水天宮の神社属性は、水属性です。
福岡県久留米市の水天宮は、全国に広がる水天宮の総本宮です。境内のそばを筑後川が流れ、古くは千歳川とも呼ばれた水辺に、壇ノ浦のあと逃れてきた女性が小さな祠を祀ったことから始まったと伝わります。
海に沈んだと語られる幼い安徳天皇を、今度は川のほとりで祀る。水天宮には、平家の敗北、乳母の逃避、川の神、安産の祈りが入っています。
この記事ではそんな水天宮についてご紹介いたします。まずは水天宮の属性相性から見ていきましょう。

水属性の水天宮と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 水天宮の属性 | 水属性 |
| 相性の悪い属性 | 火属性・地属性 |
| 相性の良い属性 | 水属性・風属性・空属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは水天宮の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。
水天宮の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県久留米市瀬下町265-1 |
| ご祭神 | 天之御中主神、安徳天皇、高倉平中宮、二位の尼 |
| ご利益 | 安産、子授け、子どもの守護、水難除けなど |
| 祭事 | 春大祭、辰の水神事など |
| 公式HP | →水天宮の公式サイトはこちら |
水天宮は、福岡県久留米市の筑後川近くに鎮座する神社です。全国の水天宮の総本宮であり、安産祈願や子どもの守り神として親しまれています。
東京日本橋の水天宮も、この久留米の水天宮から江戸の久留米藩邸へ分霊された神社なんですね。江戸の町で水天宮信仰が広がる前に、まず筑後川のほとりに、平家ゆかりの小さな祈りがありました。
水天宮にまつわる話
壇ノ浦から筑後川へ逃れた、按察使局伊勢の話
水天宮の話は、壇ノ浦から始まります。
寿永4年、1185年。平家は長門国の壇ノ浦で源氏に敗れ、幼い安徳天皇は祖母の二位の尼に抱かれて海へ入ったと語られます。安徳天皇の母が高倉平中宮、平徳子です。のちに建礼門院とも呼ばれた方ですね。
その壇ノ浦のあと、安徳天皇に仕えていた按察使局伊勢(あぜちのつぼね・いせ)が、筑後国へ逃れたと伝わります。たどり着いたのは、千歳川、今の筑後川のほとりにあった鷺野ヶ原です。
伊勢は建久初年に祠を建て、安徳天皇や平家ゆかりの霊を祀りました。やがて自分も髪をおろして尼となり、千代と名乗ったといいます。土地の人々はその千代を、尼御前と呼ぶようになりました。
ここで出てくる「千代」という名が、水天宮では妙に残ります。川は千歳川。古い呼び名では千年川ともいわれます。そこへ千代と名乗る女性が来て、海に沈んだ幼帝を川のほとりで祀るのです。
海で終わったはずの平家の物語が、筑後川の水辺で祈りに変わっていきます。水天宮の安産信仰をたどると、その奥にまず、敗れた人々を弔う祠があるんですね。
天之御中主神は、最初に現れて姿を隠す神
水天宮のご祭神の筆頭には、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)がいらっしゃいます。
『古事記』のはじまりで、天地が開けたとき、高天原に最初に現れる神です。次に高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)が現れ、この三柱を造化三神(ぞうかさんしん)と呼びます。
天之御中主神は、名前のとおり「天の中心の主」とも読める神ですが、神話の中で長く語られる神ではありません。現れて、すぐに身を隠します。最初に出てくるのに、姿を見せ続けない神なのです。
水天宮では、その天之御中主神と、安徳天皇、母の高倉平中宮、祖母の二位の尼が一緒に祀られています。天地のはじめに現れて隠れる神と、壇ノ浦の海へ姿を消した幼帝。水天宮のご祭神は、どちらも「見えなくなったあとに祀られる」という形を持っています。
水の神なのに、安産の話は火と産屋から出てくる
水天宮は安産でよく知られていますが、その境内には、水と出産を考えると避けて通れない神さまも祀られています。
境内の水神社には、彌都波能売神(みづはのめのかみ)と鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)が祀られています。
ミヅハノメは『古事記』に出てくる水の神です。けれども、その生まれ方がかなり強い。イザナミが火の神カグツチを産み、やけどを負って苦しんだとき、その尿から生まれた神とされます。水の神なのに、出てくる場面は火の神を産んだあとの母神の体なのです。
もう一柱のウガヤフキアエズは、神武天皇の父にあたる神です。母は海神の娘、豊玉姫(とよたまひめ)。出産のために産屋を造りましたが、鵜の羽で屋根を葺き終える前に子が生まれました。だから、鵜葺草葺不合という名になります。
屋根が完成する前に生まれた子。火の神を産んだあとに現れた水神。水天宮の安産信仰を神話の方へ少し掘ると、きれいに整った出産よりも、命が出てくる場面の切実さが先に出てきます。
安産の祈りは、楽に済ませたいという願いでもありますが、昔の出産は母子の命がそのまま危うい場面でした。水天宮で水と子どもが結びつくのは、川の水が穏やかでありますように、産屋の中も無事でありますように、という願いが同じところへ向かっていたからなのでしょう。
筑後川と河童、荒五郎の水辺
水天宮のそばを流れる筑後川は、九州を代表する大きな川です。阿蘇外輪山のあたりから水を集め、玖珠川や巨瀬川、宝満川などを合わせて有明海へ注ぎます。
大きな川は、田畑をうるおす水をもたらします。その一方で、洪水も起こします。筑後川には「筑紫次郎」という呼び名もあり、坂東太郎の利根川、四国三郎の吉野川と並べられる暴れ川として語られてきました。
久留米周辺の水辺には、河童の話も残ります。巨瀬川の近くには、荒五郎という河童にまつわる伝承があり、雨を願うときに河童像を川へ沈めたという話もあります。水の神を祀るというのは、水をきれいな神秘として眺めることではなく、干ばつのときには水を欲しがり、洪水のときには水を恐れる暮らしそのものだったんですね。
水天宮の「水」は、安産祈願のやわらかい響きだけで済むものではありません。筑後川、千歳川、河童、雨乞い、洪水。川のそばに住む人々が、水に頼り、水に悩まされ、水をなだめてきた場所でもあるのです。
水天宮の小話や裏話、豆知識

鮒を供えて、筑後川へ返す御神幸祭
水天宮の春大祭では、御神幸祭が行われます。
この祭りでは、安徳天皇や平家一門の霊を弔うために鮒などを神前に供え、そのあと筑後川へ放つと伝わります。供えた魚を、川へ返すのです。
ここで鮒が出てくるのも、水天宮らしいところです。海に沈んだ幼帝を祀る社で、川魚を供え、また川へ戻す。弔いの祭りなのに、魚は死んだまま終わらず、水へ帰っていきます。
御神幸祭では、船太鼓も知られています。安徳天皇が入水したとき、源平の兵たちが船べりを鳴らし、太鼓を打ったという故事にちなむものです。壇ノ浦の船の音が、筑後川の祭りの太鼓として残っているんですね。
辰の水神事と、神水で墨をする御守
水天宮には、辰の水神事もあります。
正月の初辰の日、夜明け前に筑後川の水を汲み、「たつの水」として家々に振りかける神事です。辰は竜にも通じます。竜は水を呼ぶ霊獣で、雨や川、海と深く関わる存在です。
水天宮の御守には、神水で墨をすって奉書に書き、祈りを込めるものもあります。水で墨をする。紙に文字を書く。身につける。ここでは水が、川にあるものから、祈りを文字にするものへ変わります。
安産や子どもの守りを願う人が持つ御守の中にも、筑後川の水が入ってくるのです。
有馬家が江戸へ運んだ水天宮
水天宮の信仰を江戸へ広げたのが、久留米藩主の有馬家です。
久留米の水天宮は、江戸時代に久留米藩の保護を受けました。のちに久留米藩主が、江戸三田の藩邸へ水天宮を分霊します。これが、東京水天宮の始まりになります。
藩邸の中に祀られていたため、江戸の人々は自由に参拝できませんでした。それでも水天宮に参りたい人は多く、塀越しに賽銭を投げ入れたともいわれます。毎月5日に限って参拝が許されるようになると、「なさけ有馬の水天宮」という洒落まで生まれました。
「有馬」と「有り難い情け」をかけた江戸の言葉遊びです。久留米の川辺にあった平家ゆかりの水の神社が、江戸では町人たちの安産祈願の神社としてにぎわっていきます。
水天宮の見どころ・パワースポット

筑後川沿いの境内
水天宮の境内は、筑後川のそばにあります。ここは景観としての見どころであり、水天宮の由緒を考えるうえでも大切な場所です。
按察使局伊勢が逃れてきた千歳川のほとりが、今の筑後川です。水天宮を参拝するときは、本殿だけを見て帰るより、川の方角まで意識すると、この神社がなぜ久留米にあるのかが見えてきます。
川は安徳天皇の話とも、水神信仰とも、辰の水神事とも関わります。水天宮の祈りは、境内の中だけで完結せず、すぐそばを流れる川まで含めて考えると分かりやすいのです。
水神社
水神社は、信仰上のパワースポットとして見ておきたい場所です。
祀られているのは、彌都波能売神と鵜葺草葺不合命。ミヅハノメは水の神で、ウガヤフキアエズは出産の神話を持つ神です。水難除けや安産の祈りが、水神社ではかなりはっきりした形で出ています。
水天宮へ安産祈願で参拝する方にとって、本殿とあわせてお参りしたい境内社です。水の神と、産屋で生まれた神が並ぶ場所なので、子どもを授かること、産むこと、守ることが一つの場面として見えてきます。
眞木神社と山梔窩
眞木神社と山梔窩(さんしか)は、歴史の見どころです。
眞木神社には、幕末の尊王攘夷運動に関わった眞木和泉守保臣(まきいずみのかみ・やすおみ)が祀られています。眞木家は水天宮の神職を務めた家でもあり、平家ゆかりの水天宮が、江戸末期には政治の大きなうねりの中にも顔を出します。
山梔窩は、眞木和泉守が謹慎生活を送った場所です。水天宮を安産や子どもの守りの神社として見る参拝もよいのですが、境内を歩くと、平家、久留米藩、幕末の志士まで話が伸びます。
安徳天皇を祀る水辺の社に、幕末の人物を祀る神社がある。水天宮は、古い敗者の祈りと、江戸末期の政治の熱が同じ境内に残っている神社なのです。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
