橋の下が急に気になってきます。

現在の一条戻橋は、神社の南にある堀川に架かっています。参拝の前後に実際の橋まで歩くと、境内の橋が昔話の模型ではなく、いまも京都の町に残る場所と関わっていることが分かります。

晴明井

晴明井は、病気平癒を願うパワースポットです。晴明公が念力で湧き出させた井戸と伝えられています。

この井戸は、水の湧き出る口がその年の恵方を向くようになっており、立春の日に向きが変えられます。恵方は、歳徳神(としとくじん)がいるとされる吉方です。水が出る口を毎年変える井戸というのは、かなり陰陽道らしい仕掛けですね。

境内には、千利休の屋敷跡を示す石碑もあります。晴明井の水は、利休が茶の湯に使ったともいわれます。陰陽師の井戸の水が、茶人の湯にもなる。晴明神社の水は、病気平癒の願いと、京都の茶の文化の両方に顔を出すのです。

厄除桃と御神木の楠

厄除桃は、厄除けを願うパワースポットです。桃をなでて、自分の厄やまがまがしいものを移すとされます。『古事記』の黄泉比良坂で桃が追っ手を退けた話を思うと、なでる動きも少し違って感じられます。

御神木の楠は、境内の見どころであり、病気平癒を願う人にも親しまれる場所です。樹齢は推定三百年。楠は、かつて虫除けなどに使われる樟脳(しょうのう)の原料でした。

桃は災いを祓い、楠は虫除けの香りを持つ木として暮らしの中にありました。晴明神社の境内では、石の星形や式神だけでなく、果物と木も魔除けの役を担っているんですね。

神社属性(繭気属性)の意味と考え方

装飾画像:見出し「神社属性(繭気属性)の意味と考え方」

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。

「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。

神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。

この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

神社属性とは | 属性神社の考え方・調べ方はこちら

あなたの属性の調べ方|計算方法

西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。

A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。

<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8

最後に、出た数字を属性に当てはめます。

1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。

計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。

神社属性(繭気属性)自動診断ツールはこちら

神社属性別おすすめ神社

装飾画像:見出し「属性別おすすめ神社」

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。

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属性神社1神社2神社3
地属性護国神社小國神社新屋山神社
水属性高龍神社蛇窪神社諏訪大社
火属性乃木神社宝登山神社北口本宮冨士浅間神社
風属性花園神社寒川神社宮地嶽神社
空属性大山阿夫利神社調神社鳩森八幡神社

全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。

【都道府県別・神社属性】全国の神社やパワースポット一覧はこちら

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