大山祇神は、山を司り、山の恵みと人々の暮らしを守る神です。海上安全や五穀豊穣、鉱山の安全、酒造りなどにも信仰が広がっています。木花之佐久夜毘売や石長比売の父として知られ、娘たちの結婚をめぐる神話には、花の繁栄と岩のように長い命への願いが描かれます。
大山祇神は何の神様?
大山祇神は、山々を広く司る、山の神の代表的な存在です。各地の山神社や大山祇神社などに祀られ、山の恵みを受けて暮らす人々に信仰されてきました。
『古事記』では、伊邪那岐命と伊邪那美命が国土に続いて神々を生む場面に登場します。海や風、木などの神とともに生まれ、野の神と山野を分け持ち、自然に関わる神々を生みます。「大山津見」という名の「山津見」は、山の神霊を意味するといわれています。
神話では、多くの神々の父・祖先でもあります。娘たちの婚姻を通して、天皇の系譜と出雲の神々の系譜につながっています。天照大御神の孫である邇邇芸命に娘を嫁がせる話では、命の長さと子孫の繁栄に関わる力を持つ父神として描かれます。
海から見える山は航路を確かめる目印にもなります。瀬戸内では海の道を守る神として崇敬され、中世には海上で活動する武士たちから武運を願う祈りも集めました。
現在も、農林業や鉱業、海運、酒造りなどの守護神として敬われています。山から得られる水や資源への感謝と、豊作や仕事の安全を願う祈りが、各地の祭りに受け継がれています。
大山祇神の別名・大山咋神との違い
大山祇神は「おおやまづみのかみ」と読み、「おおやまつみのかみ」とも読まれます。『古事記』の大山津見神、『日本書紀』の大山祇神のほか、神社では大山積神や大山祇命などの名でも祀られています。
| 区分 | 別名・異表記 |
|---|---|
| 古典に見える表記 | 大山津見神、大山祇神、大山積神 |
| 神社での呼称・表記 | 大山祇命、大山祗命、大山祇大神、大山祗大神、大山積大神 |
| 地域や信仰に結び付く呼称 | 和多志大神、酒解神 |
和多志大神は、『伊予国風土記』の失われた部分を後の書物が引用した「逸文」に伝わる名です。「渡し」に通じ、海を渡る神としての信仰と結び付いています。酒解神は酒造りの神としての呼称で、大山阿夫利神社でもこの名が伝えられています。
名前がよく似た大山咋神は、大山祇神とは別の神です。『古事記』では大年神と天知迦流美豆比売の子で、近江の日枝山、現在の比叡山と、京都の松尾に鎮まる神とされます。山一般を司る大山祇神に対し、大山咋神はこうした特定の山や土地との結び付きが明確に記されています。
また、三嶋大社で使われる三嶋大明神という名は、大山祇命と積羽八重事代主神の二柱を合わせた呼び方です。同じ「三島」の信仰でも、祀られる神や呼称には地域による違いがあります。
大山祇神の御神格・ご利益・ご神徳
大山祇神には、山がもたらす水や作物の恵みと、山や海で働く人々を守る力があると信仰されています。豊かな実り、航海の無事、産業の安全を願う祈りが中心で、酒造りの守護神としても敬われています。
大山祇神の御神格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 御神格 | 山の神、農林業・鉱山の守護神、海上交通の守護神、武の神、酒造りの神 |
山は水の源であり、木や山の幸、鉱物を得る場所でもあります。山を司る神への信仰は、田畑に水を引く農業、山林の仕事、鉱山での採掘などと結び付いてきました。寳登山神社では、大山祇神を水や動植物などの山の恵みを授ける神として祀っています。
海の神、武の神としての信仰は、瀬戸内の海上勢力と深く関わります。大三島の祭祀を担った越智氏と、伊予で勢力を持った河野氏は、ともに大山祇神を氏神としました。水軍を率いた人々の信仰が、山の神を航海と戦いの守護神として敬う土台になりました。
大山祇神のご利益・ご神徳
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご利益 | 五穀豊穣、海上安全・大漁、鉱山・工事・作業安全、必勝祈願、醸造安全、商売繁盛など |
| ご神徳 | 山の水や資源を恵み、農林業や鉱業を守る働き、船の往来と海の仕事を守る働き、酒造りを支える働き |
大山祇神社では、全国の鉱山や工場に関わる人々が参列する「全国鉱山工場安全祈願大祭」が行われます。山から資源を得る仕事を守る信仰が、今日の操業安全を祈る祭りへ受け継がれています。海上安全や大漁、五穀豊穣も、同社で受け付けている祈願です。
酒造りでは、大山阿夫利神社の「酒祭」で醸造の安全と酒類業界の発展を祈ります。各地の酒蔵から酒が奉納され、業界関係者による利き酒会のほか、一般の人が日本酒に親しむ催しも開かれます。
山梨県の新屋山神社は、大山祇命を主祭神とし、農林業繁盛や商売繁盛、金運上昇のご利益で知られています。
大山祇神の家系図・天照大御神や須佐之男命との関係
『古事記』では、大山祇神は伊邪那岐命と伊邪那美命の子です。木花之佐久夜毘売らの娘や足名椎を通して、天孫と出雲の神々の双方につながります。主な家族関係は次のとおりです。
| 関係 | 神名・説明 |
|---|---|
| 父 | 伊邪那岐命。伊邪那美命とともに山の神を生みます |
| 母 | 伊邪那美命。国生みに続く神生みで大山津見神を生みます |
| 子(娘) | 石長比売、木花之佐久夜毘売、神大市比売、木花知流比売 |
| 子 | 足名椎。須佐之男命に、自分は大山津見神の子だと名乗ります |
| 子(野椎神とともに生む八神) | 天之狭土神、国之狭土神、天之狭霧神、国之狭霧神、天之闇戸神、国之闇戸神、大戸或子神、大戸或女神 |
| 兄弟姉妹 | 大綿津見神、志那都比古神、久久能智神、鹿屋野比売神、火之迦具土神など。ともに伊邪那岐命と伊邪那美命の子として生まれます |
| 父を同じくする兄弟姉妹 | 天照大御神、月読命、須佐之男命。伊邪那岐命の禊から生まれる神々です |
野椎神は鹿屋野比売神の別名で、野を司ります。大山津見神とともに山野を分け持ち、霧などに関わる八柱の神を生みます。『古事記』には、この二柱が結婚したという記述はありません。
天照大御神とは、伊邪那岐命を父とする兄弟姉妹の関係にあります。大山祇神が先に生まれることから、天照大御神の兄神とも呼ばれます。さらに、大山祇神の娘の木花之佐久夜毘売は、天照大御神の孫である邇邇芸命と結婚します。
須佐之男命も伊邪那岐命を父とする兄弟神で、大山祇神とは別の神です。また、大山祇神の娘の神大市比売と結婚するため、娘婿にもあたります。神大市比売と須佐之男命の子は、大年神と宇迦之御魂神です。さらに、須佐之男命が八俣の大蛇から救って妻とする櫛名田比売は、足名椎の娘なので、大山祇神から見ると孫娘にあたります。
木花知流比売は、須佐之男命と櫛名田比売の子である八嶋士奴美神の妻です。『古事記』の系譜では、その子孫に大国主神が生まれます。大山祇神は、こうした婚姻を通して出雲の神々の祖先にもなっています。
大山祇神の神話・伝承
『古事記』には、大山津見神が二人の娘を天孫へ送り、姉だけを返される話があります。父が娘たちに託していたのは、岩のように長い命と、花のように栄える力でした。
二人の娘に託した、岩の命と花の繁栄
以下は、原典で確認できる出来事をもとに、現代の読み物として意訳・再構成しています。原文の逐語訳ではありません。
「天孫が、娘を妻にと望んでおられる」
使いの言葉を聞いた大山津見神は、思わず身を乗り出した。天から降りてきた邇邇芸命が、木花之佐久夜毘売を求めている。胸の奥が熱くなり、頬がゆるむのを抑えられなかった。
笠沙の岬で出会った娘に、天孫が求婚したという。木花之佐久夜毘売はその場で答えを決めず、父に尋ねてほしいと伝えたのだ。大山津見神は深くうなずき、娘を送り出すための品をそろえさせた。
運ばれてくる贈り物を見渡しながら、大山津見神は二人の娘を思った。花が咲くように栄える木花之佐久夜毘売、そして岩のように変わらぬ命をもたらす姉の石長比売。繁栄する日々が、雨にも風にも揺るがず、いつまでも続いてほしい。
「二人を、ともに迎えていただこう」大山津見神は妹に姉を添え、多くの品を持たせて送り出した。二人の姿が遠ざかるのを見つめながら、胸いっぱいに息を吸った。
ところが、邇邇芸命は石長比売を見るなり、顔をこわばらせた。その容貌の醜さに恐れを覚え、姉を送り返してしまう。木花之佐久夜毘売だけを留め、その一夜をともにして妻とした。
帰ってきた娘を見て、大山津見神の笑みが消えた。石長比売の傍らに、妹の姿はない。問いかけようと口を開いたが、娘の衣が擦れる音ばかりが耳に届いた。
容貌を恐れられ、返された。その理由を聞いたとき、大山津見神は息を詰め、手を強く握った。あれほど喜んで二人を送り出した自分が、今は娘の顔をまっすぐに見られなかった。
大山津見神はうつむき、しばらく黙っていた。たくさんの品を持たせたときの高揚が、顔を熱くする恥ずかしさに変わっている。だが、天孫に伝えるべきことは、まだ残っていた。
使いに向き直り、一度息を整えた。「私が娘を二人そろえて差し上げたのには、わけがある。石長比売を迎えれば、天つ神の御子の命は岩のように堅く、雨にも風にも動かされない」
使いは黙って聞いていた。大山津見神は、一語ずつ確かめるように続けた。「木花之佐久夜毘売を迎えれば、木の花が咲くように栄える。私はそう誓いを立て、二人を送り出したのだ」
言葉を切ると、石長比売の姿が目に入った。大山津見神は握っていた手をゆっくり開いた。「だが、石長比売は返された。木花之佐久夜毘売だけを留めたのなら、御子の命は、花の咲いている間のようにはかなくなるだろう」
使いが去ったあとも、大山津見神はしばらくその場を動かなかった。長く続く命と、花のような繁栄。二人の娘に託した願いを思い返しても、見送ったときの喜びはもう戻ってこなかった。
父の言葉は、天孫へ届けられた。木の花のように栄え、花のように命を終える。天孫の子孫である天皇たちの命が長くないのは、このときからのことだった。
大山祇神を祀る全国の神社
大山祇神は、大山祇神社のほか、山神社や三島神社など、全国のさまざまな名前の神社に祀られています。伊予の大三島を中心とする信仰では、近世に「三島講」と呼ばれる信仰の仲間が各地の農村に広がりました。神社から神聖な火を受けて五穀豊穣を祈るなど、農作業の無事と実りを願う人々に支えられてきました。
大山祇神社|愛媛県今治市
瀬戸内海の大三島に鎮座し、大山積大神を主祭神とする伊予国一宮です。「日本総鎮守」と称され、大山祇神を祀る神社の総本社として崇敬されています。
村上海賊をはじめとする武将たちが武運や海上交通の安全を祈り、鎧や刀剣を奉納しました。国宝・重要文化財を含む多くの宝物が残り、境内には国の天然記念物に指定されたクスノキ群もあります。
旧暦五月五日の御田植祭では、島内から選ばれた早乙女が、神社の田である斎田に苗を植えます。その際に行われる「一人角力」は、目に見えない稲の精霊と、一力山という名の力士が相撲を取り、豊作を占う神事です。初穂を刈り取る旧暦九月九日の抜穂祭にも、一人角力が奉納されます。
大山阿夫利神社|神奈川県伊勢原市
丹沢の大山に鎮座し、山頂の本社に大山祗大神を祀る神社です。大山は「あめふり山」とも呼ばれ、古くから雨乞いや豊作を願う信仰を集めました。海から望む山の姿は船の目印となり、海運を守る神としても敬われています。
江戸時代には、職人仲間や地域の人々が「大山講」を組み、費用を積み立てて順番に参拝する大山詣りが盛んになりました。源頼朝の太刀奉納に由来すると伝わる、木の太刀を納める習わしもあります。
七月二十七日からの夏季大祭は「夏山」と呼ばれます。「お花講」の人々が登拝門を開き、その後に続いて白装束の参拝者が頂上を目指します。
三嶋大社|静岡県三島市
大山祇命と積羽八重事代主神を祀り、二柱を三嶋大明神と呼ぶ神社です。大山祇命は、山や森林、農作物を守る神として信仰されています。
伊豆の島々が噴火によって生まれることへの信仰や、半島と島を結ぶ海上交通への祈りを背景に発展しました。伊豆に流された源頼朝が源氏の再興を祈ったことでも知られ、武家からの崇敬を受けています。
一月七日の田祭に続いて行われる「御田打神事」では、舅の穂長と婿の福太郎が、種まきや鳥追いなどの稲作を狂言風に演じます。その年の豊作を前もって祝う神事で、静岡県の無形民俗文化財に指定されています。
大山祇神が祀られている主な神社
代表三社のほかにも、東北から九州まで各地に祭祀が伝わっています。同じ名前の神社もあるため、所在地とあわせて紹介します。
| 神社名 | 住所 |
|---|---|
| 大山祇神社(西目) | 秋田県由利本荘市 |
| 寳登山神社 | 埼玉県秩父郡長瀞町 |
| 元三島神社 | 東京都台東区 |
| 新屋山神社 | 山梨県富士吉田市 |
| 大山祇神社(野上町) | 岡山県井原市 |
| 大山祇神社(金山町) | 鹿児島県枕崎市 |
