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【神社属性:風属性】花園神社|追分の稲荷が新宿の芝居と酉の市を抱えた神社

花園神社の神社属性は、風属性です。

東京・新宿のまんなかにある花園神社は、もとは新宿三丁目の交差点あたり、甲州街道と青梅街道が分かれる追分のそばにいた稲荷でした。その稲荷が屋敷地の都合で場所を移り、火事にあえば芝居を呼び、のちに大鳥神社や雷電稲荷まで迎え入れて、今の新宿総鎮守になったのです。

新宿という土地は、宿場、畑、水路、見世物、酉の市まで話がにぎやかで、花園神社もそのにぎやかさをそのまま境内に持っています。

この記事ではそんな花園神社についてご紹介いたします。まずは花園神社の属性相性から見ていきましょう。

目次

風属性の花園神社と相性が良い属性・悪い属性

神社属性の相性相関図
項目属性
花園神社の属性風属性
相性の悪い空属性・火属性
相性の良い属性風属性・地属性・水属性

相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

⇒【神社属性】地・水・火・風・空の特徴と性格傾向・相性まとめ

さて、ここからは花園神社の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。

花園神社の基本情報

スクロールできます
項目内容
所在地東京都新宿区新宿5-17-3
ご祭神倉稲魂命、日本武尊、受持神
ご利益商売繁盛、開運出世、芸能上達、縁結びなど
祭事例大祭、大酉祭など
公式HP→花園神社の公式サイトはこちら

花園神社は、新宿の総鎮守として親しまれている神社です。商売繁盛や開運出世の神社として知られ、毎年11月の酉の日に行われる大酉祭では、熊手を求める人で境内がいっぱいになります。境内には芸能浅間神社もあり、歌舞伎町や新宿の劇場文化に近い場所で、芸能に関わる人の参拝も多い神社なんですね。

花園神社にまつわる話

追分にいた稲荷が、花園へ移った話

花園神社のはじまりは、徳川家康が江戸へ入る前に、大和国の吉野山から勧請された稲荷社と伝わります。

吉野山といえば、桜の山としてよく知られていますが、古くは山岳修行の土地でもあります。金峯山と呼ばれた山々には、役行者が感得したとされる蔵王権現の信仰がありました。花園神社は新宿のビルの間にありますが、はじまりの話をたどると、いきなり吉野の山が出てくるのです。

もとの鎮座地は、今の新宿三丁目交差点あたりでした。ここは甲州街道と青梅街道が分かれる場所で、「追分」と呼ばれます。追分は、道が二つに分かれるところです。人も荷物も馬も、ここで行き先を選んだんですね。

この稲荷は、のちに朝倉筑後守の下屋敷の中に入ることになり、現在の場所へ移されたと伝わります。神社の移転理由としてはずいぶん現実的ですが、江戸の町では、屋敷、街道、寺社が場所を取り合うように動いていました。花園神社もそのなかで、追分の稲荷から、花園の稲荷へと呼び名を変えていきます。

古くは四谷追分稲荷、三光院稲荷、花園稲荷とも呼ばれました。名前が変わるたびに、神社のまわりの景色も変わっています。追分の道、寺院の名、尾張徳川家の下屋敷にあった花園。その名が、今の花園神社に残っているんですね。

倉稲魂命と受持神、食べ物の神が二柱いる

花園神社のご祭神の一柱、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)は、稲や食物をつかさどる神です。名前の「ウカ」は食物を意味する古い言葉とされ、伏見稲荷大社の神としても知られています。

『古事記』では、倉稲魂命はスサノオと神大市比売(かむおおいちひめ)の子として語られます。神大市比売は山の神・大山津見神(おおやまつみのかみ)の娘です。つまり、花園神社の中心にいる稲荷神は、スサノオの子であり、山の神の血筋を持つ穀物の神でもあるのです。

そして花園神社には、もう一柱、食べ物に関わる神がいます。受持神(うけもちのかみ)です。

受持神は『日本書紀』に出てくる食物の神で、月読命(つくよみのみこと)が訪ねてきたとき、口から食べ物を出してもてなしたと語られます。月読命はそれを汚いことだと怒り、受持神を斬ってしまいます。すると、倒れた受持神の体から、牛馬、粟、蚕、稲、麦、大豆、小豆が生まれました。

食べ物の神なのに、食べ物を出したことで殺される。しかも、その死んだ体から穀物や家畜が出てくる。古い神話の食物神は、かなり生々しい姿で語られるんですね。

花園神社は商売繁盛の神社として知られますが、その奥にいるのは、稲を守る倉稲魂命と、死によって食べ物を生んだ受持神です。新宿の商売の神社に、こうした食物起源の神話が入っているところが、花園神社の深いところなのです。

日本武尊と大鳥神社、熊手が福をかき集めるまで

花園神社のご祭神には、日本武尊(やまとたけるのみこと)も祀られています。これは、昭和40年に大鳥神社が合祀されたことによります。

日本武尊は、『古事記』や『日本書紀』に登場する皇子です。東西の征討へ向かわされ、火攻めにあい、草をなぎ払って難を逃れ、最後は白鳥となって飛び去ったと語られます。武勇の人でありながら、父に遠ざけられ、戦いに出され続ける人でもあります。

大鳥信仰では、この日本武尊が大きく関わります。酉の市の由来にも、日本武尊が戦勝を感謝して社前の松に熊手を立てかけたという話があります。熊手はもともと落ち葉や穀物をかき寄せる道具ですが、そこから福をかき集める縁起物になりました。

花園神社の大酉祭で授けられる熊手には、米俵、小判、鯛、おかめ、松竹梅など、めでたいものがぎゅっと飾られます。道具としての熊手は、手前へ引き寄せる形をしています。商売繁盛の縁起物として見ると、福も客も金運も、こちらへかき寄せる形になるんですね。

新宿の酉の市は、年末が近づくころの大きな祭りです。日本武尊の武具の話から、商人の熊手へ。武神の話が、江戸の町で商売の縁起物に変わっていくところが、花園神社の大酉祭には残っています。

火事のあとに芝居を呼んだ、三光院芝居の話

花園神社は、江戸時代に何度も火災にあいました。そのたびに社殿を建て直す必要があり、再建のために境内で芝居や見世物が行われたと伝わります。これが「三光院芝居」と呼ばれました。

今の花園神社には芸能浅間神社があり、芸能の神社としても知られています。けれど、その前からこの神社には、焼けた社殿を建て直すために芝居を呼んだ歴史がありました。火事で失ったものを、芝居のにぎわいで取り戻そうとしたのです。

江戸の町では火事が多く、寺社の再建には大きなお金が必要でした。そこで人を集めるために、芝居、見世物、勧進興行が行われることがあります。花園神社の場合、新宿という宿場に近く、人の往来が多い土地だったことも、この興行を成り立たせたのでしょう。

火災と芝居。少し離れて見える二つが、花園神社では社殿再建の話で一つになります。芸能浅間神社を参拝するとき、この神社が芸能人の信仰を集める場所になった背景に、焼けたあとに芝居で立ち直った江戸の神社の姿も見えてくるのです。

芸能浅間神社と、火の中で子を産んだ女神

境内の芸能浅間神社には、木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)が祀られています。富士山の神として知られ、花のように美しい女神として語られることが多い神です。

『古事記』では、コノハナサクヤは天孫ニニギに嫁ぎます。姉の石長比売(いわながひめ)も一緒に差し出されましたが、ニニギは美しいコノハナサクヤだけを選び、石長比売を返してしまいます。石長比売は岩のような長寿を表す女神でした。その女神を返したことで、天孫の命は木の花のようにはかなくなったと語られます。

さらに、コノハナサクヤは一夜で身ごもったため、ニニギに疑われます。すると女神は戸のない産屋を作り、その中へ入り、火を放ちます。ニニギの子なら火の中でも無事に産める、というわけです。そして火の中で、ホデリ、ホスセリ、ホオリの三神を産みました。

花の女神なのに、出てくる場面は火の真ん中です。美しい神として祀られる一方で、疑われた女神が自分の身を火にさらして子を産む話を持っています。花園神社の芸能浅間神社が芸能の信仰を集めるとき、その奥には、花、富士、火、出産、命の短さまで抱えた女神がいるのです。

花園神社に小話や裏話、豆知識

装飾画像:見出し「この神社の豆知識」

雷を鎮めた白狐と、雷電稲荷の話

花園神社には、昭和40年に雷電稲荷神社も合祀されています。雷電稲荷には、源義家(みなもとのよしいえ)と白狐の話が残ります。

義家が奥州へ向かう途中、激しい雷雨にあい、社のあたりで雨宿りをしていました。すると白狐が現れ、義家の前で三度頭を下げました。すると雷雨がやんだと伝わります。

稲荷の狐は、神そのものというより、神の使いとして語られることが多い存在です。白狐が頭を下げると雷がやむ。稲荷の狐が、雷の神のような働きを見せるのです。

花園神社の祭神としては倉稲魂命、日本武尊、受持神が中心ですが、境内に迎えられた雷電稲荷の話まで見ると、稲荷信仰の顔が少し増えます。米や商売を守る稲荷に、雷雨を鎮める白狐の話が加わるんですね。

新宿の赤い畑、内藤とうがらし

花園神社のまわりを少し広く見ると、内藤新宿という土地の名前が出てきます。内藤新宿は、甲州街道の宿場として作られた新しい宿です。内藤家の屋敷地があったことから、その名がつきました。

この内藤新宿のあたりでは、江戸時代にとうがらし栽培が盛んでした。内藤とうがらしです。『新編武蔵風土記稿』にも「内藤蕃椒(ないとうばんしょう)」の名が見えます。蕃椒は、とうがらしのことです。

大久保から新宿周辺にかけて、畑が赤く見えるほどとうがらしが作られたといいます。新宿といえば今は繁華街の印象が強いですが、花園神社のすぐ外側には、宿場と畑の時代がありました。

稲荷は稲や食べ物の神です。受持神も食物の神です。そこへ、内藤とうがらしの赤い畑を合わせて見ると、花園神社の商売繁盛は、飲食店や市場のにぎわいだけでなく、江戸の畑や街道の食べ物にも近いところにあるんですね。

花園神社の見どころ・パワースポット

装飾画像:見出し「パワースポット・見どころ」

本殿

花園神社の本殿は、倉稲魂命、日本武尊、受持神を祀る中心の社殿です。新宿駅から近く、ビルの多い場所にありますが、鳥居をくぐると参道の奥に社殿が見えます。

ここは、商売繁盛、開運出世、仕事運のご利益で知られるパワースポットです。稲荷の倉稲魂命、武神として語られる日本武尊、食物を生む受持神が祀られているため、商い、仕事、暮らしの食べ物まで願いが集まりやすい場所なんですね。

芸能浅間神社

芸能浅間神社は、芸能上達や人気運を願う人に親しまれているパワースポットです。祭神は木花之佐久夜毘売で、富士山の神、花の神として知られます。

新宿には劇場やライブハウス、芸能に関わる場所が多くあります。花園神社の境内で芸能浅間神社が信仰されてきたのは、土地柄ともよく合います。奉納された名前を眺めると、ここが芸能の祈りを受けてきた社であることが分かります。

威徳稲荷神社

威徳稲荷神社は、境内にある小さな稲荷社です。縁結びや夫婦和合、子授けなどの信仰で知られるパワースポットです。

赤い鳥居が並び、稲荷らしい朱色が目に入ります。花園神社の中心に倉稲魂命が祀られていることを思うと、境内の稲荷信仰をより身近に感じられる場所でもあります。大きな社殿を参拝したあと、こちらへ回ると、花園神社の稲荷の顔がもう一つ見えてきます。

神社属性(繭気属性)の意味と考え方

装飾画像:見出し「神社属性(繭気属性)の意味と考え方」

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。

「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。

神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。

この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

神社属性とは | 属性神社の考え方・調べ方はこちら

あなたの属性の調べ方|計算方法

西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。

A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。

<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8

最後に、出た数字を属性に当てはめます。

1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。

計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。

神社属性(繭気属性)自動診断ツールはこちら

属性別おすすめ神社

装飾画像:見出し「属性別おすすめ神社」

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。

スクロールできます
属性神社1神社2神社3
地属性二荒山神社日吉神社安房神社
水属性岡崎神社下鴨神社貴船神社
火属性穴八幡宮古峯神社山形 熊野大社
風属性椿大神社白山神社弥彦神社
空属性吉備津神社吉野神宮近江神宮

全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。

⇒【都道府県別・神社属性】全国の神社やパワースポット一覧はこちら

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