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【空属性】水無瀬神宮|後鳥羽院が帰りたかった名水の離宮跡

水無瀬神宮の神社属性は、空属性です。

大阪府島本町にある水無瀬神宮は、後鳥羽(ごとば)天皇、土御門(つちみかど)天皇、順徳(じゅんとく)天皇を祀る神社です。水無瀬と書くと、水のない瀬という字が先に見えますが、境内で有名なのは大阪府内で唯一、名水百選に選ばれた「離宮の水」なんですね。

さらに始まりをたどると、隠岐へ流された後鳥羽院が、死の前に水無瀬で自分の後生を弔うよう望んだ一文に行き着きます。都へ戻れなかった天皇が、最後に戻したかった場所は、水無瀬川のほとりの離宮でした。

この記事ではそんな水無瀬神宮についてご紹介いたします。まずは水無瀬神宮の属性相性から見ていきましょう。

目次

空属性の水無瀬神宮と相性が良い属性・悪い属性

神社属性の相性相関図
項目属性
水無瀬神宮の属性空属性
相性の悪い地属性・風属性
相性の良い属性空属性・水属性・火属性

相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

【神社属性】地・水・火・風・空の特徴と性格傾向・相性まとめ

さて、ここからは水無瀬神宮の基本情報と、普段の参拝では知ることができない話をご紹介していきますね。

水無瀬神宮の基本情報

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項目内容
所在地大阪府三島郡島本町広瀬3丁目10-24
ご祭神後鳥羽天皇、土御門天皇、順徳天皇
ご利益学業成就、スポーツ上達、安産祈願など
祭事後鳥羽天皇祭、例祭など
公式HP→水無瀬神宮の公式サイトはこちら

水無瀬神宮は、天王山のふもと、京都と大阪の境に近い島本町にあります。後鳥羽上皇が愛した水無瀬離宮の跡に建てられ、三人の天皇の御霊(みたま)を祀る神社です。

後鳥羽天皇は和歌、弓、刀、蹴鞠(けまり)、水練(すいれん)までこなした人物で、その姿から学問やスポーツのご利益が語られるようになりました。足利直義(あしかが ただよし)の夫人が安産祈願をしたという話も残り、今も安産祈願で訪れる人がいます。

水無瀬神宮にまつわる話

隠岐で押された両手の朱印

水無瀬神宮の始まりには、後鳥羽天皇宸翰御手印置文(ごとばてんのうしんかんおていんおきぶみ)という、長い名の文書があります。宸翰とは天皇みずからの筆、御手印とは手の印のことです。

後鳥羽院は承久の乱のあと、隠岐へ流されました。都から遠く離れた島で19年を過ごし、60歳の春、自分の命が長くないと悟ったころ、両手に朱をつけて文書に押しました。そこに書かれていたのが、自分の後生を返す返す弔ってほしいという願いでした。

この文書を書いてからほどなく、後鳥羽院は隠岐で亡くなります。願いを受けた水無瀬信成(みなせ のぶなり)と水無瀬親成(みなせ ちかなり)の父子は、後鳥羽院が愛した水無瀬殿の跡に御影堂(みえいどう)を建てました。御影堂とは、亡くなった人の姿や位牌を祀るお堂のことです。

水無瀬神宮は、流された上皇の言葉を受けて、その御霊を弔う場所として始まりました。水無瀬の名が出てくるたび、地名の美しさより先に、帰れなかった人の指定した場所、という重みが出てくるのです。

水無瀬川と、三つの川が合わさる土地

後鳥羽院が水無瀬を好んだ理由は、地形を見ると少し分かります。水無瀬川は釈迦岳(しゃかだけ)の南のあたりに源を発し、山あいを下って島本町の町なかを通り、淀川へ入ります。近くでは桂川、宇治川、木津川の三つの川が合わさって淀川となり、京都から船で行き来するにもよい場所でした。

このあたりは天王山と男山に挟まれた土地でもあります。山が迫り、川が集まり、都から遠すぎない。離宮を置くには、景色も交通もそろっていたんですね。

水無瀬川は古くから歌枕として知られ、『万葉集』以来、多くの歌に詠まれました。後鳥羽院にも、

見わたせば 山もと霞む 水無瀬川 夕べは秋と なに思ひけむ

という歌があります。夕べといえば秋がよい、と言われてきたけれど、水無瀬川を見渡した春の景色の前で、なぜ秋ばかりと思っていたのか、と言っている歌です。隠岐で水無瀬を思い出した人が、かつてこの川を見て、季節の定番までひっくり返している。水無瀬は、後鳥羽院の歌の中でも、かなり手触りのある土地だったのです。

三天皇の御霊が水無瀬に祀られるまで

水無瀬神宮のご祭神は、後鳥羽天皇、土御門天皇、順徳天皇です。土御門天皇と順徳天皇は、どちらも後鳥羽天皇の皇子にあたります。

承久の乱で鎌倉幕府に敗れたあと、後鳥羽院は隠岐へ、順徳院は佐渡へ移されました。土御門院も都を離れ、土佐、のちに阿波で亡くなります。父と二人の皇子が、それぞれ違う土地で亡くなったのです。

水無瀬の地に三天皇が祀られると、離宮跡は、ひとりの上皇の思い出の場所から、承久の乱で都を離れた皇統の御霊を祀る場所になりました。水無瀬川のそばにある神社ですが、そこで祀られているのは、水の神ではなく、都から離された三人の天皇なんですね。

水無瀬神宮の小話や裏話、豆知識

装飾画像:見出し「この神社の豆知識」

菊を愛した後鳥羽院と正月の菊水

後鳥羽院といえば、和歌の人であり、刀の人でもあります。そして菊の人でもありました。

後鳥羽院は菊を好み、自分の印や刀剣にも菊紋を用いたと伝わります。現在の皇室の紋として知られる十六八重表菊(じゅうろくやえおもてぎく)が定着するうえで、後鳥羽院の存在はとても大きいとされます。菊は観賞の花であると同時に、古くは薬用や長寿の花としても扱われてきました。

水無瀬神宮では正月に「菊水」が行われます。手水舎に菊の花が浮かび、元日から1月7日ごろまで、夜は明かりも入ります。後鳥羽院の慰霊の神社で、正月の水に菊が浮かぶ。菊を紋にし、刀にも使った天皇の話が、花手水というかたちで今の境内に出てくるのです。

水無瀬駒を書いた能筆の公家

水無瀬神宮には「水無瀬駒」という将棋駒の話もあります。水無瀬家13代の水無瀬兼成(みなせ かねなり)は、安土桃山時代の公家で、字の名人でした。

兼成は将棋駒の銘を書き、89歳で亡くなるまでに700組以上の駒を作ったと伝わります。駒の先が細く、手前が厚く広い形も、兼成が整えたものとされます。将棋の駒は盤の上で動く小さな道具ですが、そこに公家の筆跡が入り、天皇や上皇、豊臣秀次(とよとみ ひでつぐ)、足利義昭(あしかが よしあき)、徳川家康(とくがわ いえやす)まで受け取っています。

徳川家康には53組もの駒が納められたといいます。字が美しい、という話が、武将たちの手元に置かれる道具の権威にまでなっているんですね。水無瀬という名は、川や離宮だけでなく、将棋駒の世界にも残りました。

節分祭に出てくる弓弦と白拍子

水無瀬神宮の節分祭では、本多流の鳴弦(めいげん)の儀や、白拍子(しらびょうし)の奉納が行われます。鳴弦は、弓の弦を鳴らして魔を祓う儀式です。矢を放つのではなく、弦の音で払うというところが、かなり古い祓いの形なんですね。

白拍子は、院政期から鎌倉時代に流行した歌舞で、女性の芸能者が男装して舞いました。後鳥羽院と同じころの芸能が、節分の境内に出てくるのです。承久の乱の話を聞いたあとに、弓の音や白拍子の舞まで見ると、後鳥羽院が生きた時代の宮廷文化が少し近くなります。

水無瀬神宮の見どころ・パワースポット

装飾画像:見出し「パワースポット・見どころ」

離宮の水

離宮の水は、水のパワースポットとして親しまれている場所です。水無瀬神宮の境内にある手水舎の水で、大阪府内で唯一、全国名水百選に選ばれています。

水源は水無瀬川などの伏流水(ふくりゅうすい)とされます。水無瀬川は山から町へ下り、淀川へ入る川です。その地下を通った水が、離宮跡の境内で汲まれているんですね。水無瀬という地名を見てからこの水に向かうと、字面と実際の境内が少しずれて見えます。水のない瀬と書く場所で、人々が水を汲みに来るのです。

客殿と燈心席

客殿と燈心席(とうしんせき)は、建築と文化財としての見どころです。客殿は豊臣秀吉の寄進と伝わり、福島正則(ふくしま まさのり)が造営奉行を務めたとされる桃山時代の建物です。拝殿に向かって左側にあり、書院造の落ち着いた姿をしています。

燈心席は、御所から移されたと伝わる茶室です。名前の由来は、格天井(ごうてんじょう)に山吹、トクサ、ヨシ、萩など、灯心の材料にされた草木が使われていることにあります。灯心とは、油を吸い上げて火をともす芯のことです。茶室の名前が、草木と灯りの道具から来ているのが、水無瀬らしいところですね。

本殿も登録文化財で、明正(めいしょう)天皇の内侍所(ないしどころ)を移したものと伝わります。内侍所は、三種の神器のひとつである八咫鏡(やたのかがみ)を安置した場所です。離宮跡に建った神社に、御所ゆかりの建物が入っている。水無瀬神宮は、建物の来歴を追うだけでも宮中の話が出てきます。

神門と石川五右衛門の手形

神門は、伝承を見られる見どころです。入口の柱には、石川五右衛門(いしかわ ごえもん)が改心のしるしとしてつけたと伝わる手形があります。

伝承では、五右衛門は水無瀬神宮の神宝の太刀を盗もうとして、数日竹やぶにひそんでいました。ところが神門に入ろうとすると足がすくみ、門の中へ入れなかったといいます。盗みに来た人が、盗らずに帰る。その代わりに、門柱へ手形を残していく。

後鳥羽院は刀を好み、自ら刀を打ったとも伝わる天皇です。その神社に、太刀を盗みに来て入れなかった五右衛門の手形が残る。水無瀬神宮の神門は、建物として見る場所であり、盗難よけの伝承が残る場所でもあります。

神社属性(繭気属性)の意味と考え方

装飾画像:見出し「神社属性(繭気属性)の意味と考え方」

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。

「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。

神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。

この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

神社属性とは | 属性神社の考え方・調べ方はこちら

あなたの属性の調べ方|計算方法

西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。

A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。

<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8

最後に、出た数字を属性に当てはめます。

1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。

計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。

神社属性(繭気属性)自動診断ツールはこちら

属性別おすすめ神社

装飾画像:見出し「属性別おすすめ神社」

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。

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属性神社1神社2神社3
地属性護国神社小國神社新屋山神社
水属性高龍神社蛇窪神社諏訪大社
火属性乃木神社宝登山神社北口本宮冨士浅間神社
風属性花園神社寒川神社宮地嶽神社
空属性大山阿夫利神社調神社鳩森八幡神社

全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。

【都道府県別・神社属性】全国の神社やパワースポット一覧はこちら

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