上杉神社の神社属性は、風属性です。
山形県米沢市の米沢城本丸跡に、上杉謙信命(うえすぎけんしんのみこと)を祀る上杉神社があります。
謙信公は越後の春日山城で亡くなったあと、春日山から会津、そして米沢へ移されました。戦国武将を祀る神社なのですが、その始まりをたどると、城の中に遺骸を納め、善光寺如来や毘沙門天(びしゃもんてん)とともに祀った御堂へ行き着くんですね。
この記事ではそんな上杉神社についてご紹介いたします。まずは上杉神社の属性相性から見ていきましょう。

風属性の上杉神社と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 上杉神社の属性 | 風属性 |
| 相性の悪い属性 | 空属性・火属性 |
| 相性の良い属性 | 風属性・地属性・水属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは上杉神社の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。
上杉神社の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 山形県米沢市丸の内1丁目4−13 |
| ご祭神 | 上杉謙信命 |
| ご利益 | 開運招福、諸願成就、学業成就、商売繁盛など |
| 祭事 | 例大祭、米沢上杉まつりなど |
| 公式HP | →上杉神社の公式サイトはこちら |
上杉神社は、戦国武将・上杉謙信公を祀る神社です。境内は旧米沢城の本丸跡にあり、現在は松が岬公園の中心部として親しまれています。
謙信公にあやかる開運招福や諸願成就の信仰があり、学業成就や商売繁盛を願って参拝する人も多いんですね。春には水堀のまわりに桜が咲き、4月29日の例大祭から5月3日にかけては米沢上杉まつりで城下町全体が戦国絵巻のようになります。
上杉神社にまつわる話
春日山城から米沢城へ移された、謙信公の体
上杉謙信公は、天正6年(1578年)3月13日に越後の春日山城で亡くなりました。49歳でした。
この春日山城は、現在の新潟県上越市にあった山城で、謙信公が本拠とした場所です。山の中に本丸、屋敷、井戸、空堀を置いた城で、謙信公はここで戦の準備をし、毘沙門堂にこもって勝利を祈ったと伝わります。
亡くなったあと、謙信公の遺骸は春日山城の中で仏式に祀られました。甲冑を身につけたまま、かめに納めて密封されたという話もあります。戦国武将の遺骸なのですが、扱い方はもう一人の藩祖というより、城の中に鎮まる守り神に近いのです。
その後、上杉景勝(うえすぎかげかつ)公が会津へ移り、さらに米沢へ移ると、謙信公の遺骸も一緒に運ばれます。春日山の神聖な場所から、会津を経て、米沢城へ。城主の引っ越しに、亡くなった謙信公も同行しているんですね。
慶長17年(1612年)には、米沢城内に謙信公を祀る御堂が整えられました。中央に謙信公の遺骸、そばには善光寺如来尊と毘沙門天。武将の体と仏像が同じ城内で祀られていたわけです。
この形が、のちの上杉神社の前身になります。明治になると、仏式の祭り方から神式へ改められ、謙信公は上杉謙信命として祀られるようになりました。上杉神社は、神話の神を祀る古社とは少し違います。亡くなった武将が、家と城下町を守る神へ変わっていった社なのです。
毘沙門天を信じた武将が、神として祀られる
上杉神社の参道では、「毘」と「龍」の軍旗が目に入ります。
「毘」は、謙信公が厚く信仰した毘沙門天の一字です。毘沙門天は仏教の守護神で、甲冑を着けた姿で表されることも多く、北方を守る神でもあります。謙信公はこの毘沙門天をとても強く信じ、自分を毘沙門天の生まれ変わりと考えていたとも伝わります。
戦場で「毘」の旗を掲げるというのは、家紋を見せるのとは少し違います。自分の軍がどの家の軍勢かを示すだけでなく、毘沙門天のもとで戦う軍であることを見せているんですね。
もう一つの「龍」は、懸かり乱れ龍(かかりみだれりゅう)の旗として知られます。総攻撃の合図に使われた旗で、不動明王を表すともいわれます。毘沙門天と不動明王。どちらも穏やかな仏さまというより、武器を持ち、怒りの顔で悪を押さえる存在です。
謙信公は戦国の武将ですから、当然、戦の人です。けれど、その戦の前にこもる場所が毘沙門堂で、掲げる文字が「毘」で、総攻撃の旗に「龍」がある。武力の話をしているのに、出てくるものが仏教の守護神ばかりなのです。
上杉神社で祀られているのは、そんな謙信公です。米沢城の本丸跡に立つ社殿の奥には、戦国の勝ち負けだけで語りきれない、信仰の濃い武将の姿があります。
春日山、春日神社、そして上杉氏の氏神
上杉神社の境内には、春日神社もあります。ここで春日という名が出てくると、謙信公の居城だった春日山城を思い出します。
春日神社の社伝では、越後に国司として来ていた藤原遠成(ふじわらのとおなり)が、奈良の春日大社の分霊を春日山に祀ったと伝わります。春日大社は、藤原氏の氏神として知られる神社です。
上杉氏も藤原氏の流れをくむ家とされ、春日社を大切にしてきました。藩主が移ると、春日社も会津から米沢へ移ります。人が移る。遺骸が移る。氏神も移る。上杉家の信仰は、土地に置きっぱなしにならず、家の移動に合わせて一緒に動いているのです。
江戸時代の春日社は林泉寺の境内にありましたが、明治の神仏分離を経て上杉神社の境内へ移りました。春日山城から米沢城へ移った謙信公の話と、春日社が米沢へ移った話が、ここで同じ境内に入ってきます。
境内を歩いていると、上杉神社は謙信公一人の神社に見えます。けれど横には、米沢藩中興の名君・上杉鷹山(うえすぎようざん)公を祀る松岬神社があり、上杉氏の氏神である春日神社もあります。謙信公を中心に、上杉家そのものを祀る場所になっているんですね。
上杉神社の小話や裏話、豆知識

米沢という地名と、鷹山公のお田植え
米沢という地名には、いくつかの説があります。
米がよく実る沢地だったという話。米を研いだような白い水が湧いた井戸から「米井」と呼ばれ、それが米沢になったという話。古くは「よなさわ」と呼ばれ、のちに「よねさわ」へ変わったという話もあります。
米沢という名前から、もう米の話が出てくるんですね。
上杉神社の年中行事にも、米に関わる祭りがあります。5月下旬の鷹山公藉田祭(ようざんこうせきでんさい)、いわゆるお田植祭です。
鷹山公は、財政が苦しくなった米沢藩を立て直した人物として知られます。その鷹山公が自ら鍬を持ち、中国の古い礼にならって田を耕したことに由来する祭りです。田を耕す殿さま。そこに、米沢という土地の名前が妙に合ってくるのです。
10月には抜穂祭(ぬきほさい)があり、植えた稲を刈り取ります。収穫された米は、上杉神社と松岬神社へ奉納されます。謙信公を祀る神社の近くで、鷹山公の田植えと稲刈りが続く。戦国の軍神のそばで、米を作る祭りが残っているんですね。
白菊と鯉を供える、春の米沢らしい祭り
上杉神社の春の行事には、献華祭(けんげさい)と鯉供養があります。
献華祭では、白菊が神前に供えられます。白菊は邪気を払う花とされ、池坊米沢支部によって生けられます。武将を祀る社に、刀や甲冑ではなく白い菊を供える。戦の話から入った神社なのに、春の祭りでは花が静かに前へ出てきます。
その翌日には、鯉供養が行われます。境内の神池のほとりにある鯉供養碑の前で祭りが行われ、祈祷のあと、生きた鯉を神池へ放ちます。
米沢では、鯉は食文化とも深く関わってきました。米沢鯉は、上杉鷹山公の時代に食用として広められたとされます。山に囲まれた米沢で、貴重なたんぱく源として鯉を育てたのです。
食べる魚を供養し、生きた鯉を池へ放つ。そこには、命をいただく土地の感覚がそのまま出ています。上杉神社の春は、例大祭や甲冑行列の勇ましさだけでなく、白菊と鯉の祭りもあるんですね。
上杉神社の見どころ・パワースポット

本殿・拝殿と舞鶴橋
上杉神社の本殿・拝殿は、上杉謙信命を祀る中心の場所です。開運招福や諸願成就、学業成就、商売繁盛を願うパワースポットとして親しまれています。
現在の社殿は、大正8年(1919年)の米沢大火で焼失したあと、建築家・伊東忠太(いとうちゅうた)博士の設計で再建されました。伊東忠太は平安神宮や築地本願寺などでも知られる建築家です。戦国武将を祀る神社の社殿を、近代の大建築家が手がけているんですね。
参道の舞鶴橋では、「毘」と「龍」の軍旗が目に入ります。ここは見どころでもあり、謙信公の信仰を一番わかりやすく見る場所でもあります。毘沙門天を信じた武将を祀る社へ、軍旗の間を通って進むことになります。
稽照殿
稽照殿(けいしょうでん)は、上杉神社の宝物殿です。上杉家に伝わった絵画、書跡、古文書、刀剣、甲冑、武具などが収蔵・展示されています。
ここは歴史資料の見どころです。謙信公、上杉景勝公、直江兼続(なおえかねつぐ)、上杉鷹山公の遺品や遺墨にふれられる場所で、参拝のあとに立ち寄ると、神社で祀られている「上杉」の中身が急に具体的になります。
直江兼続の「愛」の前立で知られる兜も、上杉家を語るうえで外せない品です。愛という字を掲げた武将が、謙信公を祀る神社のそばに残されている。戦国の道具なのに、正面に出ている文字が「愛」なのです。
御堂跡と松が岬公園の水堀
境内や松が岬公園を歩くなら、御堂跡も見ておきたい場所です。かつて謙信公の遺骸を納めた御堂があった場所で、米沢城内でも特に大切にされた聖域でした。
上杉神社は米沢城の本丸跡にあります。周囲には水堀が残り、春になると堀沿いに桜が咲きます。水面に桜が映り、赤い橋がかかる景色は、観光名所としての見どころです。
この水堀のある城跡の中に、謙信公の神社、鷹山公の松岬神社、上杉氏の春日神社が並んでいます。城、御堂、神社、藩主、氏神が同じ一帯に集まっているので、境内だけで終わらず、堀の外まで歩くと上杉家の信仰の広がりが見えてきます。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
