近江神宮の神社属性は、空属性です。
滋賀県大津市にある近江神宮は、第38代天智天皇をまつる神宮です。天智天皇は、近江大津宮で水時計の漏刻(ろうこく)を置き、鐘や鼓で人々に時を知らせた天皇なんですね。
時計の神社、かるたの神社として知られていますが、入口にあるのは歯車ではなく水です。水で時を量った天皇の社が、琵琶湖の西岸、かつて都が置かれた場所に建っているのです。
この記事ではそんな近江神宮についてご紹介いたします。まずは近江神宮の属性相性から見ていきましょう。

空属性の近江神宮と相性が良い属性・悪い属性

| 項目 | 属性 |
|---|---|
| 近江神宮の属性 | 空属性 |
| 相性の悪い | 地属性・風属性 |
| 相性の良い属性 | 空属性・水属性・火属性 |
相性が悪い場合でも、行ってはいけない、悪いことが起きるということではないので安心してくださいね。神社属性の基本的な考え方や、地・水・火・風・空それぞれの特徴を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
さて、ここからは近江神宮の基本情報と、普段の参拝では知れることができない話をご紹介していきますね。
近江神宮の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県大津市神宮町1番1号 |
| ご祭神 | 天智天皇(てんじてんのう) |
| ご利益 | 開運・導き、学業成就、文化・学芸、産業守護など |
| 祭事 | 漏刻祭、かるた祭など |
| 公式HP | →近江神宮の公式サイトはこちら |
近江神宮は、琵琶湖西岸の山すそに鎮座する神宮です。ご祭神の天智天皇は、神名を天命開別大神(あめみことひらかすわけのおおかみ)といい、「時の祖神」としても信仰されています。
創建は昭和15年11月7日です。神社としては新しいのですが、鎮座地は天智天皇が飛鳥から都を移した近江大津宮の跡にあたり、古代の都の話がそのまま境内の背後にあります。
社殿は近江造り、または昭和造りと呼ばれます。山すその斜面に本殿、拝殿、回廊が配され、朱色の楼門と白砂の境内が印象に残る神宮です。
近江神宮にまつわる話
水で時を量り、鐘と鼓で人に知らせた天皇
近江神宮の話は、漏刻から入ると急に近くなります。
漏刻とは、水を使って時を量る古代の時計です。一定の速さで水を落とし、その水位の変化で時刻を読む道具なんですね。『日本書紀』には、天智天皇10年4月25日、今の暦で6月10日に、近江大津宮で漏刻を新しい台に置き、鐘や鼓を鳴らして時を知らせたとあります。
時を知らせるといっても、今のように一人ひとりが時計を持っていた時代ではありません。都の側が時刻を示し、人々がその音を聞く。朝廷が一日の区切りを決め、役所の仕事も、儀式も、人の動きも、その時刻に合わせていくのです。
近江神宮で6月10日に行われる漏刻祭は、この故事にちなむ祭りです。時計業界から時計の新製品が神前に供えられ、境内では古代火時計の実演も行われます。水で時を量った天皇の前に、現代の時計が並ぶ。時代はかなり離れていますが、神前に置かれるものはずっと「時を測る道具」なのです。
近江神宮が「時計の神社」と呼ばれるのは、この漏刻の話があるからです。歯車の時計より先に、水があり、鐘があり、鼓がありました。時間という見えないものを、水の高さと音に変えたところから、この神宮の話が始まります。
五年ほどで消えた近江大津宮
近江神宮の鎮座地には、近江大津宮の話があります。
天智天皇は、天智6年、飛鳥から近江へ都を移しました。近江は、古くは近淡海(ちかつあふみ)とも書かれた土地です。都に近い淡水の湖、つまり琵琶湖を抱えた国なんですね。
飛鳥から離れた琵琶湖西岸へ都を移すというのは、かなり大きな決断でした。白村江の戦いで唐・新羅に敗れたあと、海の向こうからの危機も意識されていました。琵琶湖は水運の道でもあり、山を越えれば北陸や東国へも向かえます。近江大津宮は、水と山と道を使える場所に置かれた都だったのです。
ところが、その都は長く続きません。天智天皇が亡くなった翌年、皇位をめぐって大友皇子(おおとものみこ)と大海人皇子(おおあまのおうじ)が争い、壬申の乱が起こります。勝ったのは大海人皇子、のちの天武天皇です。近江大津宮は、わずか五年ほどで都としての役目を終えました。
長いあいだ宮跡は分からなくなっていましたが、錦織(にしこおり)地区の発掘で、内裏南門と考えられる大きな柱穴や、正殿、回廊、塀、石敷きの溝などが見つかっています。近江神宮は昭和に創建された神宮ですが、足元には一度都になり、すぐ戦で失われた場所があるのです。
百人一首の一番歌と、かるたの神社
近江神宮は、競技かるたの聖地としても知られています。その入口にいるのも、やはり天智天皇です。
小倉百人一首の一番歌は、天智天皇の歌です。
秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ
田んぼのそばに作った仮小屋で、屋根の苫(とま)の目が粗く、夜露で袖がぬれていく。天皇の歌として読むと、ずいぶん田に近い場所にいます。きらびやかな宮殿ではなく、秋の田、仮小屋、粗い苫、露、ぬれた袖が出てくるんですね。
近江神宮のかるた祭では、この天智天皇の御製が神前で朗誦され、采女装束(うねめしょうぞく)の取姫(とりひめ)が札を取る、かるた開きの儀が行われます。百人一首の一番歌を詠んだ天皇をまつる神宮で、一年のかるたが始まるのです。
ここで出てくる田の歌は、近江神宮の「時」の話とも相性がよいです。田には季節があり、稲には刈る時期があり、露が降りる夜があります。漏刻で一日の時を量った天皇が、百人一首では秋の田の夜を詠んでいる。近江神宮では、時計とかるたが別々の名物として並ぶのではなく、天智天皇という一人の人物から出ているのですね。
近江神宮に小話や裏話、豆知識

燃える水と燃える土
近江神宮には、燃水祭(ねんすいさい)という祭りがあります。ここで出てくる燃水は、文字通り「燃える水」です。
『日本書紀』には、天智天皇の時代に、越の国から燃える水と燃える土が献上されたとあります。燃える水は原油、燃える土は天然アスファルトと考えられています。水なのに燃える。土なのに燃える。古代の人にとっては、かなり不思議な献上品だったはずです。
近江神宮では、新潟県の黒川から採られた原油が献納されます。漏刻では水で時を量り、燃水祭では燃える水を神前に供える。同じ水という字が出てきても、一方は時を示し、一方は火を宿します。
天智天皇のまわりには、制度や都の話だけでなく、こうした道具や物質の話も出てきます。漏刻、鐘、鼓、燃水、燃土。近江神宮をたどると、古代の政治が、かなり具体的な道具の姿で残っているのです。
崇福寺の霊窟と、山中に光った場所
近江神宮の西方、滋賀里の山中には、崇福寺跡(すうふくじあと)があります。崇福寺は、天智天皇の勅願で建てられた寺とされ、近江大津宮を守る寺として語られてきました。
この崇福寺には、不思議な縁起があります。天智天皇が寺を建てたいと願っていた夜、夢に僧が現れ、北西にすぐれた場所があると告げます。目を覚まして外を見ると、その方角に光がさしていました。翌朝、使いを山へ向かわせると、奥に霊窟があり、そこに怪しい老人がいたといいます。
天皇が自ら訪ねると、老人はここが仙人の住んだ霊地であると語り、姿を消します。そこで天智天皇は、この山中へ寺を建てることにしました。都を置き、水時計で時を知らせた天皇が、夢で示された山中の洞窟にも向かうのです。
崇福寺跡からは、塔の中心に置かれた石や、舎利を納めた器が見つかっています。近江神宮の境内に立つと、朱色の社殿が目に入りますが、その背後の山には、天智天皇をめぐる仏教の霊地の話も残っています。
蒲生野の狩りと流鏑馬神事
近江神宮の流鏑馬神事は、天智天皇が蒲生野(がもうの)で狩りをした故事にちなみます。馬を走らせながら矢を射る流鏑馬は、見るだけでも迫力がありますが、ここでも天智天皇の近江時代が顔を出します。
蒲生野といえば、『万葉集』の額田王(ぬかたのおおきみ)と大海人皇子の歌も有名です。額田王が「あかねさす紫野行き標野行き」と詠み、大海人皇子が返歌をする場面です。狩りの場に、歌があり、人の思いがあり、後に壬申の乱へ向かう大海人皇子もそこにいます。
近江神宮の流鏑馬を、馬の神事として見るのもよいのですが、蒲生野という名をたどると、天智天皇、大海人皇子、額田王、大友皇子の時代へ話が広がります。矢が放たれる音の向こうに、近江大津宮が続いた短い年月が見えてくるのです。
近江神宮の見どころ・パワースポット

時計館宝物館と漏刻
時計館宝物館は、近江神宮らしい見どころです。館内では、和時計や海外の時計、古代の時を測る道具に関わる展示を見ることができます。
近江神宮で時計を見るときは、天智天皇の漏刻の話を先に知っておくと、かなり印象が変わります。時計は便利な道具ですが、ここでは「時を人々に知らせる」という国家の仕事に関わるものとして出てくるんですね。
時の守護、学芸、産業の発展を願う人にとっては、信仰上のパワースポットとしても参拝しやすい場所です。仕事で時間を扱う人、技術やものづくりに関わる人、試験や競技のように時間の区切りが大切な人には、とくに近江神宮らしい参拝になります。
朱色の楼門と近江造りの社殿
朱色の楼門と社殿は、建築としての見どころです。近江神宮の社殿は、近江造り、または昭和造りと呼ばれ、昭和の神社建築を代表する建物として知られます。
山すその斜面を使って、楼門、外拝殿、内拝殿、本殿へと進む配置になっています。石段を上がるたびに建物の高さが変わり、参拝者の目線も上がっていきます。
創建は昭和ですが、まつられているのは古代の天皇です。古代の都をまつるために、昭和の時代に新しく造られた社殿が建っている。近江神宮では、古い話と新しい建築を同じ境内で見ることになります。
かるた祭の舞台
かるた祭の舞台となる境内は、競技かるたを愛する人にとって特別な場所です。小倉百人一首の一番歌を詠んだ天智天皇をまつる神宮で、かるた開きの儀が行われます。
参拝としては、学業成就や文化・芸能上達を願うパワースポットです。百人一首、和歌、競技かるた、暗記、集中力、勝負の場に関わる願いを持つ人には、かなり分かりやすい神徳があります。
かるたの札は小さな道具ですが、そこには天皇の歌、田の夜、露にぬれる袖まで入っています。近江神宮でかるたを見ると、一枚目の札から古代の近江へ戻っていく感じがあるんですね。
神社属性(繭気属性)の意味と考え方

神社属性とは、人が生まれ持つ「繭気」と、神社に宿るご神気との響き合いを、「五行」「五大」と「霊数」から読み解く考え方です。
「繭」という字が示すように、繭は内側の命を包み、守り、変化を育てるものです。人の気も同じように、魂や身体のまわりにまとわれ、その人がどのような場の気を受け取りやすいかに関わるとされています。
神社は、建物や神様だけでなく、土地の聖性、ご祭神の方向づけ、祭祀と崇敬の積み重なりによって成り立つ場です。
この考え方をさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
あなたの属性の調べ方|計算方法
西暦の生年月日の数字を一桁に分け足します。合計が二桁になった場合も一桁になるまで続けます。次に血液型の数字を加えます。
A型は1、B型は2、AB型は3、O型は4です。
<例>1990年1月25日生 A型:1+9+9+0+1+2+5=27 → 2+7=9 → 9+1=8
最後に、出た数字を属性に当てはめます。
1・6は地属性、2・8は水属性、3・7は火属性、4・9は風属性、5は空属性。
計算が面倒な方や、すぐに自分の属性を知りたい方は、自動診断ツールをご用意していますので、お使いください。
属性別おすすめ神社

自分の属性に合う神社を探したい方は、ほかの属性別神社も参考にしてみてください。ここでは、各属性に相性の良い神社の一例をご紹介します。
全国の神社属性をもっと詳しく探したい方は、都道府県別の一覧もご覧ください。
