新田神社の神社属性は、地属性です。
鹿児島県薩摩川内市の新田神社は、神亀山(しんきさん)という亀の形をした小高い山の上に鎮まる、薩摩国一の宮です。ご祭神は、天孫降臨で高天原から地上へ降りてきた天津日高彦火瓊瓊杵尊(あまつひだかひこほのににぎのみこと)、いわゆるニニギノミコトです。
神社の名にある「新田」は、ニニギノミコトが川内川から水を引き、新しい田を作ったという言い伝えから来ています。山の上の神社なのに、名前の芯には水と稲と田んぼが入っているんですね。
この記事ではそんな新田神社についてご紹介いたします。まずは新田神社の属性相性から見ていきましょう。

地属性の新田神社と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 新田神社の属性 | 地属性 |
| 相性の悪い属性 | 水属性・空属性 |
| 相性の良い属性 | 地属性・火属性・風属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは新田神社の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。
新田神社の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 鹿児島県薩摩川内市宮内町1935-2 |
| ご祭神 | 天津日高彦火瓊瓊杵尊、天照皇大御神、正哉吾勝々速日天忍穂耳尊 |
| ご利益 | 開運招福、五穀豊穣、安産守護、交通安全 |
| 祭事 | 御田植祭、早馬祭など |
| 公式HP | →新田神社の公式サイトはこちら |
新田神社は、かつての薩摩国一の宮として崇敬されてきた神社です。神亀山の山頂に社殿があり、隣にはニニギノミコトの御陵とされる可愛山陵(えのみささぎ)があります。ご神徳は開運招福、五穀豊穣、安産守護、交通安全などで、稲作の始まりを背負った神さまらしく、田植えや収穫に関わる祭りも残されています。
新田神社にまつわる話
ニニギノミコトは、稲穂を持って地上へ降りてきた神さま
新田神社のご祭神、天津日高彦火瓊瓊杵尊は、長いのでここからはニニギノミコトと呼びます。
ニニギノミコトは、アマテラスの孫です。高天原にいたアマテラスは、地上の世界を治めるように孫へ命じ、その時に稲穂を持たせました。これが「斎庭稲穂の神勅(ゆにわのいなほのしんちょく)」です。神さまが地上へ降りる時、剣や鏡の話も出てきますが、ここでは稲穂も一緒に渡されるんですね。
ニニギノミコトは、神々を連れて今の鹿児島県霧島にある高千穂峰へ降りたと伝わります。天孫降臨です。そこではじめて米を作り、その後、今の南さつま市あたりにあたる笠狭宮(かささのみや)へ移りました。
笠狭宮でニニギノミコトが出会うのが、山の神の娘、コノハナサクヤヒメです。桜の花が咲くように美しい姫で、ニニギノミコトはこの姫と結婚します。ここで話は、稲作の神さまから山の神の娘へ進みます。米を持って降りてきた神が、山の神の家に婿入りするような形になるのです。
その後、ニニギノミコトは海路で東シナ海を北上し、川内の地に来たと伝わります。川内では「千台(うてな)」、つまり立派な高殿を築いて住んだとされ、この「千台」が川内(せんだい)の地名のもとになったという話があります。地名の由来が、神さまの住まいの高さから来ているのです。
「新田」という名前には、川内川の水が入っている
新田神社は神亀山の上にあります。けれども「新田」という名は、山の名前から来たものではありません。
古い言い伝えでは、川内へ来たニニギノミコトが川内川から水を引き、新しい田んぼを作ったとされます。その「新しく作った田」が、新田という名のもとになったのです。
ここで出てくる川内川は、九州でも大きな川のひとつです。山から水が下り、平地をうるおし、田に入る。その水を引いて稲を育てる。ニニギノミコトがアマテラスから稲穂を受け取り、地上へ降り、最後に川内で田を作るという話は、神話の大きな場面がそのまま土地の農耕へ下りてくるような形になっています。
新田神社の「新田」という二文字は、神さまの名前や山の名前ではなく、田づくりの動作を残しています。川から水を引く。田を開く。稲を植える。神社名の中に、かなり具体的な作業が入っているんですね。
山そのものが神社だったという話
新田神社の鎮まる神亀山は、亀の形をした山といわれます。現在は山頂に社殿がありますが、もともとは社殿がなく、お山そのものを神社として拝んでいたとも伝わります。
ニニギノミコトが亡くなったあと、その墓が作られたのが可愛山陵です。新田神社は、そのニニギノミコトを祀るところから始まったとされます。『日本書紀』には、ニニギノミコトが筑紫の日向の可愛山陵に葬られたと記されます。神話の中で天から降りてきた神さまが、最後は山陵としてこの土地に祀られているのです。
平安時代には「新田宮」と呼ばれていました。承安三年の火災で、それまで山の中腹にあった社殿が焼け、その後、現在の山頂へ再興されたと伝わります。山の中腹から山頂へ、社殿が少しずつ高いところへ上がっていったわけです。
島津氏の崇敬も厚く、慶長年間には島津義久によって現在の社殿のもとになる建物が整えられました。薩摩の武家が厚く崇敬した神社ですが、その根元には、山そのものを拝む古い形が残っています。
新田神社の小話や裏話、豆知識

ニニギノミコトの結婚は、人の寿命の話まで行く
ニニギノミコトが結婚したコノハナサクヤヒメには、姉がいました。イワナガヒメです。
父である山の神オオヤマツミは、コノハナサクヤヒメとイワナガヒメの二柱をニニギノミコトへ差し出しました。ところがニニギノミコトは、美しいコノハナサクヤヒメを残し、イワナガヒメを返してしまいます。
ここで山の神は怒ります。イワナガヒメは岩のように長く変わらぬ命をもたらす姫で、コノハナサクヤヒメは花のように咲く美しさをもたらす姫でした。ニニギノミコトがイワナガヒメを返したため、天孫の命は岩のように長くならず、花のように限りあるものになったと語られます。
ニニギノミコトは稲穂を持って地上へ降りた神さまですが、結婚の場面では寿命の話を背負うことになります。美しい姫を選んだ結果、子孫の命が短くなる。神話は、かなり容赦なく人間くさい話を置いていきます。
その後、コノハナサクヤヒメは一夜で身ごもります。ニニギノミコトが自分の子か疑うと、姫は産屋に火を放ち、その火の中で子を産みました。火の中で無事に生まれれば天つ神の子だと示したのです。ニニギノミコトの物語には、稲穂、水、田だけでなく、山の神の娘、岩の寿命、燃える産屋まで出てきます。
御田植祭の奴振りは、虫を追う所作だった
新田神社の御田植祭は、入梅の日の前の日曜日に行われます。梅雨の前、田に水が入り、苗を植える季節です。
この祭りでは、奴振りや棒踊りが奉納されます。奴振りでは、長い竹に割った竹をつけた奴竿(やっこざお)を回します。この所作は、苗につく虫や病気を追い払う意味があるとされます。
田植えの祭りというと、早乙女が苗を植える静かな場面を思い浮かべますが、ここでは竹の道具を回して虫を払う動きが入ります。稲が育つには、水も日も必要ですが、虫や病気を避けることも切実でした。神前の芸能の中に、田を守るための実用的な願いが残っているのです。
御田植祭に伴う奴振りや棒踊りは、県の無形民俗文化財にもなっています。ニニギノミコトが川内川から水を引いて田を作ったという社名の由来と、御田植祭の芸能は、同じ田んぼの話から出ています。
鏡を清め、宝物を虫干しする神社
新田神社には、御神鏡清祭(ごしんきょうきよめさい)という祭りがあります。七月二十八日に行われる、神鏡を清める神事です。
ニニギノミコトの祖母であるアマテラスは、天岩戸の神話でも鏡と深く関わる神さまです。新田神社では、ニニギノミコトだけでなく、アマテラスと天忍穂耳尊(アメノオシホミミ)も祀られています。祖母、父、子という神統がそのまま社殿に並ぶ形です。
境内には、花鳥文様鏡、秋草蝶鳥鏡、柏樹鷹狩鏡などの銅鏡が伝わります。さらに八月七日には、御宝物虫干祭も行われます。虫干しという言葉がすでに生活の匂いを持っています。大事な宝物を湿気や虫から守るため、風に当てる。神社の宝物も、しまいこんで終わりではなく、年に一度、外気に触れさせて守ってきたのですね。
新田神社の見どころ・パワースポット

神亀山と三百段を越える石段
神亀山は、新田神社そのものを印象づける見どころであり、信仰上の中心でもあります。高さは約七十メートルで、山頂の社殿へ向かうには三百段を越える石段を上ります。
ふもとから見上げると、神社へ行くというより、山に入っていく感覚があります。石段の途中には大きなクスもあり、山の木々の中を進んで社殿へ向かいます。もともとお山そのものが神社であったという伝承を思うと、この石段は参道であり、山を拝む道でもあるのです。
可愛山陵
可愛山陵は、ニニギノミコトの御陵とされる場所です。新田神社のすぐそばにあり、神社参拝とあわせて訪れる人も多い場所です。
ニニギノミコトは、天から高千穂峰へ降り、笠狭宮を経て川内へ来たと伝わります。その神さまが最後に葬られた場所として語られるのが、可愛山陵です。神話の中の神さまを祀る社殿と、その神さまの御陵が同じ神亀山にある。この近さが、新田神社の大きな特徴なんですね。
ここは景観の見どころというより、信仰上の重要な場所です。天孫降臨の神が、遠い空の話で終わらず、川内の山に眠る神として祀られていることが分かります。
御神木の大樟と文化財
新田神社の御神木である大樟(おおくす)は、市の天然記念物に指定されています。可愛山のクスの大樹については、与謝野寛、つまり鉄幹が歌を残しています。「幹半ばうつろとなれど広き蔭かな」という歌です。幹に空洞があっても、なお広い影を作る大木として見られていたのです。
境内の文化財も見どころです。本殿、拝殿、舞殿、勅使殿、両脇末社は県の有形文化財です。銅鏡や新田神社文書も伝わり、平安時代から薩摩国の守り神として崇敬された新田宮の歴史を今に残しています。
建物を見る場所であり、古い鏡や文書の名を通して、神社がどれほど長く地域の中心にあったかをたどる場所でもあります。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
