出雲大社の神社属性は、地属性です。
島根県出雲市にある出雲大社は、大国主大神(おおくにぬし)を祀る、日本でもよく知られた大社です。
この大国主大神は、国づくりをした神であり、最後にはその国を天照大御神(あまてらす)へ譲った神でもあります。しかも、その神さまが鎮まる御本殿では、神座が正面ではなく西を向いています。西にあるのは、国譲りの舞台となった稲佐の浜です。
この記事ではそんな出雲大社についてご紹介いたします。まずは出雲大社の属性相性から見ていきましょう。

地属性の出雲大社と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 出雲大社の属性 | 地属性 |
| 相性の悪い属性 | 水属性・空属性 |
| 相性の良い属性 | 地属性・火属性・風属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは出雲大社の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。
出雲大社の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 島根県出雲市大社町杵築東195 |
| ご祭神 | 大国主大神(おおくにぬしのおおかみ) |
| ご利益 | 縁結び、福徳、商売繁盛、五穀豊穣など |
| 祭事 | 例祭、神在祭など |
| 公式HP | →出雲大社の公式サイトはこちら |
出雲大社は、正式には「いづもおおやしろ」とも読まれる古社です。大国主大神は「だいこくさま」としても親しまれ、縁結びの神としてよく知られています。
この縁結びは、男女の縁だけに寄せて考えると少し狭くなります。大国主大神は国づくりをした神なので、人と人、土地と暮らし、仕事や物事のめぐり合わせまで含めて、さまざまな縁を結ぶ神として信仰されてきたんですね。
出雲大社にまつわる話
国をつくった神が、最後に国を譲る
出雲大社のご祭神、大国主大神にはいくつもの名前があります。
『古事記』では大穴牟遅神(おおなむち)、八千矛神(やちほこ)、葦原色許男神(あしはらしこお)などの名で語られます。『出雲国風土記』では、所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)とも呼ばれます。「天下を造った大神」という、かなり大きな名前です。
この神さまは、最初から穏やかな福の神として座っていた神ではありません。
兄弟の神々に命を狙われ、焼けた石を抱かされ、根の堅州国(ねのかたすくに)へ逃げ、そこで須佐之男命(すさのお)に試されます。蛇の室、ムカデと蜂の室、広い野に放たれた火。そのたびに須勢理毘売命(すせりびめ)が助けます。
水の神のような清らかな場面ではなく、火と毒虫と逃亡の中で、国づくりの神が育っていくんですね。
大国主は、最後に須佐之男命のもとから生大刀(いくたち)、生弓矢(いくゆみや)、天の詔琴(あめののりごと)を持って逃げます。琴は逃げる途中で木にふれて鳴り、眠っていたスサノオを起こしてしまいます。神宝を持って静かに逃げたいのに、楽器が鳴る。神話は、こういうところを妙にそのまま置いています。
その後、大国主大神は少彦名神(すくなびこ)とともに国をつくります。農耕、医薬、まじない、温泉、土地の開発。人が暮らすためのものが、少しずつ整えられていきます。
そして、その国を譲る場面が来ます。
天照大御神の使いとして、建御雷神(たけみかづち)が稲佐の浜へ降ります。十掬剣(とつかのつるぎ)を波の上に逆さに立て、その切っ先にあぐらをかいたと語られます。交渉というより、剣を立てて座る。かなり強い姿です。
大国主大神は、子である事代主神(ことしろぬし)と建御名方神(たけみなかた)の返事を聞いたうえで、国を譲ります。その代わりに求めたのが、自分が鎮まる大きな宮でした。
国をつくった神が、国の表の支配から退き、見えない世界を受け持つ。そのための宮が、出雲大社のもとにある話なのです。
「杵築」という地名には、神々が宮を築く話が入っている
出雲大社がある場所は、現在の地名で大社町杵築東です。
この「杵築(きづき)」という名も、出雲大社の話から離れません。『出雲国風土記』には、所造天下大神の宮を造るため、神々が集まって宮処を杵築いたので、この地を杵築と呼ぶようになったと語られます。
つまり杵築は、宮を建てたあとに付いた地名として語られているんですね。
しかも、この土地の周りには、国引き神話も残っています。八束水臣津野命(やつかみずおみつぬ)が、足りない国をよそから引き寄せて出雲の国を広げたという話です。
そのとき、引き綱になったのが薗の長浜とされます。稲佐の浜から続く長い浜です。国を引いてきた綱が浜になり、国をつなぎとめた杭が三瓶山や大山になったと語られます。
出雲大社は、海のそばにある社です。けれど、その足もとにある話は、土地を引き、結び、宮を築く話へ向かいます。浜に立つと海が見えますが、神話の手は地面のほうをつかんでいるんですね。
西を向く御神座と、稲佐の浜から来る神々
出雲大社の御本殿は南を向いています。参拝者は南側から拝みます。
ところが、大国主大神の御神座は西を向いています。
西にあるのは稲佐の浜です。国譲りの舞台であり、神在月に全国の神々を迎える浜でもあります。出雲では旧暦十月を神在月と呼びます。ほかの土地で神無月と呼ばれる月に、出雲では神々が集まるとされるからです。
神々は稲佐の浜で迎えられ、神迎の道を通って出雲大社へ向かうと伝わります。そして境内の十九社に宿り、上宮で神議り(かむはかり)を行うといわれます。
神議りは、人の縁や物事のめぐり合わせを話し合う神々の会議です。会議と聞くと急に人間くさくなりますが、出雲の神在月には、神々の宿、神々の道、神々の相談場所まで用意されています。
地元では、この期間を「お忌みさん」と呼ぶこともあります。神々の会議を妨げないよう、静かに過ごすという感覚が残っているんですね。
出雲大社の御神座が西を向くことは、建築の向きの話で終わりません。西には、国を譲った浜があり、神々を迎える浜があります。大国主大神は、国を譲った場所のほうを向き、毎年そこから来る神々を迎える神として鎮まっているのです。
御本殿の背後にいるスサノオ
出雲大社の御本殿の後ろには、素鵞社(そがのやしろ)があります。祀られているのは須佐之男命です。
スサノオは、大国主大神の親神とも、祖先神とも語られる神です。根の堅州国で大国主を試し、最後には「お前が持っていった太刀と弓矢で、兄弟の神々を追い払い、国を治めよ」と言う神でもあります。
かなり荒い育て方です。
蛇の室に入れ、ムカデと蜂の室に入れ、野に火を放つ。しかも最後には、自分の娘である須勢理毘売命を連れて逃げた大国主を追いかけます。逃げる大国主に向かって、スサノオは怒るだけで終わらず、国を治める名を与えます。
そのスサノオが、出雲大社では御本殿の背後に祀られています。
正面には国を譲った大国主大神。背後には、根の国でその大国主を試したスサノオ。出雲大社の境内では、神話の親子関係が建物の位置として残っているように見えます。
出雲大社の小話や裏話、豆知識

大国主の子どもたちは、別の土地の神社へ出ていく
大国主大神の話を追うと、子どもたちの名前が次々に出てきます。
国譲りで返事をする事代主神は、島根県松江市美保関の美保神社と深く関わる神です。釣りをしていたところへ国譲りの使者が来る、という場面で知られています。神さまが国の命運を聞かれているのに、まず釣りの場面から始まるんですね。
建御名方神は、国譲りに抵抗して建御雷神と力くらべをします。手を取られ、その手が氷のようになり、剣のようにも変わる。逃げた先が信濃の諏訪です。諏訪大社の神として祀られる神です。
味耜高彦根神(あじすきたかひこね)も、大国主大神の子です。母は宗像三女神の多紀理毘売命(たぎりびめ)とされます。この神は、出雲の阿須伎神社や、奈良の賀茂系の神社にも顔を出します。
『古事記』では、天若日子(あめわかひこ)の葬儀に来た味耜高彦根神が、死んだ天若日子と見間違えられます。すると怒って、喪屋を切り倒し、蹴り飛ばして去っていきます。よみがえったと喜ばれたのに、本人からすると他人の死者と間違えられた。神の怒り方が、かなり激しいのです。
出雲大社に祀られる大国主大神は、ひとりで完結する神ではありません。子どもたちが美保、諏訪、葛城、賀茂へ広がっていきます。出雲大社を見たあと、別の土地の神社で同じ一族の名に出会うことがあります。
うさぎが多いのは、因幡の素兎の話があるから
出雲大社の境内には、うさぎの像がたくさんあります。
これは、大国主大神と因幡の素兎(いなばのしろうさぎ)の話から来ています。
うさぎは、ワニザメをだまして海を渡ろうとします。もう少しで渡りきるところで嘘がばれ、皮をはがれてしまいます。そこへ通りかかった大国主の兄弟たちは、海水を浴びて風に当たれと教えます。うさぎはますます痛みに苦しみます。
最後に来た大国主は、真水で体を洗い、ガマの穂にくるまるよう教えます。すると、うさぎの傷は癒えます。
ここで大国主は、兄弟たちの荷物を持たされて遅れて歩いています。いちばん偉そうな神ではなく、いちばん後ろから来る神です。その後ろから来た神が、傷ついたうさぎを助けます。
だいこくさまと呼ばれる大国主大神のやわらかい顔は、この話からも見えてきます。ただ、その大国主が後に国をつくり、国を譲るところまで進むので、うさぎの話は子ども向けの昔話で終わらないんですね。
出雲大社では四拍手で拝む
出雲大社の参拝作法は、二礼四拍手一礼です。
多くの神社では二礼二拍手一礼なので、出雲大社に来ると拍手の数で少し手が止まります。例祭などでは八拍手となり、普段の四拍手はその半分ともいわれます。
八という数は、古くから「多い」「大きい」「広がる」という意味を帯びやすい数です。八雲、八重垣、八百万の神。出雲の神話にも八の字はよく出てきます。
大国主大神の別名にも、八千矛神があります。八千は、実際に八千本を数えるというより、非常に多いことを表します。拍手の数から、神名の中の数字へ話が伸びていくのも、出雲らしいところです。
出雲大社の見どころ・パワースポット

御本殿と八足門
御本殿は、出雲大社を代表する建築の見どころです。
現在の御本殿は大社造と呼ばれる古い神社建築の形を伝え、国宝に指定されています。参拝者が通常近くで拝むのは八足門前です。ここから御本殿を拝むと、南向きの社殿と、その奥で西を向いて鎮まる大国主大神の神座を思うことになります。
かつての出雲大社には、非常に高い本殿があったという伝承があります。境内からは、スギの大木を三本束ねた巨大な柱も見つかっています。宇豆柱と呼ばれる柱です。
国譲りのあとに求められた高い宮。その話が、地面の下から出てきた大きな柱と並ぶと、神話の宮が紙の上の話だけで済まなくなります。
神楽殿の大しめ縄
神楽殿は、建築としても見どころです。大きなしめ縄でよく知られています。
出雲大社のしめ縄は、一般的な神社と向きが違うといわれます。向かって左側を上位とする古い考え方によるものです。参拝するとき、しめ縄の大きさに目がいきますが、向きにも出雲大社らしさが出ています。
神楽殿は、祭典や祈願が行われる場所です。大しめ縄の前で写真を撮る人も多い場所ですが、ここは神前で祈りが捧げられる建物でもあります。観光名所として目立つ場所であり、信仰の場でもあるんですね。
稲佐の浜と神迎の道
稲佐の浜は、出雲大社とあわせて訪れたいパワースポットです。
ここは国譲りの舞台とされ、神在月には神々を迎える浜でもあります。浜には弁天島があり、海のすぐそばで神事が行われます。出雲大社の境内だけを見て帰ると、この浜から来る神々の道が途中で切れてしまいます。
稲佐の浜から出雲大社へ向かう道は、神迎の道と呼ばれます。神々が浜から社へ向かう道とされるため、景観の見どころであり、神在月の信仰を体でたどる場所でもあります。
出雲大社の御神座が西を向くことを思うと、この浜は境外にあるもうひとつの入口のように見えてきます。大国主大神が国を譲った浜であり、毎年神々が迎えられる浜です。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
